非常識を飼い慣らせ
いつもの茶番即席裁判の結果、『食物連鎖』メンバー監視のもとで件のエモペナを発症させた女性プレイヤーの手伝いをするよう言い渡された。
恒例の仲直り企画は無事に完結したので新シリーズを開始したい『ケーサツ』と、新規プレイヤーを少しでも定着させたい『食物連鎖』の思惑が一致を果たしたのだろう。
誰にも損が無いように見えて僕の自由意思はまるっと無視されているのがポイントだ。さも当たり前のような顔をして企画の準備を進める『ケーサツ』に抗議をすべく詰め寄ると麻の袋を五つ渡されたので僕は初心者を手厚くバックアップする素晴らしい企画をより良いものとすべく尽力することを決意した。新規の保護は正義の務めだ。頑張ろう。
「お前の手のひら削岩機になりそうだな」
「素材を得るのにも一苦労な『ケーサツ』が身銭を切ってまで初心者保護を訴えてるんだ。これに応えないなんて正義の名が廃るよ」
「廃れるほど高名なもんでもねぇだろ……」
ドブロクさんが茶々を入れてくるが無視する。このゲームのプレイヤーに崇高な理念の理解を求めるのは猫に小判の有用性を説く以上に難しい。殺すぞが挨拶の時点でおかしいし、なんならほんとに殺してくるからお笑い種にもならない。鎌倉武士のほうが奥ゆかしいんじゃないかな。
「あと、俺は今回見守るだけだからな。ショーゴとタクミーの二人を付ける。あいつらもそろそろ教える側に回れるだろ」
おお……あの尻に殻をつけたひよっこだった二人がついに人を導く立場になったのか。ログイン初日に人の家に堂々と不法侵入してきたバッドマナーの塊であった彼らが……そっかぁ。日が経つのって早いな。僕は感慨に耽った。
「これも僕が初日に躾けた成果かな」
「初狩りを躾とか言っちまう邪悪さでよく正義を名乗れるなおまえ」
僕の薫陶を受けた二人が完全新規の無垢なプレイヤーをクソ色に染めることなく育て上げることができるのか……見届けさせてもらおうじゃないか。
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「わたし、テイマーになりたいんです!」
昨日、踏み込み投身自殺とかいうトチ狂った文化の毒性にあてられてエモペナを発症した女性プレイヤー――プレイヤーネームがエーコだったので以下A子氏とする――は、胸の前で両手をぐっと握り、キラキラした笑顔で高らかに宣言した。
テイマー。モンスター扱いではない動物類をテイムしてペットにできる職業だ。
なおマジキチチュートリアル以前は各種フィールドにそれらしい動物が存在していなかったため、実質無いものとされていた職業の一つである。
たまに空を飛んでいるよく分からない鳥や、釣り機能解放の際に現れた魚に試したプレイヤーも居たそうだが結局はテイムできなかったという。
当然のことながらプレイヤーにも効かない。このゲームのプレイヤーなんて脳が原始時代に退行した猿同然だからテイムできてもよさそうなもんなんだけどね。バグかな?
ともあれ、そんな不遇と呼ぶのもおこがましい実質無職のテイマーであったが、今となっては普通に機能する職業として話題になっている。廃人や『検証勢』による研究も進んでいるので今後の展開に注目の職業だ。
ペットにしたモンスターは自宅で飼うことができる。今のところは小動物相応の能力でしかないが、職業レベルが上がれば戦力として機能するのではないかという予想がされているため、とりあえず数匹テイムしているというプレイヤーも多いと聞く。
とまぁ、いいところだけ抜粋すれば魅力的な職業に見える……見えるが、その実態は……ショーゴとタクミーの顔を見れば薄々ながらも察せるというもの。
「テイマーっすか……」
「テイマーかぁ……」
期待で瞳を輝かせるA子氏に対し、二人の反応は渋いものであった。もう十分にVR慣れしたはずの両名の顔が歪む。まぁ、テイマー関連ではひと悶着あったからね。この反応もやむなしといったところか。
「えっと……だめ、なんですか?」
一転して顔を不安で曇らせたA子氏がおずおずと尋ねる。対する二人はあーとかんーとか微妙な反応を返す。テイマー関連の騒動を知っている彼らは言葉を選んでいるのだろう。
やれやれ、まだ初心者だな。新規プレイヤーにこんな顔させちゃだめだよ。僕は頼りない二人に代わり助け舟を出すことにした。
「ちなみになんだけど、A子氏はどうしてテイマー希望なのかな?」
「動画を見たんです! すっごいリアルな毛並みのウサギをもふもふしてる動画なんですけど、そのウサちゃんが可愛くて可愛くて……!」
再び瞳に輝きを取り戻したA子氏がかかとを弾ませてウサギのようにぴょいんと跳ねる。
ふむ、健全な目的のようでなにより。まずは第一のハードルをクリア、といったところか。問題はその後だ。
「ちなみにその動画っていま見れる? あ、共有モードの仕方はメニューから……そう、そう……」
「えーっと、これで見れますかね?」
A子氏は参考にしたという動画を僕らの前に展開した。タイトルは『超☆かわ♪ウサちゃんをフルダイブVRで思う存分モフモフしてみた!』。
おぉ……これは……いや、まだ判断を下すのは早い。まだ良心的な動画の可能性は一割ほど存在する。……はず。
不安になった僕らは誰からともなく顔を見合わせ、それだけで通じ合ったように一つ頷き、とりあえずは最後まで動画を視聴することにした。
動画の内容は至ってシンプルだった。質素な家に敷かれた絨毯の上にいるクリクリとした見た目のウサギをカメラ役のプレイヤーが舐め回すようなアングルで撮影し、時に毛並みを手で整えて反応を楽しむような五分少々の動画だ。音声は流れておらず、代わりにポップなテイストのBGMが編集で後付けされていた。
動画の最後にはゲームの詳細とNGOへ誘導をする旨の字幕が映って終了。ペットを撮影した素人のホームビデオをそのままネットに上げた、といった風な内容であった。
ふむ、これはこれは。僕ら三人はほとんど同時に口を開いた。
「罠だね」
「罠だな」
「罠っすね」
「え……」
絶句するA子氏。言葉の意味が理解できないのだろう。まあ新規にはなんのこっちゃ分からないよね。解説が必要か。
「ショーゴはどうして罠だと思ったの?」
「タイトルがあからさまなところと、デメリットを一切記載してないところっすかね。いいところだけを映して注意事項を載せてないあたり悪意が高いっすよこれ」
「うんうん。タクミーは?」
「俺もほとんどショーゴと同じく。あとは投稿日時と最後の字幕が決め手だな。ウサペタ事件の後に撮られてるのにこうも露骨な誘導は……まあ、新規をハメようとしてる動画で間違いないんじゃないかと」
「は……、え?」
うむうむ。この二人も隠れた悪意を見透かす術に長けてきたようだ。模範的なNGO民に近づいてきていると言える。
「ライカンさんもだいたいそんな感じっすか?」
「大筋はね。もっと細かく突っ込むなら他にもあるよ。この撮影者、笑いをこらえてるよね。ちょうど二分過ぎくらいのところ。カメラを持ってるわけじゃないからこういうブレ方をするのはおかしい。きっと騙されるプレイヤーのことを考えてニヤニヤしてたんだろう」
「そこまでは気付かなかったな……」
「あとこのウサギはあんまり懐いてないみたいだね。騙すっていう前提でテイムしてきてすぐ撮影した、ってのが真相なんじゃないかな」
「なるほどっす」
「極めつけはチラッと映った壁に立て掛けてある武器と防具だ。剣と、あとは棘付きメイス。手練だよ。しかもこのアングル……わざと映してるな。そもそもインベントリにしまっておけばいいのに見せ付けるってことは……武器防具の組み合わせと自宅の内装から特定班が動くことまで織り込み済みだ。それを返り討ちにするつもりなんだろう。戦闘狂の愉快犯だ。僕はここまで読めた」
「っはぁー……ためになるっす」
「俺らもまだまだ学ぶところがあるな……」
まあゲームを始めて半年程度でここまで察しろというのは酷な話だ。そのへんの感覚はこれから磨いていけばいい。むしろ罠であると即座に看破できただけ上々と言えよう。
「あの……つまり、どういうことですか?」
またしても不安な面持ちになったA子氏が上目遣いで尋ねる。つまり、つまりか。そうだね……。
「ペットを飼うには覚悟がいるんだよ。愛でたい時に好きなだけ愛でる。そんな気楽なスタイルを……ここのクソ運営は許してはくれないってことさ」
分かったような分かっていないような顔で首を傾げるA子氏。
どうしたものかと三人で話し合った結果、まずはA子氏にテイマー及びテイムしたペットに対しての注意点を説く運びとなった。
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「まず一つ。ペットは、餓死するっす」
「え……ゲームなのに……?」
「っす」
場所を街から草原に移した。実地で学ぼうという結論になったのだ。
まずはショーゴがこのゲームのテイマー事情についての講義を開いている。チャラ男風のキャラクリに似合わない真面目くさった姿勢でA子氏に現実を教え込む。
「最後に餌を与えてから七十二時間……三日が限度っす。じわじわと弱っていって、最後には動かなくなってコテリと……まあ、そんな感じっすね」
「み、三日ですか……? そんな短いの……? 週末に癒やしを求めるとか、そういうプレイは……」
「無理っすね」
「えぇ……」
厳しい仕様を耳にしたA子氏が落胆の声を吐き出す。
これに意外そうな顔をしたショーゴがタクミーに声をかけた。
「いやでも、三日も猶予があるってだけでだいぶマシな方じゃないっすかね?」
「だよな。プレイヤーは三時間で餓死するし、ここのクソ運営ならそれに合わせてきてもおかしくなかった」
「そうそう。マシっすよ、マシ」
「えぇ……?」
NGOの運営はクソなことで有名であるとはいえ、それは所詮一部界隈のみで知られている話。こうして何かの間違いで足を踏み入れてしまった事情に疎いプレイヤーはその真骨頂を知らないからこういう反応をする。
逆に慣れてしまうとクソ仕様の中に正体不明の優しさを見出すようになる。こうなったらもはや手遅れだ。治療法は今のところ確立されていない。
「そしてもう一つ。こっちが厄介なんすけど……テイマーの餌はモンスターの素材なんすよ。だからペットを飼うにはモンスターを狩り続ける必要があるっす」
「モンスター?」
「あれっす」
ショーゴの指差した先にいるのは我らが鬼さんだ。今日も鍛え上げられた瑞々しい肉体を見せびらかすようにのっしのっしと草原を闊歩している。
少し離れたところにいるのは新たに追加された強化個体の赤鬼さんだ。基礎スペックの上昇に加え、炎ブレスや全周囲に放電を撒き散らすといった搦め手を搭載してしまった殺戮兵器である。
ひと目見ただけで彼我の力量差を鋭敏に感じ取ったのか、A子氏が首が取れそうな勢いで首を横に振った。
「無理無理! 無理ですよあんなの!」
「じゃあテイマーは厳しいっすね……」
「俺らも協力してあげたいけど、ペットは他人から譲り受けたアイテムは食べないんだよな。自分でモンスターを倒して餌やりできないと、まぁ、ペットは餓死する」
「甲斐性を見せろってことなんだろうけど、やっぱここの運営って性格悪いよね」
軽い気持ちでペットをテイムしてしまったクソスポ民の多くが泣きを見たのは有名な話だ。中にはペットのために修羅堕ちした猛者もいる。
考えなしにテイムしたら悲劇しか生まない。あの動画を罠と評する理由も分かっていただけるだろう。
「甲斐性……」
僕の言葉を口の中で転がし、吟味したA子氏がキッと眦を決して顔を上げた。覚悟の炎が燃えている。
「やります! 私、ウサちゃんのためなら頑張ります!」
運営の悪意をもふもふの魅力が上回ったらしい。A子氏がぺこりとお辞儀をする。
「協力、してくださいっ!」
否やはない。元よりそのつもりだ。
僕ら三人は力強い頷きを返す。チュートリアルを経てプレイヤーたちは新たな力を得た。僕だって誰にも明かしていない新技を習得した。それをお披露目するのも悪くない。
討伐目標は弱い方の鬼。通称弱鬼だ。
無垢なA子氏の切なる願いを叶えるための戦いが始まる。




