因果融かす終極の火は見果てぬ彼方より来る
チュートリアルクリア報酬の一つに職業の性能上昇があった。主な内容は戦闘職の攻撃倍率の引き上げだ。
ほとんどの職業の基礎攻撃倍率が1.2倍だったのが1.5倍へと変化し、条件付きで倍率2倍のものは2.3倍へと変化した。プレイヤーの性能が上がったので、既存のモンスターは相対的に弱体化したとも言える。
なお防御性能が上がったわけではないので油断すれば虫のようにコテリと死ぬことに変わりはない。また、剣士の基礎攻撃倍率があいも変わらず常時2倍なので、未だほとんどの職業が剣士の完全下位互換である。
一部職業は剣士の攻撃倍率を超えられるため選択肢が増えたと言っていいのだが、それでも取り回しの良さや今までの慣れもあり、狩り場には剣士が溢れかえっている。
この不可解な倍率設定に関して『検証勢』は、剣士の性能はチュートリアル終了と同時に低下させる予定だったが、多くのプレイヤーが剣士の性能を上げきった今になってそれをしてしまうと暴動の引き金になりかねないから日和ったのではないかと予想している。わりと当たってそうな意見だ。
強武器、強戦法は修正されるまで擦り続けるのがネトゲプレイヤーの嗜み。剣士がお役御免になるのはまだまだ先のことになりそうである。
そんなわけでA子氏にも恒例の【踏み込み】、【空間跳躍】の基礎セットを取得してもらった。どれだけ環境が変わろうとこの二つは決して腐ることのないスキルだ。これがないとプレイヤーはモンスターのおもちゃに成り下がる。そういう意味で人権スキルと言っていい。
最低限の準備が整ったところでタクミーが言う。
「腹ポン不可なら串砲で条件満たして俺らが腹ポンでケー?」
「串砲も不可じゃないすか? トロバフタイマンで条件満たしてから腹ポンでいいんじゃないっすかね」
「ケー。じゃ、そういう流れで行くんで」
「えっと……え?」
やめろやめろ。僕は二人の頭をひっぱたいた。ちょっと見ないうちに頭のおかしい文化に毒されてるんじゃないよ。
「初心者に伝わらない略語を使うのは禁止だ」
「いやでも、こういうのを教え込むのは早いほうが……」
「伝わらなければ意味がないだろう。慣れだしたプレイヤーの悪いとこ出てるよ。ほら、テイクツー」
「うっす……。エーコ氏は必中攻撃が耐えられないから腹切りポンポンは無しか。串刺し砲でダメ取ってもらって報酬獲得条件を満たさせてから、俺たちで腹切りポンポンして倒すのが最適だと思うんだがどうかな」
「エーコ氏が串刺し砲を安定させるのも時間かかるんじゃないっすか? 寿司ガチャでトロ引いた後にバフ盛りしてからある程度タイマンさせて、報酬獲得条件満たしたら自分らで腹切りポンポンして片付けたほうがいいと思うっすよ」
「じゃあそれで行こうか」
「うん……まあ、許容範囲かな。A子氏はそれでいい?」
「ごめんなさい。まるで意味が分かりません」
この温度差である。
まあそりゃそうだよね。ペットと戯れるためにゲームを始めた初心者の知識に期待をしてはいけない。
A子氏からしてみれば、今の二人はビジネス会話に必要のない横文字を入れたがる意識高い系の人物に見えていることだろう。
この企画書じゃモンスターに対してヘイト取れないしクリ率も低いからDPS不足でキックされるよ。もっと基本ステ上げてからバフ盛ってメレー仕掛けないと火力不足だよね。とか言われてもなんのこっちゃ分からないのだ。
「まずは用語解説をしなきゃ始まらないよ。タクミーよろしく」
「うっす。あー……あんま教えるの得意じゃないんだけどな……串刺し砲って戦術があって、要は剣を持って突っ込むんだ。大砲みたいに。お、あそこだ。見てれば分かる」
タクミーが指差した先には四人組がいた。弱鬼を狩りに来たパーティーだろう。
獲物に狙いを定めた彼らは一列に並んで剣を構えた。パーティーのうちの一人が魔法を唱える。世界の法則の変異によって魔法職の詠唱が妨害されなくなったのだ。これのおかげで生まれてしまったのが串刺し砲である。
「あれは……何をしてるんですか?」
「魔法をかけてるんだ。あれのおかげで狩りは変わった」
付与魔導士という肉体強化の魔法を使う職業のプレイヤーがメンバーにバフをかけていく。上げるのは筋力……ではなく敏捷だ。
【踏み込み】と敏捷の増強。これらが組み合わさったことにより、プレイヤーは新たな次元へと昇りつめることとなったのである。
一番槍が突貫した。ドヒュゥンと飛び出したプレイヤーの最高速度は廃人の【踏み込み】ムーブをゆうに上回る。向かう先にいた鬼さんは反応する暇もなく腹を串刺しにされた。どんな攻撃を受けても揺らぐことのなかった体幹が崩れる。とてつもない威力だ。
人間大砲となったプレイヤーが勢いそのままにごろごろと転がり、追撃の必中攻撃を浴びてさらに転がる。つまり、あの一刺しは鬼さんの体力の25パーセント以上を削りきったということだ。新時代のスタンダードな戦術として広く採用される理由がうかがい知れる。
いきり立つ鬼さんの背中に第二射が衝突する。知覚外からの強襲という卑怯千万の戦術は実に有効だ。敵の反応速度を上回るスピードで致死の一撃を見舞う。それが今のトレンドである。
続く第三射も命中し鬼さんは瀕死だ。あとはポーションを使って回復したプレイヤーが囲んで叩けば終わる。討伐時間は一分もかかっていない。既存のゴキハエムーブでちまちま倒していたのが馬鹿らしくなるほどの効率である。
「とまぁ、あんな感じだな。あれが串刺しポンポンとか串砲とか呼ばれてる戦術だ。慣れてないと明後日の方向に吹っ飛んで墜落死するから練習は必須。だがモノにしたら効率がいいからオススメだ」
「あ、あれをやるんですか……」
「わりとすぐ慣れるっすよ。それが厳しいならやっぱバフ……身体能力を強化してサシでやり合うしかないっすね」
「……」
思った以上に衝撃的な光景だったのか、A子氏は複雑な表情をして黙り込んでしまった。やはりVR完全初心者の女性には荷が重かったか。
「あの、一つ聞きたいんですけど……」
恐る恐るといった表現が似合う仕草でA子氏がすぅと手を挙げた。
「離れたところから攻撃できる魔法とかってないんですか? 身体を強化する魔法があるなら、そういうのもありそうな気がするんですけど……」
なるほど、そうきたか。いい着眼点をしている。知り得た情報から自分に適した可能性を探るのはネトゲの必須技能だ。これがNGOでなければ、という注釈はつくけどね。
「攻撃魔法か……」
「っすか……」
再び苦い顔で唸る二人。まぁ、そうなるよね。こればっかりはしょうがない。
「あ、やっぱりそういうのは無いんですかね……?」
「いや、あるにはあるんだが……」
歯切れの悪い反応を返すタクミー。ショーゴもうまくフォローできずに唸っている。
……あれもだめ、これもだめじゃ良くないな。仕方ない。一回やるだけやらせてみようじゃないか。僕は提案した。
「とりあえず攻撃魔法を撃たせよう。そうすればこのゲームのことが分かるでしょ」
「あー、そうしますか」
「まあ、百聞は一見にしかずって言うしな」
意見が纏まったところでA子氏に転職を促す。
魔法は普通に使うこともできるのだが、魔導士という職業に就くことによって威力を底上げできる。やるなら派手にやろうじゃないか。
タクミーのインベントリに死蔵されていた粗末な杖を渡せば魔導士見習いのA子氏の誕生だ。捻じくれた木製の杖の先端をつつきながらA子氏が感嘆の声を上げた。
「おぉ……なんかそれっぽい……手触りとかもリアルだなぁ」
「公式サイトの呪文集は開いたっすか? そこに書かれてるこっ恥ずかしい文章を読み上げたら魔法が発動するんでそこにいる鬼にぶっ放すといいっすよ」
「へぇ……わ、いっぱいある……なんかワクワクしてきた。どれにしようかなー」
さて、僕らはもうやることはない。あとは腹をくくるだけだ。
ショーゴとタクミーはもう腹を決めたらしく目を閉じてその時を待っている。僕は後ろから無言で見守っているドブロクさんとショチョーさんに合図を送った。頷きが返ってくる。彼らも命を捨てる準備は整っているらしい。
A子氏が弾んだ声で朗々と詠唱を開始する。どうやら火の上級魔法を選んだようだ。
「煌めく炎獄の精よ! 我が前に姿を現せ! 其は炎天に君臨す宝玉の化身! その威光は魔を祓い、その熱は邪なるものを灰に帰す! 灯火、落陽、焦土、灰燼 憂き身が求めるは熾りの燻り 起源の象徴 星の瞬き 千の繁栄 掲げし烽火に蹂躙を誓い 血肉の熱を奉る 終は必定 慟哭は刹那 是も否も問わず業と散れ ……長いなぁ……。冥きを照らすは焔の裁きをおいて他に無し 生あるものは歓喜せよ 奈落持つものは逃げ惑え 救世の祝福は血に灯る 罪業に刻むは爛れの刻印 沸きて為すは瀉血の宴 理を絶ち 輪廻を拒み しかして赦そう それが最期の慈悲ゆえに
『因果融かす終極の火は見果てぬ彼方より来る』」
詠唱の完了と同時、チュイーンという音とともに杖の先端へと紅蓮の光が収束し、そして破壊の嵐が解き放たれた。魔法の余波で僕ら三人は死んだ。
天まで焦がすような火柱が立ち昇る。あまりの威力にポカーンと口を開いていたA子氏であったが、爆炎の中から颯爽と現れた鬼さんを見て正気に戻ったようだ。
そう、これだけド派手な魔法のくせにモンスター一匹すら殺し切れないのがNGOの魔法である。我らがクソ運営が安全圏から楽して狩りをするなどという戦法を認めてくれるはずもなし。なんというか、名前負けがすぎるでしょ。
慌てて逃げ出そうとしたA子氏であったが、初心者が鬼さんから逃げられるはずもなく頭蓋を叩き割られてあえなく撃沈。
そして爆音にびっくりしてしまった周囲の鬼さんが押し寄せてきてドブロクさんとショチョーさんを轢き潰していった。あっという間に全滅である。
仕様変更によって魔法を撃てるようになった。撃てるようにはなったが、それが実用に耐えうるものであるとは到底言えなかった。そういうオチである。
発動の余波で術者の周囲の味方を殺し、狩り場の環境をかき乱し、そして自分も死ぬ。魔導士とはそういう職業だ。
中級以下の魔法ならば周囲のモンスターを、呼び寄せることはないが、それでも味方を巻き込むことには変わりないし、何より威力がそこまで高くないので効率も悪く嫌われている。救えないね。
現環境では、魔法を唱えたらモンスターではなくプレイヤーが親の仇を見つけたかのような顔で殺しにくる。今も昔もこのゲームに攻撃魔法使いの居場所はないのだ。
爆炎がジリジリと草原を焼く。立ち昇る煙を背にした鬼さんたちは、僕らが光の粒となって消えたのを確認したところでブンと棍棒を振って残心を解き、一仕事終えた感を出して仲良く肩を並べて去っていった。




