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短編シリーズ

私語厳禁の図書館

作者: 茜黒

奥様はいつも図書館にいらっしゃいました。

僕は奥様を認識するとその場から離れ、端に置いてあるポッドと、紅茶類が入っている棚に向かい紅茶を淹れました。

奥様は小説を書いているらしく、一日のほとんどをそこで過ごす奥様はお年を召していらっしゃることもあり帰るときは辛そうにお見受けしていました。

僕は奥様の小説が置いてある机の、邪魔にならないところに紅茶を置きました。

ここでは私語厳禁。奥様はルールをお守りになる方のため、視線だけで感謝を伝えてくださりました。僕はそんな奥様に微笑み返しました。いつ見てもお綺麗な方でした。

僕はいつもこうして、奥様がいらっしゃると紅茶を置きました。さながら召使のようでしたが僕はそれでも構わないような気がいたしました。


ある日、奥様は僕に今まで書いていたものをお渡しになりました。

最初は意味は分からなかったのですが、読んでほしいという意味なのかと思い読み始めようとして原稿用紙に目を落としました。そこには、「司書様」と最初に書いてあり、僕は目線を奥様に戻しました。黙ったまま、微笑んでいらっしゃりました。仕方なくそのまま読み続けることにして再び原稿用紙に目を落としました。


司書様

貴方様の方では、いつも通ってくる女が突然この御手紙を差し上げますことを、どうかお許しください。貴方様は、さぞかし驚き、そして気味悪がっていらっしゃることでございましょう。私は今、罪を犯したのです。その罪を告白し、貴方様にどうか許していただきたいのです。

私には旦那がおります。法を犯さず、真面目で、実直で恩義を忘れず、また私なぞを愛してくださる旦那です。私にはすぎるほど、よくできた旦那でございます。

司書様はご存じないかもしれませんが、旦那は高等学校の教師をしており近所の方にも良い旦那と言われるほどなのでございます。

 しかし、私はその旦那を裏切りました。

不倫ではありません。お金を使いこんだのでもありません。誰かを家に連れ込んだりもしておりません。異性、男性と遊ぶようなことはもっての外。旦那の趣味をよく理解しておりますし、口を出す気もございません。では、何をしたのか。

私は、旦那を愛せなかったのでございます。ずっと、一人のことが忘れられず旦那にそれを伝えることができないまま婚姻をし、そして今までを過ごしてきたのです。


 私が愛した方は、今は亡き方であり今では昔、と言われてしまいそうな第二次世界大戦の時に亡くなりました。私は、その方の子を身籠っておりましたが、戦事ということもあり、悲しいことにすぐに流産をしてしまい、あの方の形見すら持ち合わせてはおりません。

軍人の恋人、というのは当時の風潮からもお国のお役に立つことが出来る、のならと見送る者でしたが、私にはそれができず、家では出来損ないの女と呼ばれてしまうほどでございました。

今の旦那は若く、戦事の後に生まれたそうで私とは年齢が一回りできるほどです。こんな私は、今の旦那のそばにいるべきではない。そう思い、この手紙を認めました。そこで今、貴方様はこのような疑問を感じていることでしょう。

何故、貴方様なのか。

私は聞いたのでございます。貴方様が罪をお許しになり、その罪人は救われると。

その不確かな噂を信じてしまうほど、私は旦那に罪悪感を感じておりました。

私の心次第、ということはわかっておりますが、どうしてもあの戦に向かう愛しき人の背中を思い出してしまい今の旦那に尽くしきれないのです。

ただの噂。そのため、貴方様がそのような事をしていないとおっしゃるのもわかります。

しかし、それでも許していただきたいのです。


このような不躾なお手紙、またお願いを致します罪を幾重にもお許しくださいませ。

そしてどうか、私の罪をお許しください。


僕はそれを読み終わり、原稿用紙を奥様にお返しいたしました。

奥様は微笑み、初めてお声を出したのです。


「という、小説です」


奥様はそういい、原稿用紙を仕舞い立ち上がりました。奥様はそのまま僕の隣を通り過ぎ、図書館から出ていこうと致しました。しかし、奥様は立ち止まり、目を大きく開きました。


ラッパの音、はためく旗、そして戦のにおい。

奥様は走り出し、軍服を着た男の背中にしがみつきました。男は一歩、前へ歩きそのまま背筋を伸ばしたまま振り向き奥様を抱きしめました。なにかをおっしゃりたいようでしたが声にならないようでございました。男はそのご様子を見て何度も頷き僕のほうを向き、頭を下げられました。僕も同じように頭を下げると、男と奥様はそのままゆっくりと寄り添うように歩いて行かれました。


あのお話しが嘘なのか真なのか僕には興味はございません。

ただ、一言だけ僕から言わせていただけるのは。


「私語厳禁でございますので、処罰させていただきます」


ニュース速報です。

昨日、---墓地前の--歩道---、事故が--まし-。

被害者は--、---さん、90歳の女性--、遺体には--があった-とから警察は----

詳し‐調査を-----。


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