正義のラストスタンド
和気あいあいの初心者向けユーザーイベントに水を差した闖入者に対し、『ケーサツ』一同はお冠のようだ。コロシアムの中央でヘラヘラ笑っている狂人を取り囲み、いつでも剣を抜けるよう鞘に手を添えている。
観客席、とりわけ初心者連中が集まっている一角は並々ならぬ雰囲気にあてられてざわついている。これが座興の類いでは無いということを察したのだろう。
品定めするように視線を巡らせながら唇を舐める狂人。一触即発のなか、ショチョーさんが歩み出てネゴシエイトの姿勢を見せた。
「シリア。お前の常識のなさは今更指摘するまでもないが……初心者向けのイベントを掻き回して楽しむほどにまで落ちぶれたか? 退け。恥じる気持ちがあるのならばな」
「怒った? なら殺り合おうよ。あんなお行儀のいい試合なんて見せてたら、底の浅さを悟った新規が辞めちゃうよー? もっと本能剥き出しのさぁ、ニューロンが擦り切れるような戦いを経験させてズブズブに引きずり込んだほうが早いんじゃない?」
「黙れ狂人が。何度も何度も配信の邪魔をして……再生数が落ちたらどうしてくれる!」
キレるところそこかよ。あの芸人集団の長はどこかしらでボケなければ気が済まないようだ。
『ケーサツ』とシリアは浅からぬ因縁がある。自治厨などと評される『ケーサツ』ではあるが、彼らのおかげで毒気を抜かれてPKから足を洗ったプレイヤーは多い。あんな集団であっても、一応はNGOの治安向上に貢献しているのだ。
一方、殺伐殺し合いオンラインが好きで好きでたまらないシリアは彼らが目障りで仕方ないのだろう。ことあるごとにちょっかいを出しては、配信や企画を台無しにして回っている。
「エキシビションマッチに出す予定だったプレイヤーってまだいるのー? さっきの二人はレベル12から14の間ってところだよね? カンスト勢はいないの?」
「……呼んでいない」
「えーなんでー? 廃人の一人や二人、引っ張ってこようと思えば引っ張ってこれたでしょ」
「あんな気持ち悪い動きを初心者に見せられるか! ドン引きして辞めちまうわ!」
何やらコント臭が漂いはじめたが、これが惨劇の前触れであると鋭敏に察知した者は早々にコロシアムを後にしている。賭けを仕切っていたアウトローさん達もいつの間にか撤退していた。
残っているのは『ケーサツ』と、初心者達と、お祭り好きな一部連中か。ここならデスペナルティも無いし、ちょっと暴れようとでも考えているのだろう。
と思ったら売り子のおねーさん方も逃げていなかった。この空気でも売り歩いてるって商魂たくましすぎでしょ。
「はぁ……そっかぁ、雑魚ばっかかぁー」
わざとらしくため息を吐き出し、わざとらしく肩を落として見せたシリア。顔を上げたその時には既にそこに笑みはなく。
「じゃあ、とりあえずここにいる全員殺すね?」
「制圧しろ!」
ショチョーさんの号令を聞いて弾かれたように『ケーサツ』のプレイヤーがシリアに殺到する。四方八方から波のように押し寄せたが、動きはそこまで統率が取れていない。まぁ芸人だしね。レベルも10以下がほとんどだろう。
策もない物量攻めで落とせるほど狂人の首は安くない。
「あはっ」
ヒュンと直上に跳び上がったシリア。トランポリン選手のように身体を伸ばし、滅茶苦茶な捻りを加えて回転している。
『ケーサツ』の動きは二つに割れた。着地地点で待つ者。【踏み込み】で跳び、斬り落とそうとする者。恐らくどちらも愚策。
天に足を向けたシリアが【踏み込み】で強化した【空間跳躍】で、隕石のように飛び込んだ。すれ違いざまに暗器で数人の急所を突いたのだろう。赤いポリゴンが舞い散り包囲陣に穴を空けた。
暗殺者。暗器系統の武器で急所を突いたときに2倍の威力補正が掛かる職業。剣士ならデフォルトで掛かる倍率のうえ、暗器類のリーチが軒並み短いので使えないとされていた職業だ。
それが化けたのは13レベルで【濡れ烏羽】というスキルが入手出来ると分かった時だ。
高所からの落下ダメージと着地硬直を軽減する。地味にしか見えない効果だが、これがあるおかげでシリアは誰よりも高く跳び、冗談のような速さで舞い降りることが出来る。着地してからの再始動も早く、目で追っていたら既にそこに姿はない。
もちろんあそこまで極まった動きが出来るのは馬鹿げた身体制御力あってのものだ。あんなスピードで突っ込みながら急所を的確に突くなんて並外れている。どれだけ殺意に溢れてるのか。
白い影が間隙を縫って駆け回る。眉間、首、心臓、鳩尾。あらゆる急所を時に突き、時に切り裂いて死を齎していく。
グンと踏み込んでから急制動、バク転しながら靴に仕込んだナイフで行きがけの駄賃とばかりに首を裂き、勢いそのままにバク宙。着地地点で待ち構えていたプレイヤーをあざ笑うように【空間跳躍】で再度前方へ転身。
跳び上がって襲い掛かってきていたプレイヤーに対し、ナイフの偏差投げのプレゼントも忘れない。見ているだけで目が回るような戦い方だ。
四足の獣のような低姿勢で駆けながら足の腱を斬って回り、動けなくなった者は放置して転がしておくことでデコイとする。つられて視線を奪われた者達の間に割って入り、コマのようにくるりと回れば斬られた者は首からポリゴンを撒き散らして倒れ伏す。
圧倒的だ。数の強みがまるで通じず、赤子の手を捻るような光景が繰り広げられている。
観客席にリスポーンした『ケーサツ』連中や、シリアに恨みを持っているであろう観客が次々と舞台に飛び降りている。即席の討伐隊が結成されたわけだが、統率もクソもあったもんじゃない。
とあるプレイヤーが、目の前の奴が動きの邪魔になると見れば味方のはずの人間を斬り飛ばして進む。そんな凶行を目の当たりにした『ケーサツ』が逆にそいつを斬り飛ばす。それを見たプレイヤーが……あとはもうなし崩し的に殺し合いだ。リスポーン地点の観客席では派手な場外乱闘が行われている。
もちろん座ってじっとしていただけの僕も巻き添えで殺された。これだからこのゲームのプレイヤーは頭がおかしいと言われるんだ。顔とプレイヤーネームは覚えた。後で正義の裁きが下るだろう。
「あっははははは! 楽しいねえ! んー? なぁんか盛り上がってないところがあるなぁー?」
突然理性をなくした集団をドン引きして見ていた初心者プレイヤーの一団を、返り血で染まったシリアが目敏く見つけて嘘くさい笑みを浮かべた。
ドンと跳躍。膝を畳んでくるくると回転し、観客席の転落防止の欄干に片脚で着地した。返り血の主がリスポーンしたのだろう、白無垢の姿に戻ったシリアが初心者連中相手に短剣を突き付けて言う。
「楽しまなきゃ駄目だよー? 楽しみ方がわからないなら……私が教えてあげるね?」
堂々たる初心者狩り宣言だ。うーんイカれてるなぁ。
不穏な空気を察してエミリンラブとタクミーが前に出て得物を構えたが……五秒持てばいいほうなんじゃないかな。
そろそろ爆殺るか。心の中で最も効果的に正義を示せるタイミングを伺っていると、ギュンと接近した影が一撃でシリアを観客席から突き飛ばした。
空中で体制を整えようとしたシリアに対し、影は追撃の蹴りを見舞う。疾い。二人はそのままもつれ込むようにステージ内に降り立った。
土煙が晴れた中にいたのは、黒髪黒目、中肉中背のこれといった特徴のない男だ。死んだ魚のような目を携え、だらりと腕を垂らしている。能面のような表情でポツリと言う。
「新規を大切にしろ」
その男を認めた瞬間、シリアが哄笑を上げた。割り増した狂気を纏い、爆ぜるように突貫する。
「あっはははは! あっちゃん! 今日こそ絶対殺してあげる!」
消えたと錯覚するほどのシリアの踏み込み。突き出した短剣はぬるりと滑るような動きで躱され、お返しとばかりに剣が迫る。差し込まれた一撃を紙一重で躱し、さらなる連撃を加えようとしたところで、ふと後方へ跳び距離を取る。
シリアの左脇腹から赤いポリゴンが滴る。どうやら躱せていなかったようだ。
「あはは。ほんっと意味わからない動き。どうやってるの、それ?」
男の右腕がブレる。剣先が残像を生む。恐らく、残像の全てに当たり判定があるのだろう。
VRのシステムを究極まで悪用したと言われる、ただ一人しか使用に成功していない戦法だ。
問い掛けに答えず、男が一歩踏み出す。
ランダム生成されたデフォルトキャラをそのまま使用したアバター。プレイヤーネーム、あ。このゲームで二番目に強いと言われている正真正銘の廃人だ。
敬意を込めてあっさんと呼ばれたり、畏怖や嘲弄を込めて一文字様などと呼ばれる有名人の一人だ。
人間性をこそぎ落とした怪物が、イカれた化け物にゆったりと迫る。
ミドルレンジまで踏み込んだ途端、あっさんの足がブレる。廃人ステップ。もしくはラグスイッチと呼ばれる、あっさんを強者たらしめる戦法の一つ。攻めの起点となる足の動きが読めず、気が付いたら斬られているという凶悪極まりない反則的な技だ。
「チッ!」
バックステップからの短剣の投擲。シリアにしては珍しい消極的な様子見だ。あっさんはこれを真っ向から叩き落とし、【踏み込み】でギュンと迫り硬直を狙う。
姿勢、リーチの長さ、所持しているスキル。おおよその事情から不利を悟ったであろうシリアは、仕切り直しを狙ってか【踏み込み】使用の跳躍で高高度へ身を踊らせた。
暗殺者のレベルを上げた者のみが得られるアドバンテージ。落下ダメージの軽減。それが齎す恩恵は不可侵の安全圏の確保だ。
見下ろすシリアと見上げるあっさんの視線が交差する。あっさんの取った行動は、まさかの追撃だった。追い縋るように直上へ跳び上がり突きを繰り出す。弾丸のような勢いは確殺圏内の威力を充分に内包している。
その後の落下ダメージによる死を無視した一撃。刺し違えるつもりか?いや、まさか。まさかあの廃人は……。
顔を歪めたシリアが叫ぶ。
「取得したのかッ! 【濡れ烏羽】をッ!」
なんて男だ。これがトップを走る廃人か。進んでいる次元が違う。どこまでリアルを犠牲にすればそこに至れるというのか。
職業剣士のカンストは当然のこと、暗殺者までレベル13に上げるとしたらかかる時間は如何ほどになるのか。
闇魔法という謎のシステムを使う最強プレイヤーと、二番目に強いと呼ばれるあっさんの間には壁があると言われている。
だが、あっさんと三番目以下のプレイヤーの間にはそれ以上に高い壁があると言われている。
他の廃人から、真っ向からやりあったら勝てるビジョンが見えないとまで言われるVR適性。寝食すら削りログインし続けることによって得たスキルの数々。システムの悪用という独自の戦法。超えるべき壁が高すぎるのだ。
シリアが身体を捻り、スイミングのターンのように【空間跳躍】を使用して地上へ降り立つ。それ以上の速度で後を追うあっさんの振るった剣がシリアの肩口に浅い傷を負わせる。
致命傷ではないが、パフォーマンスの低下は確実だ。回復しなければ追い詰められるだけだが、ポーションを取り出すような隙を廃人が与えるはずもなし。
詰みだな。やっぱ廃人ってすげーや。それに比べて格下をいたぶってイキってただけのシリアの情けなさよ。僕は強キャラムーブをして即落ちぶれるキャラと化したシリアを見て憐れんだ。
このまま廃人の圧勝だと面白くないな。僕は発破をかけることにした。
「シリアッ! 無様な姿を見せるな! せめて一矢報いてみせろッ!」
声が届いたかどうかは定かでは無いが、防戦一方だったシリアが攻めの手を挟み始めた。
ブレた剣先が描く軌跡を目を見開いて見切り、ある程度の被弾を覚悟の上の特攻。肉を絶たせて骨を断つ……いや、骨を断たせて首を落とす。そんな野蛮ながら精緻な一撃。
あっさんはこれに虚を突かれたようで、初めて自分から身体を引いた。ここへ来て一段ギアを上げたシリアが狂ったように笑いながら跳び回って迫る。
「くふっ! あはっ! あっはははははは!」
VRゲームが上手いとされるのは、冷静な思考の下で無駄を極力排除した動きが出来る人間だ。廃人連中は基本的にこちらに属している。
だが、中にはテンション一つでそんなセオリーを覆す突然変異体のようなプレイヤーがいる。それがシリアだ。
狭い部屋の中で思いっきりスーパーボールをブン投げたような挙動でもって廃人の剣を捌き、今までのお返しとばかりに切刃を回して頬に一筋の傷をつけた。
「っ……」
ノーダメージクリアでも狙っていたのか、あっさんの顔に僅かな苦味が走った。それを見てシリアがますます勢いづく。
「VRだと対戦相手の悔しがる顔を直接見られるのが最高」などとのたまう異常者は、他人のマイナス感情を糧にして成長するのだ。妖怪かな?
廃人の炉にも火が入ったようだ。攻め手が激しさを増す。
中級者と上級者の違いはなんと言っても【空間跳躍】の使い方だ。
【踏み込み】の勢いを活かしたジャンプを【空間跳躍】で軌道を曲げて、空中戦を仕掛けるようになれて初心者。
ジャンプの際に体を捻り、横向き、ないし足を空に向けて【空間跳躍】を使うことで、ボールのように跳ね返るような動きが出来て中級者。
上級者は中級者のそれを連続で発動することができる。三半規管と脳味噌がバグりそうな挙動を、呼吸のように御することで人外へと至れるのだ。
殺し合いに興じていた皆さんも落ち着きを取り戻したのか、それとも人外同士の闘いに引いているのか、食い入るように二人の攻防を見つめている。初心者達に至ってはポカンと口を空けている。
もはや周囲の人間は彼らがどんな動きをしているのかもわからない。なるほど、廃人と廃人の戦いをデモンストレーションに選ばなかった訳だ。純粋に人間辞めててうわぁってなるんだよね。
白刃が煌めき、砂埃が舞い、ふとした瞬間に火花が散る。目まぐるしく状況が動き続ける中で、赤いポリゴンがちらほらと舞う頻度が多くなってきた。シリアが押されているな。まあ廃人相手に頑張ったほうか。
頃合いだな。僕は指を鳴らして大型爆弾に着火して場内に放り込んだ。
爆弾に気付いた二人が弾かれるように離脱したが、もう遅い。
爆炎が華と咲く。落雷のような轟音と地を焦がす爆炎が、不埒物に誅を下す神の怒りのようで神々しい。
粘性を付与した炎は逃走を許さず、範囲内にいた者に確実な裁きを下す。天網恢恢疎にして漏らさず。初心者向けイベントを台無しにした悪は滅びた。
しんと静まり返った観客席の中、僕は悠々と初心者プレイヤー集団の前に歩み出て言った。
「銘は裁き焔。悪を逃さぬ天よりの光だよ。頭のおかしいプレイヤーキラーも、人を捨てた廃人でさえも敵じゃない。そう、火薬師ならね。君達も正義を目指してみないかい?」
僕は滅茶苦茶になってしまったイベントの軌道修正を敢行し、見事綺麗に締め括った。




