ウチの子自慢! かわいいグランプリ!
『ウチの子自慢! かわいいグランプリ!』会場に到着した。エントリーを済ませるべく受付の列に並ぶ。
「えぇ……」
「いやいや……」
列に並んでいるプレイヤーと周囲のギャラリーがにわかに騒ぎ始めた。ふむ、注目度は上々といったところか。
戦いはヨーイドンで始まるわけではない。場末のコンテストであろうとそれは同じだ。事前に受けた印象というのは本番でも必ず響く。有名人が議員に選ばれるのと似ている。有名人と無名の人間が全く同じスピーチをしたとして、どちらがより当選しやすいかなど火を見るよりも明らかだ。
評価には連続性がある。人は主観を完全に排除できない。それができたらもはや人ではない何かだ。そして審査員は人の子であり、ある一場面だけを切り取って完全に平等な審査を下すという芸当は不可能なので、地道な盤外戦略は必ず実を結ぶ。
話題性だ。なにかの拍子で有名になったスポーツ選手が、同年齢でより実力がある選手よりも注目され続けるのと同じ。ニーズがあるのは中身ではなくむしろガワである。そこに付け入る。
現実のペットだって、人間のことを餌を勝手によこす二本足の化け物と認識していてもおかしくない。だが仕草や容姿が可愛ければ人は簡単に絆される。カワイイは全てにおいて優先されるのだ。そこを目指す。
僕はチョイと飛び跳ね、腕をピンと伸ばして肉球を見せつけ、愛想を振りまくように手を振った。
「ついに人を辞めたのか……」
「元から人間とは思えなかったが、ついにか……」
「山月記かよ」
僕は膝を抱えて座り込んで俯いた。[どんより……]スタンプを頭上に浮かべる演出も欠かさない。ナイーブな一面を見せつけることで同情票を獲得する狙いがあった。飼い主のシリアが僕の頭をわしゃっと撫でる。
「大丈夫だよー。ロンちゃんはカワイイよー! ほら、元気だして!」
僕は元気になった。気分屋な一面もまたカワイイの素質。僕はコミカルな敬礼をして気を取り直したことを周囲にアピールした。
「そ、尊厳破壊……」
「ガチで草」
「ほんの少しカワイイと思ってしまった。死んでくる」
話題性は十分。滑り出しは順調だ。
このゲームのプレイヤーは頭がおかしいので、少し変わった流れがあるとそれに乗っかるフシがある。例えるならば、人気キャラランキングにネタキャラを捩じ込んで公式を困らせるような手合いだ。純粋なカワイイ票に、そういうふわっとしたネタ票をプラスオンできれば上位入賞は固い。否、一位を獲ることなど造作もない。僕は着ぐるみの裏で勝ち確の笑みを浮かべた。
賑やかさを増しながらエントリーの列が進む。そしてついに僕らの番が回ってきた。受付に座っている『ケーサツ』のモブ子氏がおずおずと口を開く。
「あのー……参加できるのはペットだけでして……」
「えー? ロンちゃんは私のペットだよぉ? ね!」
僕は肉球を合わせてシナを作りハートのスタンプをシュポンと浮かべた。引きつった笑みを露わにしたモブ子氏が続ける。
「いや、ペットっていうのはテイマーがテイムしたペットのことでですね……あなた達のそれがどういうプレイなのかは詳しく聞きませんが、そういうペットはちょっと画的に……厳しくて……」
僕は呆れた。これだから人間はダメなんだ。イベント用紙の参加条件の欄を小突いて言う。
「そんなのどこにも書いてないですよね?」
「いや、普通に考えたら分かると……」
「でも書いてないですよね?」
「えぇ……悪質なクレーマーだよこんなのぉ……ショチョーさぁん、ショチョーさぁん!」
駆けつけてきたショチョーさんが渋面を浮かべて参加を辞退するよう仄めかしてきたので路地裏に連れ込みシリアと二人で囲んで仲良くお話しする。僕のカワイイが理解できないようなら今後一切の企画への関与ができなくなるかもしれないと示したところでショチョーさんが折れた。参加権獲得。やったね。
「お前らが組むと俺にはもうどうすることもできねぇよ……」
頼むから爆破はしないでくれと懇願するショチョーさんに対し、僕はコミカルな敬礼で応えた。
「やっぱライちゃんって頭おかしいよね」
「ペットは飼い主に似るからね」
軽くドツキ合いのスキンシップをしつつ控え室へ向かう。さあ行こうか。カワイイのその先へ。
▷
ぶっちゃけた評価をすると、今回の企画は何の捻りもないペット自慢である。
持ち時間は一分。そこで飼い主はペットの可愛さを言葉でアピールするなり、仕込んだ芸を披露するなりして観客の心に存在を刻みつける。全員のアピールが終われば投票開始。上位二十名の発表と賞品の授与が行われるという流れだ。実にライト層向けのイベントと言える。
しかしヌルいと侮るなかれ。用意された賞品は初心者では入手困難な代物が揃っている。古参プレイヤーでもツテがないと手に入らない品も用意してある本気具合だ。
優越感と希少なアイテムを与えてこの世界に縛り付ける。実に有効な手段を考えついたものだね。
「どう? 勝てそ?」
控室にて、他の参加者のアピールタイムを配信で眺めているシリアが僕へと問いかけた。僕も見ている。ちょうどA子氏がペットのウサギを思う存分もふもふしてアピールしているところだった。なかなかに高評価を得ているようだ。
それを加味した上で思う。勝てそうか、だって? 愚問だな。僕は腕を組んで答えた。
「相手にならないよ。ペットの種類は六種類しかいない。単純に見飽きるんだよね。違いも毛の色と大きさくらいしかないし、カメにモグラ、オオサンショウウオは個体差が曖昧だ。動きもないからインパクトに欠ける。毛の色で個性を出しやすいのはウサギだけど、テイムしやすいせいかウサギを連れてきてる人の数が多すぎる。印象に残らない。彼らの敗因はそこだ」
「まあ、正直どれも同じに見えるよねー」
「それにルールも味方してくれてるね。持ち時間が一人一分で、参加者が百名弱。二時間に迫る長丁場で代わり映えしない絵面を見続けるのは正直ダレるんだよね。気が抜けてきたところに現れるのが僕だ。確実に注目と票が集まる。勝てない理由を探すのが難しいくらいだ」
「いいね。サイコー」
僕ら二人は握った拳を打ち付け合って笑った。
初心者諸君には悪いけど、コンテストとは常に強者が首座を占めるのだ。あわよくば上位入賞を、などというぬるい考えで参加した者たちには土の味を知ってもらう。
「準備は?」
「万全だ。行こうか」
カワイイは一日にして成らず。今宵、それを証明してみせようじゃないか。
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「さぁてお次の選手はぁ! あっ……えー、エントリーナンバー65番、シリア選手と……えー、ペットのロンちゃんです……」
「やっほーみんなー! 私のペットはねぇ……じゃーん! 狼のロンちゃんでーす! 見てこの毛並みー。ちょいブサな顔ぉ。カワイイでしょ? ほら、挨拶して?」
僕は舞台に上がり、流麗な貴族の礼――ボウ・アンド・スクレープ――を披露した。会場から歓声が上がる。掴みは完璧。
「ロンちゃんはねぇ、見ての通りとっても賢いの! ほら、取ってきて!」
僕はシリアが転がしたボールに勢いよく飛びつく。狩猟本能からくる行動も見せ方一つでカワイイになる。存分にボールにじゃれついてから両手でボールを持ち上げ、飼い主のシリアへと見せつける。忠誠心を持つペットはカワイイのだ。
「よしよし、よく出来ました! お手!」
僕はお手を披露した。
「お座り!」
僕はお座りを披露した。
「ちんちん!」
僕はちんちんを披露した。
上手く芸を披露した僕にいたく感動したシリアが頭をワシャワシャと撫で回す。僕はハートのスタンプをシュポンと浮かべた。
「彼は親を質にでも取られたのか……?」
「これは草」
「俺アイツに票入れるわ」
反応は上々。勝ったな。確かな手応えとともにアピールタイムは終了。
退出を促されると同時、僕はピョンと跳ねて顔の隣で両手を振った。別れの挨拶でギャップを見せる。強い印象を植え付けられるだろう。これが本物のカワイイだ。覚えておくといい。
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「これは勝ったっぽいねー」
「言っただろう。負ける理由がない」
配信を見ながら改めて確信する。どいつもこいつも華がない。サークルのリーダーを務めていて周囲の潤滑油役になっていたと主張する新卒が、雁首揃えて押しかけてきたかのようだ。どんぐりの背比べである。
そこへ颯爽と現れて異彩を放ったのが僕だ。まず採用される。即決だ。たとえ合格枠が一つだったとしても勝ち取れる。それすなわち一位入賞の内定に他ならない。
あとは消化試合だ。僕とシリアは勝利の余韻を楽しむようにティーカップを優雅に傾けた。
『さぁてお次の選手はぁ! …………っ、えー、エントリーナンバー89番、フェニックスたなか選手と、ペットの………………ノルマキさんです』
なんだと!?
僕はガバっと配信画面に向き直り――衝撃に腰を抜かして椅子ごとひっくり返った。わなわなと震える。
「四つん這いで入場……だと……?」
猫の着ぐるみを装備したノルマキさんが人の尊厳をかなぐり捨てて舞台へと上がった。そこは超えられなかった。僕でも超えられなかった一線だ。それを、こんな、いとも容易く……!
「ライ、ちゃん……これって……」
「冗談だろう……こんなッ、こんな暴挙が許されてたまるか……!」
司会のショチョーさんとテイマーのプレイヤーが言葉を交わしている。その間、ノルマキさんは後ろ足で顔をポリポリと掻いていた。あるのか? こんな反則技が……。
「……これ、負けるんじゃ……」
シリアの弱気な発言。クソッ! 僕は震える足を拳で叩きつけて叱咤し、たまらず控室を飛び出した。控室は噴水広場からすぐのところにある空き家だ。目と鼻の先に広場がある。僕は走った。前足で顔をくしくししているノルマキさんに駆け寄る。
「ノルマキさんっ!」
僕はそこで限界だった。両足の腱がはち切れてしまったかのように倒れ込み、奇しくも同じ四つん這いの格好になる。ビクッと身体を震わせて警戒心たっぷりにコチラを睨むノルマキさんに言う。
「こんな……こんなの! 反則じゃないですか……! 禁じ手だッ! それをやられたら勝てるものも勝てなくなる……! ずるい……ずるいですよノルマキさん! 今すぐ、辞退してください……!」
僕は縋り付くように抗議した。
こんなのを見せられたら……ここまで自分を捨てられたら……票を入れなければ酷い罪悪感に襲われるじゃないですか……! レギュレーション違反……! こんなの、やめさせなければならない……!
僕の心からの懇願を聞いたノルマキさんはコテリと首を傾げた。それはまるで異なる生物の言語を聞いたかのように。啼く。
「んなぁぁお"」
歯の軋む音がする。身体のどこに力を入れればいいのか分からなかった。だからそれは無意識で――僕はノルマキさんの肩を強く掴んでいた。
「み"ゃ"ぁ"ぉお"!」
「ノルマキさんっ! 原始退行はいけない! クセになっても知りませんよ!? それ以上は引き返せなくなる! やめてくださいっ、おい、離せっ! 許すのか! これをッ! こんなのもうコンテストじゃないッ! 彼を人間に戻すんだ! 離せーッ!」
「フシュゥゥゥ……」
僕は『ケーサツ』連中に羽交い締めにされて連行された。ノルマキさんは前足をピンと伸ばし、尻を突き上げ、低い唸り声で僕を威嚇していた。そこには、数十年を人として生きて積み上げてきたものの片鱗をひと欠片たりとも認めることはできなかった。
それでも僕は叫び続けた。少しでも"彼"に届くように。しかし……僕は無力だった。ノルマキさんは理解できないと言わんばかりの仕草で僕のことを睨みつけていたのであった。いつまでも、いつまでも――――




