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僕は正義の爆弾魔

 このゲームがクソと呼ばれる理由の一つにGMの不在がある。


 GM。ゲームマスター。運営側の視点でゲームを監督する立場にいる彼らは、ユーザーから意見や要望の声を吸い上げたり悪質な行為をするプレイヤーへ改めるよう勧告する役割を持つ。ようは運営とユーザーとの橋渡し役、窓口といったところだろう。


 AIで構成されたNPCではなく、中身の入った人と人が行き交い物語を紡いでいくMMOというジャンルのゲームというものはトラブルの種に事欠かない。


 匿名性と架空のアバターを手に入れた人間というのは多少荒っぽくなってしまうものだ。やれルート権がどうの、やれ横殴りがどうのといった些細な口論は熱が入るにつれてPK沙汰になることも珍しくない。

 そんな時に中立の立場で介入してくれるGMが存在したらさぞ頼りになるだろう。


 このゲームにはGMがいない。当然のように起こりうるユーザー間トラブルに対し、運営サイドはゲームの世界観を盾に斬新な結論を出した。


「New Generate Onlineはあらゆる全てがユーザーによって新たに創り出されます。それは規律や法も例外ではありません」


 まさかの丸投げである。最低限必要な各種ペナルティはあったものの、それ以外のあらゆる行いを規制することは無かった。

 ユーザーの良心を過信した超前衛的なガイドラインを公式から発信したこのゲームは、水が上から下に流れるかの如く世紀末環境と化した。


 きっかけは今となっては知る由もない。サービス開始初日、粗末な服と武器と幾ばくかの金銭を持たされて何もない原っぱに放り出されたプレイヤーは、試しにとばかりに隣人に斬りかかった。そうしてドロップした金銭を数えていたら、いつの間にか自分の腹から剣が生えていた。


 伝播した狂気が人に剣を握らせる。ステータスウィンドウを開いていたら腹を開かれ、ゲームから落ちようとしたら命を落としている。

 舞い散った赤いポリゴンと積み上がる人の業が草原とプレイヤーネームを真紅に染め上げ、輝かしい未来をも蝕んでいくようだった。


 自然状態では万人は互いに対して敵である。

 サービス開始日に起きた惨劇。後にホッブスの証明事件と呼ばれる、同時接続者数激減の端緒を開く出来事であった。


 ▷


 買い物をしようとバザーに並べられている商品を眺めていたら店主と思しき男性に難癖をつけられた。要約すると、お前の事が気に入らないから一切の商品を販売しないとのことである。


 憤懣やるかたない気分を抑えつつ店を後にし、情報屋に金を握らせて調査させたところ、件のプレイヤーは最大手ギルド『食物連鎖』所属であることが判明。


 所属人数に物を言わせて色々と手広くやっているギルドだ。廃人連中や検証勢とも顔が利く。それゆえの増長だろうか、立場にあぐらをかいて特定個人に対する嫌がらせを始めたらしい。

 もとより人にモラルを期待できるゲームではないことは百も千も承知だけど、流石にこれはいかがなものか。


 店主の性格が悪いだけかと思い立ち別の『食物連鎖』経営の店に顔を出したところ、並べていた商品をインベントリに突っ込むやいなや逃げるように去っていった。どうやら組織的な犯行であるらしい。


 由々しき事態だ。攻略が停滞していて市場に出回る品が限られている現状での売り渋りである。行く先は寡占か独占か。


 偶然同じ店に居合わせたお客さんに話を振ったところ、ひどく青ざめた顔をしていた。VRゲームでこんなに分かりやすく表情が変わるのは珍しい。よほど行く末の暗さに絶望しているのだろう。許せないよね。僕は義憤を覚えた。


 ことのあらましをゲーム内ご意見フォームで運営へと送ろうとしたところ、特定の攻撃的な脳波を検知したため送信に失敗しましたというテンプレ回答を寄越された。


 このゲームの運営はゲーム作りの才能は素人以下なのだが、技術力については超がつくほどの最先端を独走している。改善要望は批判と捉えられ、自動で受信拒否されるという徹底ぶりだ。ディストピアかな。


『ケーサツ』に頼るか。いや……あれは名ばかりの自治厨、というか芸人集団だ。あてになるまい。


 やるしかない、か。

 権力を笠に着て市場の独占を目論むというならば、こちらにも考えがある。強者が弱者を虐げるという負の歴史を繰り返すならば、こちらも歴史を踏襲するまで。


 不承不承ではあるが、やるしかない。

 マナーもモラルも現実世界に置いてきた不法者が甘い汁を吸ってはばからないこの世界。

 正直者が馬鹿を見るとしても、誰かが声を上げなければ待っているのは緩やかな破滅だ。それだけはなんとしてでも避けなければならない。


「うちこわしだ」


 善意を贄に蔓延る悪は、この僕が許さない。


 ▷


「襲撃だ! ライカンの野郎だッ! 貴重品からインベントリに容量限界まで突っ込んで退避! 急げッ!」


「だから言っただろ! 売り渋りしたらこうなることくらい予想できた筈だ!」


「言い争いは後にしろ! 来るぞッ!」 


 響く怒声を頼りに『食物連鎖』の倉庫を歩んでいく。五階建ての立派な建物内部には、やはりというべきか大量の物資が保管してあった。


 プレイヤーのインベントリは結構な容量を備えているが、当然ながら無限ではない。手広く商売をするにあたって倉庫が必要になるのは当然であった。


 品目ごとに整えられていたであろうそれらは爆風に煽られて散乱している。

 瓦礫と煙に埋もれた物は既に商品価値の殆どを失っているだろうが、もとより消費者の手に渡らなかったであろう品々だ。是非もなし。


 おっと、偶然にも無事な体力回復ポーションが転がっている。

 これは元々『食物連鎖』の所有物だったわけだけど、彼らはこの建物を放棄して逃げ出そうとしている。それ即ちこの建物内の商品全てを放棄したことにはならないだろうか。

 つまるところ、このポーションは誰の所有物でもない。ならばこれは貰っても構わないのではないか。僕はインベントリへの収納を試みた。システムに弾かれた。駄目か。やむなし。


 いや、考え方を変えよう。

 これはもう既に僕の物だ。これはさらなる正義の執行に必要な活動資源だ。これは悪の討滅に付随する正当な報酬だ。地位も名誉も称賛も権力も要らない。ただ力を。力無き正義は悪にも劣る。僕ならこの力をより有効に活用できる。正義は我にあり。このポーションは僕の物だ。


 このッ! ポーションは! 僕の物だッ!


 ポーションは無事にインベントリへと収納された。やったね。


 正義の心がシステムに認められて上機嫌な僕は指を鳴らして手元の爆弾に着火する。爆炎が地を舐める。もうもうと立ち昇る煙は反逆の狼煙に似て、景気良く吹っ飛ぶ建物の一角が支配と抑圧からの開放を熱烈に示唆するようだ。とても気分がいい。足取りが軽い。


「火事場泥棒してんじゃねぇ!」


 おっと悪の手先があらわれた。見ればこの騒動のそもそもの発端となったバザーの店主であった。プレイヤーネームはドブロクか。酒好きかな?


 ドブロクさんは剣を構えて臨戦態勢だ。つま先をジリジリと動かし間合いを測っている。

 剣を大きく後ろに引いた構えは【踏み込み】と【空間跳躍】を活かした高機動の一撃離脱スタイルだろう。このゲームで最もオーソドックスな型だ。疾く、鋭く、捉え難い。


 ならば。僕は懐から筒状の爆弾を取り出し、指を鳴らして着火する。爆発までの猶予は五秒。……この位かな?


 僕はPvPが得意じゃない。読み合いの妙も理解できない。故に勘で対応する以外の戦術を持たない。


 適当なタイミングで投げつけた爆弾は、身を屈めて急加速したドブロクさんにわけもなくかわされた。的を外したタイミングで爆弾が破裂し、爆風を追い風にしたドブロクさんが迫る。

 無理だな。僕は早々に勝利を諦めた。


 駆け抜け一閃。翻って二閃。致命傷だ。避ける暇すら与えない連撃に真紅のポリゴンがドバっと吹き出す。どうと倒れ伏した床には血溜まりが形成されている。


 このゲームでは表現規制によって流血描写が赤いポリゴンが舞うというマイルドなものになっているが、ひとたびポリゴンがなにかに付着するとたちまちドス黒い血へと変わる。規制とリアリティの落とし所だろう。


 血溜まりに沈んだ僕を見下ろしてドブロクさんが言った。


「テメェ、これに懲りたら二度と馬鹿な真似すんじゃねぇぞ。あとポーション返せ……っ!」


 ドブロクさんが驚愕に目を見開いた。どうやら今更気がついたらしい。

 僕は勝利を諦めはしたものの、それは敗北を受け入れたわけではない。避ける暇すら与えない連撃は見事であったけれども、インベントリの操作は一瞬だ。


 取り出したるは一尺玉。最高威力の爆薬をありったけ詰め込んだ特製品だ。この建物を全壊……とまではいかずとも、半壊させるくらいは可能だろう。


「銘は竜虎。悪と相打つ正義の光だよ」


 このゲームは死んでから十秒の間に三つの選択肢のうちどれか一つを選ぶことができる。


 一つは即リスポーン。自宅、もしくは共通リスポーン地点へと即座に帰還することができる。


 一つは復活。専用アイテムを消費することによりその場で復活することができるらしい。

 なおその専用アイテムとやらは未だに見つかっていないので実質無意味な選択肢となっている。


 そして最後の選択肢がラストワードと呼ばれるものだ。その場で最下級魔法を行使したのちに通常通りリスポーンする。

 モンスターはおろかプレイヤーにすらろくなダメージを与えられない魔法のため、最後っ屁などと揶揄される機能だ。


 使える魔法は四つ。

 水魔法【冷水】。ほんの少しの水を生成する魔法だ。通称死に水。

 土魔法【石礫】。石、というよりは砂利を飛ばす魔法だ。通称目潰し。

 風魔法【突風】。ほんのり強めの風を発生させる魔法だ。通称パンチラ。

 そして火魔法【着火】。一秒程度しか保たない火を発生させる魔法だ。通称ボヤ。


 どれも単体では大したことない魔法だけど、組み合わせ次第では絶大な威力を発揮する。そう、こんなふうにね。


 発動した着火が竜虎の導火線に火を灯す。極端に短い導火線が示しているのは爆発までの猶予だ。


 一秒。悪党には祈る(いとま)すら与えない。


「この、クソイカレ野郎があああぁぁぁ!」


 極光。狂熱。轟音。世界を撹拌するそれらが、悪の征伐を成す正義の存在を高らかに主張する。市場を牛耳り経済に混乱をもたらさんとする悪の枢軸の拠点はここに散った。


 New Generate Online。規律も法も無い世界では人の業が悲しいほどに浮き彫りにされ、自由の解釈を履き違えた不法者の引き起こす悲劇の連鎖は留まるところを知らない。


 やられる前にやる。奪われるくらいなら奪う側にまわる。

 そんな、いつかどこかで聞いたような理屈で自身を納得させて、大義を得たりと悪が横行する。


 だが僕は、だからこそ僕は、正義を掲げる。誰にも理解されずとも。世界を敵に回しても。


 僕は――僕が正義だ。

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[良い点] >>このッ! ポーションは! 僕の物だッ! >>正義の心がシステムに認められて上機嫌な僕 [一言] まだ1話しか読んでないけどこの弱いものイジメに怒る義憤が 何か違う方向性に行ってしまっ…
[良い点] 性悪説の蠱毒から齎された世紀末に掲げる信念なんて皆狂ってるに決まってるよね… [一言] 面白く読めました
[良い点] 『彼は狂っていた』
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