チーター
噴水広場の人型ロボお披露目会場に来ている。
火山島エリアの鉱物は思った通り優秀だったらしく、人型ロボ建造に際しての問題点の殆どを解決へと導いてくれたとか。加工するにあたって特殊なアイテムが必要な鉱石もあったが、『先駆』の協力もありトントン拍子に事が運んだ。
マグマの巨人――溶岩と呼ばれることになった――からドロップしたアイテムがストッパーとして設定されていたらしいが、目薬をキメた廃人が初見撃破したので問題はなかった。
レッドの猛者いわく、火山島エリアはハックアンドスラッシュを重ねてそのエリア専用の装備を強化し、十分量のアイテムを確保してからボスに挑むようなゲームデザインになっているとのこと。戦闘職と生産職が密に連携を取り合ってようやく突破できるよう調整されたエリア。エンドコンテンツとまではいかないが、それに近い設計がされていたというのが彼らの推測だ。
それを力技で捻じ伏せた廃人ってやっぱすげーや。
立ちはだかる壁を何とかして越えようと四苦八苦しているプレイヤーの頭上を一息に飛び越し、高い壁の上に直立し、こうすればいいだろと身を以てマウントを取ってくるオンゲー界の超上澄み。
もはや敵役なんじゃないかと思いたくなるが、なんやかんやでアイテムを譲ってくれたりするので彼らを憎からず思っているプレイヤーは多い。そうでもしないと皆このゲームから離れていくからという打算ありきではあると思うけどね。
「ライカンさん。一応自爆機能は積んでありますけど、今日はなしっすよ。振りとかじゃなく」
「分かってるよ。街中での自爆はロマンに欠ける。敵のアジトとか、戦場の真っ只中とか、そういう場所のほうが映えるよね」
「自分は海のど真ん中とか推したい派っすわ」
「それもまたよし」
生産職の連中と駄弁りながら人型ロボの組み立て終了を待つ。
噴水広場は多くのプレイヤーでごった返していた。前回のエヌジーオーお披露目会はその手の関係各所でなかなかの好評を博し、ロボの建造のためだけにNGOに降り立ったプレイヤーもいる。
中には本場の機械工学を専攻しているプレイヤーまでいたりと、ゲームの一コンテンツで片付けるには収まらないレベルに達しつつある。
『先駆』がレア素材を惜しげもなく手放した理由の一つがそれだろう。
ロマンに惹かれた者たちの炉心に火を焚べる。話題は話題を呼び、更に多くのプレイヤーが地獄入りを果たす。好循環の完成というわけだ。
生産職連合、『先駆』、『検証勢』、そして『花園』の一部有志が熱を入れて取り組んだ一大プロジェクト。そのお披露目会が行われるとだけあって盛り上がりは上々だ。
やはりロボ。ロボは全てのゴタゴタを解決へと導く……。
ちなみに当の廃人たちはここにはいない。火山島エリアはどうやら一定周期、もしくはボスの討伐を契機に姿を変える特殊なエリアであったらしく、今は雪山エリアと化している。防寒対策を怠ると即死するようで、攻略は遅々として進んでいない。
ポーションや目薬、女神の雫といった液体のアイテムが凍るため使えないという縛りもあり、廃人といえど足止めを食らっているようだ。あっという間に鎮火された反撃の狼煙に涙を禁じえないね。クソゲーである。
「オーライ! オーライ!」
「ストーップ!」
「足場組み立て頼むー!」
このゲームのクラフトはシステムの補助があればそこまで苦ではないのだが、システムの補助がない場合は複雑な数値とにらめっこする必要がある。
武器や防具といった実用品はもちろん、陶芸や絵画といった芸術方面にもシステムの補助が効くが、さすがに現実世界にあるようなスポーツ用品や工事現場に使われる足場の設計図は組み込まれていない。ロボの設計図など言わずもがなだ。
ポンと作れるような代物ではないのだが、寧ろその方が燃えるという職人肌が寄り集まった結果、異例の速さで完成へと漕ぎ着けたようだ。彼らの熱意には頭が上がらないね。
作業風景をのんびりと眺めていると肩に腕が乗せられた。醜悪な笑みを浮かべた顔がぬぅと迫る。
「で、いつヤるんだ?」
反対側からも下衆な笑みが迫る。
「あれだけの力作をこの人数の前で爆破したら戦争になるぜェ。たまンねぇなオイ」
ぐっと伸びをしながら周囲を見回しているシリアが言った。
「やっぱヤるとしたらお披露目直後がいいかなー? 完成前にブチ壊しにするってのもアリだよねー。そろそろカンスト勢同士での殴り合いもしてみたかったし、ちょうどいい機会だと思わない?」
「やらないよ。何を馬鹿なこと言ってるんだ君らは」
レッドネームの連中はいつも血に飢えている。何かあるたびに周囲のプレイヤーを煽り立て、そして殺し合いへと誘導するのだ。僕をそのダシに使うんじゃないよ。
「ッ……!」
レッドたちの挑発を受けた用心棒プレイヤーたちが息を呑んで得物に手を掛け、刃のように鋭い視線を僕へと向けた。なんでだよ。
「いやいやおかしいでしょ。今の流れでなんで僕が警戒されるのさ」
「実績の多さだ。お前の発言は何一つ信頼できないということを、俺たちは散らしてきた命から学んでる」
「レッドにかかずらってる隙に何もかも巻き添えにして爆発オチにされる未来が視える」
「最悪、レッドのクソは殺し合いに付き合ってやりゃあ満足する。だがお前は最後まで起点と終点が読めねぇ。爆発物処理のシーンで、赤と青のコードのどちらかを切れば助かるなんていう定番のストーリーがあるが……それが十択くらいあるようなモンだ。運に近い。巻いて転がしておくのが正着まである」
とんだ評価を下してくれるものである。爆殺るか……? そっちがその気なら乗ってあげるのもやぶさかではない。
だがどうする。廃人連中は今回の人型ロボをこのゲームのランドマークとして定着させるつもりだ。心証を損ねるのは得策ではない、か。
僕はリスクとリターンを天秤に掛けた。……リスクに若干傾くか。僕は矛を収めた。正義は無用な争いを好まない。悪党どもは片っ端から爆殺するのが一番手っ取り早いのだが、それは彼らの更生の場を奪うのと同義。今日は手を引くとしよう。
「……チッ。不発か」
「もう少しだと思ったんだがな」
「やっぱライちゃん湿気てきたよねー。つまんなーい」
本当にこの世界にはゴミが多いな。僕は指を鳴らして小型爆弾に着火した。レッドどもに放り投げるも弾かれて爆殺は敵わなかった。流れ弾で誰かが死んだが……些細な問題だろう。こんな世界にいるのが悪い。
「言わんこっちゃねぇ!」
「どけクソども! そいつだけは巻いて転がしておく!」
「どけっつってんだろ! 殺すぞ!」
プチ殺し合いになった。レッドと用心棒のスリーオンスリー。ロボお披露目前の座興といったところだろう。
まったく、本当にこのゲームの連中は纏まりがない。一つの目的に向かって団結するという気概はないのかね。僕はレッド三人組に百万を賭けた。
売り子のお姉さんから五万Gというフルボッタ価格で購入したレモンティーで喉を潤して声援を送る。オラッ! 殺せッ! 殺した。やはりプレイヤーキルに一家言持つレッドは頼りになるね。
配当金を受け取る。倍率は1.2倍か……しけてるな。まあ結果は見え透いてたしね。ジュース代になったと思っておこう。すいませーん! レモンティーお代わり!
「はーい! レモンティー二十万Gになりまーす!」
足元ガン見してくるじゃん。ビビるわ。そんなインフレのしかたってある? 少年漫画でももう少し緩やかな成長曲線を描くと思うんだけど……。
「時価です」
「時価なら仕方ない」
需要と供給というやつだ。映画館や高級店で飲み物の値段が跳ね上がるのと同じ。山の頂上付近なんかではペットボトルの飲み物が三倍以上に跳ね上がると聞く。要はそういうことだろう。僕は気前よくレモンティーを購入した。ちょっと渋いかな。2点。
平和な雰囲気の中で着々と準備が進む。時刻はそろそろ二十時だ。人型ロボの組み立ては既に終わっている。周囲に張られている足場幕を取り払えばお披露目となるところまで来た。
周囲のプレイヤーは興奮に沸いている。
噴水広場は普段クソゲ要素に見向きもしないクソスポ民や、ロボだけを見に来た復帰勢でごった返していた。高まる緊張感。レッドたちもなんやかんやで楽しみにしていたのか、口を噤んで静かにしている。そんな中、場違いな大声が人混みの中から上がった。
「Fooooo!! ファ○キンジャアアアァ○ァァップ!! イエアアアァァァッ!!」
なんだなんだ。随分と弾けた輩がいるじゃないか。
NGO民は頭がおかしいが、なんだかんだでノリがいいので変なところで空気を読む。そんな空気をブチ壊すのは死に急いだ目立ちたがり屋か、もしくは何も知らない完全新規くらいだ。
人垣が割れる。そこにいたのは派手な金髪を逆立てたパンクなプレイヤーだ。粗末な初期服を着ているので新規プレイヤーだろう。クソゲーという事前情報を仕入れてはっちゃけてしまったのかもしれない。両手で中指をピンと立てた振る舞いからはクソゲ適性を感じるが、今はただひたすら浮いているとしかいえない。
「何だアイツ」
「わりとネイティブだったし、もしかしたら外国人じゃね?」
「イッパツ異文化交流やっておこうかー」
流れるように死刑が決定した。新規が必ず通る道でもある。
成人の儀として度胸試しをさせる特殊な部族のような文化がNGOにもあるのだ。為す術なくキルされて、昏い感情を胸に宿して初めてNGO民として迎えられるとは誰が言い出したことであったか。ともあれ、パンクな金髪プレイヤーはイカれた文化の洗礼を浴びることになってしまった。
レッドが跳ぶ。目にも止まらぬ早業で振るわれた剣は吸い込まれるように首へ。
そして剣は首をすり抜けた。
「っ……は?」
血しぶきが散らない。予想された手応えが無かったからか、着地をミスしてつんのめったレッドが呆然とした表情で振り返る。惨状を予想していた周囲も肩透かしをくらい、やがてその異常さを理解してざわつき始めた。
「Um-hum?」
唯一人、騒動の渦中に立つプレイヤーのみが嗤っていた。人を馬鹿にしたような表情で、肩をすくめて。
その顔面を投げナイフが貫く。貫いたのだ。ナイフはニヤケ面に突き刺さることなく、まるでホログラムに突っ込んだかのように貫通して飛んでいった。実体が、無い……?
「はぁ!? んだよそれッ!」
キレたシリアが飛び掛かって短剣を突き刺そうとするも、まるで煙に飛び込んだかのようにすり抜けた。殺すどころか掴みかかることすら出来ないらしい。
「おいおい、ラグってんのか? ツール使って外国からログインでもしてんのか?」
周囲から奇異の視線を向けられた金髪プレイヤーはどこ吹く風だ。
「hmmm〜♪」
金髪プレイヤーは鼻歌なんぞを口ずさみながら大きく手をブンと振り――
「haha!」
数百人のプレイヤーと、数十の家屋と、そして建設したてのロボを微塵に吹き飛ばし、嗤った。
ネトゲにおいて最も嫌われるのは、廃人でも、害悪プレイヤーでもない。
百害をもたらし、何一つとして利を落とさないため、全プレイヤーから蛇蝎のように嫌われる存在。
その日、ついにNGOにもチーターが出没してしまったのであった。