いつもの
▷12月30日 PM21:30
「飽きた」
麻雀牌をジャラジャラとかき混ぜていた四人がビクリと震えて動きを止める。そして一秒ほどの間を置き、再度何事もなかったかのように牌をかき混ぜた。
どうやら聞かなかったことにしたらしい。そっちがその気ならいいさ。僕も構わず続ける。
「さすがにマンネリだよね。四日も連続でボードゲームばっかりやってたら飽きるよ」
これ以上の無視は得策ではないと悟ったのか、ビストロさんがしかめっ面をこちらへ向けた。
「……何言ってんだ。麻雀は一生遊べるゲームだろうが」
「いやその意見はわかるよ? でもずっと簀巻き状態だし、捨て牌とか見にくいし、代打ちの人に指示出すだけってあんまり面白くないんだよね」
未だに僕の行動の自由は許されていない。麻雀をやるにも牌を触れないので代わりの人に右から何番目を捨ててとか逐一言わなければならないのだ。手間だしテンポが悪いことこの上ない。
やっぱちゃんと牌を触らないとね。握り込みも積み込みもできないし、正面切って打たないとヒリつかないし、楽しさは半減といったところだ。正直ちょっとダルい。
それに日課の爆弾作りを疎かにしている現状は地味にストレスが溜まる。爆弾作り、そして花火玉作りは僕の中でルーティンワークになっていた。何よりこのゲームをやってる目的だしね。
生活習慣が乱されているとでも言おうか。寝ているところを叩き起こされて、代わりに昼に寝ろと言われた気分だよ。
「爆殺しないからとりあえず縄は解いてくれないかな」
ログアウトする時間にならないと縄を解いてくれないから窮屈で仕方ない。彼らは口を揃えて僕のためだと言うが、だったらせめて身体の自由をくれてもいいのに。
「……オジキ、どうします?」
「…………イベント終了まではあと、一日と少しだ。プレイヤーのレベルが上がれば色々と都合がつく。この流れに水は差したくねェ。このまま通す。それで気持ちよく新年を迎えようや」
「うす」
「ってわけだァ。悪ィがあと少しだけ大人しくしててくれや」
「えぇ? 僕だけ気持ちよく新年を迎えられないんだけど?」
「そこはほら、年明けに新年を祝う花火大会とかやって気分を晴らせばいいだろ。人力打ち上げ花火くらいなら手伝ってやるから」
「それコスト払うの僕じゃん。はぁ……もういい」
軽くため息を吐き出しごろんと寝返りを打つ。天井をぼうと眺めてふと思う。
前例を作るわけにはいかない。
この獲得経験値増加イベントは年末だけの特別なものなのか。そうではないかもしれない。同じイベントが再び開催された時、僕はまたこうして拘束されるのか。それは、ちょっと我慢ならない。
簀巻きにされると詰む。本当に? 僕は身をよじった。指を鳴らせる隙間を作れないかと思ってのことだ。着火が発動すればこの布切れを燃やして脱出できるかもしれない。
だが無理だった。僕程度が思いつくような方法はさんざん試行錯誤された後だろう。それでも破られていないから簀巻き法は今なお猛威を振るっているのだ。
加えて、僕をイン待ちしているプレイヤーが簀巻きプロなのもでかい。
僕は割と決まった時間にログインすることが多い。故にイン待ちの被害に遭いやすい。四日連続で僕を簀巻きにした彼は随分と手慣れていた。きっと日頃から簡易式チキンレースの準備などで鍛えているのだろう。拘束に緩みがない。脱出は困難を極める。
そんな彼はいま雀卓を囲んでむむむと唸っていた。ふむ。僕は声をかけた。
「ねぇ、この布と紐ってさぁ、この四日間とも同じやつを使ってるよね」
「は? まぁ、そうだが」
「なるほどね」
つまりだ。この紐と布は僕のために使われていることになる。僕専用の布と紐。これはもう僕のものと言ってもいいのでは?
僕は布と紐をインベントリへと格納した。自由になった身ですっくと立ち上がる。
「……は?」
「な? え!?」
「っ!」
雀卓を蹴飛ばして立ち上がった三人のモブがバッと距離を取る。彼らはきっと穏健派だったのだろう。武器を振るうのが好きなら今頃街で元気に殺し合いを楽しんでいただろうしね。襲い掛かってこられなかったのは幸運だ。
「テメェ……そうか、物権の奪取……そういや、そんなこともできたんだったな……」
ビストロさんがスラリと刀を抜いて正眼に構える。だが……やはりぬるい。
廃人や頭のおかしいレッドネームならもう動いていた。言葉を発するよりも、思考を巡らせるよりも早く剣を振るっている連中に比べれば悠長に過ぎるね。僕の手には既に大型爆弾が乗っている。そっと指を添えればビストロさんが軽く震えた。
「これまで、か……」
どうやら諦めた様子。賢明だね。
「ビストロさんに、そこの三人組もよく覚えておくといい。拉致監禁は、犯罪だ」
僕は高らかに指を打ち鳴らした。爆炎が地を舐める。一足早い初日の出のようだ。曙光のようにまばゆい光が悪の拠点を引き裂いて爆ぜる。ビストロさんと愉快な仲間たちは死んだ。
大型倉庫の一角が光となって空へと還っていく。この倉庫はとにかく大きく、大型爆弾一つでは破壊し尽くすことはできない。破壊しておくか……と思ったが、監禁は一応僕のことを気に掛けての行動だったし、これで手打ちとしようじゃないか。
溢れ出す開放感が心地よい。グッと伸びをして空を見上げ、今度は呆れではなく感動のため息を漏らす。
茜に染まった地平を群青が塗りつぶしていく。クリスマスである25日が夜ということは、その六日後にあたる明日の大晦日もまた夜であるということ。雰囲気があってよきかなよきかな。僕は一つ頷くと自宅に向けて歩みを進めた。
▷12月30日 PM22:00
このゲームのプレイヤーは頭がおかしい。
爆発を聞きつけて殺到してきたプレイヤーに闇討ちされた僕は自宅にリスポーンして爆弾作りを粛々と進めていたところ五回ほど強盗致傷をキメられて死に続けた。
なるほど、これが殺し合いオンラインの再来か。終わってるという評価すら生ぬるい。
吹き溜まり。肥溜め。ワーストスラム。サイコパス収容所。流刑地。
およそゲームの評価とは思えない罵詈雑言を吐かれ続けた信頼と実績がそこにあった。つくづく救えない世界だ。
この世界にはやはり正義の鉄槌が欠かせないみたいだね。決意を新たにしたところ玄関の鍵がピッキングされ一人の男がズカズカと上がり込んできた。
「やぁ」
みずっちだった。
裏でレッドネームを束ねている狂人。倫理観のネジが外れた化け物が当然のような顔をして椅子に座った。さも勝手知ったる人の家と言わんばかりに。
「いやぁ、四日もお勤めお疲れ様だね。連鎖に潜ませてるメンバーから報告は受けてたけど、随分楽しい時間を過ごしていたみたいじゃないか。賭けで相当儲けたみたいだね? 景気が良くてなによりだ」
「六回も殺されたら全部チャラどころかマイナスだけどね。煽りに来たの?」
「まぁまぁ。そう結論を急ぐものじゃない……って言いたいけど、今日は単刀直入でいこうか。大型爆弾を融通してほしい。八十個は要る。多ければ多いほど望ましいね。どう?」
どう。どうとは? 僕は首を傾げた。
唐突にやってきたと思えば突拍子も無い提案。相変わらず読めない男だ。
何か裏がある。こいつは僕にとってなんのメリットも無い提案をしに来るほど馬鹿じゃない。不本意だけど、そう思わせるだけの実績がある。
「見返りは?」
そう尋ねると、みずっちはわざとらしい笑みを深くした。口角が僅かに上がるものの、目が全く笑っていない。酷く不自然な笑みで言う。
「このイベントを失敗で終わらせる。二度と開催されることのないように。悪い話じゃないだろう?」
虚を突かれ、一瞬思考が止まる。僕の予想と真逆だったからだ。
どうせまた戦争とかいう下らない名目を掲げるものだと思っていた。嬉々として殺し合いに興じているものだとばかり思っていた。
だが、どうやらそうでもないらしい。
「意外そうな顔をするね。まあ、隔離されてたから内情を詳しく知らないのも無理はないか。このイベントはね、クソだよ。クソ。ボクらをコケにしてるとしか思えない。これほど腸が煮えくり返るイベントはそう無いよ。お膳立てされて、残機まで導入されて、さあ殺し合ってくださいなんて言われてもさぁ、萎えるだけなんだよね。汁が出ないんだよ」
「汁が出るとか出ないとか意味分からない理屈は置いておくとして……意外だね。バトルジャンキーの内心なんて理解できないけど、そんなにクソイベントなの? シリアとか馬鹿みたいに暴れてるもんだと思ってたけど」
「彼女なら萎え落ちしたよ。まるでヒリつかないってさ。『渇愛』メンバーも概ね同意見だ。いま殺し合っているプレイヤー達は戦いを楽しんでるんじゃない。レベル上げを楽しんでいるんだ。美味イベをハムるだけの憐れな家畜に成り下がってる。愛がないんだ。レッドネームになっても死が許されるから本気で抵抗することもない。相手を倒してもレベルが下がらないから躍起になることもない。PKが談合の性質を帯びてきている。唾棄すべき事態だ。このイベントもどきが成功で終わって何度も開催されるようになったら終わりだよ。確実に衰退する。断言してもいい。だからボクらはこのイベントを失敗で終わらせる必要があるんだ」
「……そんなに規模の大きい話? 戦闘狂の考えってさっぱり分からないからなんとも言えないなぁ」
「デカピンで大勝ちしたあとに賭け無し麻雀をやらされるみたいなものだよ」
「それは駄目だね。汁が出ない」
「だろう?」
なるほど、なるほど。どうやらNGOは岐路に立たされているらしい。とても重大な局面を迎えている。現状打破は急務だ。僕はキッと表情を引き締めた。
「で、計画は?」
「難しいことはない。クソスポ特区を除いた北西、南西、南東区画を更地にする。談合で効率のいいレベル上げをしようというなら相応の罰を与えないとね。街全域の復興作業には莫大な時間を費やすことになるだろう。不正に駒を進めた分のツケをそれ以上の停滞で支払わせる。ボクらが本気を出せばこのクソイベントが好評で終わることもなくなるだろう。おそらく二度と開催されることはなくなる。君にとっても悪い話じゃないはずだ。どうかな?」
ふむ。不正なプラスをそれ以上のマイナスで支払わせる。道理ではある。だけど不満な点が一つ。
「僕の払うコストがでかくない? 確かにこのイベントが何度も開催されるのは面倒だよ。でも大型爆弾八十個ってのは多くない? 気軽に言ってくれるけど、作るのに結構時間かかるんだよね。最近ようやく花火玉作りが再開できる程度に在庫が溜まったところなのに、また振り出しに戻るのもなぁ」
「そうかい。ならこちらは不足分を情報で支払おう。きっとやる気になってくれるよ」
情報。恐らくこのゲームで一番耳が早いのはみずっちだ。各ギルドに自分の息のかかったメンバーを潜ませて内情を把握する周到さは筋金入りと評していい。精度の高い情報を多数握っていることだろう。
僕は視線で続きを促した。ストンと表情を消したみずっちが熱のない声で語る。
「君の正義が酷い冒涜に晒されている。『検証勢』だ。レッドネームになっても致命的なドジを踏まない限りレベルが下がらない現状は彼らにとって非常に都合が良かった。『火薬師育成計画』。覚えがあるだろう? 君に廃人を爆殺させることでスキルを獲得させようと画策した例の事件、あれを身内だけで完遂させようと躍起になっているんだ。用意した高レベルのレッドを爆殺することでレベルを上げる。レッドのレベルは下がらず、火薬師がレッドネームになることもない。これを繰り返せば高レベル火薬師の出来上がりってわけだ。酷い抜け道もあったもんだね? 被検体はすでに中型爆弾作成を習得したらしい。このイベントが繰り返されようものなら特殊爆薬調合、ひいては大型爆弾作成すら他のプレイヤーの手に渡るだろうね」
僕は椅子を引いて立ち上がった。速やかに玄関へと向かう。
「これは不確定な情報だけど『花園』も似たようなことをやってる可能性が高いよ。二、三日前から城の内部で爆発音が響いている。『花園』にはボクの手下がいないからあくまで推測になるけどね。まぁ、十中八九間違いないんじゃないかな?」
ドアノブに手をかけ、外に出る。居るのは分かっていた。これだけ長々と話し込んでいるのに襲撃者がゼロというのはおかしい。少し考えれば分かることだ。彼らが抑えていてくれたのだろう。
非常に頼もしい笑顔を浮かべる彼らに爆弾を手渡していく。大型八十個。安いコストだ。なんならもっとくれてやろう。
正義を冒涜する悪に対し、僕の返す答えはいつだって一つ。殲滅あるのみ。
「年末だし、丁度いい」
爆弾を配り終えた僕は居並ぶレッドネーム達を見回す。誰も彼もいい笑顔だ。談合と不正を断じて許さないという確固たる意思の下に集った英傑。頼もしいことこの上ない。僕は高らかに宣言した。
「大掃除だ」
▷12月31日 AM00:00
街は爆炎に包まれた




