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第1話 おかしな拾い物

「これで何回目になるかわからないが……、本当にもうここには来ないでくれよ頼むからマジでお願いします」


「はい、お世話になりました」


衛兵の方にあきれ返るような目で見送られ、俺は詰所をよろよろと出た。


ここでも『もう』か……。俺の居場所はどこにもないんだろうか。

少なくともパーティーには戻れない。足を引っ張っているばかりの邪魔者に用はないのだ。


俺のこと、ナーゼルは『エタナンヤルク』でちみちみとそれなりに働く冒険者である。


なぜ、冒険者なんて不安定な仕事をしてるのだとか、今年に入って嫁が実家に帰ってしまったのは何回目とか、最近7歳の息子の俺を見る目が冷たいだとか、言いたいことは色々あるのだが、ひとまずは今茫然自失状態の俺が放浪している都を持つ、この国について語ろう。


ここ、『エタナンヤルク』はこの世が始まって以来、長い歴史を誇る大国だ。特に国の中心である都では、大昔からあるとされる城壁が有名で、その大きさたるやどうやって作ったのか想像もつかないし、とても大変そうとしか言えない。こんな細かな装飾などを手先でちょちょいとやるには、今の人類には到底無理だろう。とはいえ、この大壁、大昔から野ざらしでところどころ崩壊してしまっているので、防衛的な意味はなさない。そのためか、都に住む住人からは安全面的にそれどうなのとか、たまに不審者が登っているとか、完全撤去を望む声が上がりつつある。文化的には非常に価値のある物らしいし、個人的にはその城壁の上で受ける朝の風は全裸最高なので、なくならないでほしい限りだ。城壁なので当然城もの方も存在するが、こっちは普通だし有名ではない。


そしてこの国には、先述した冒険者と呼ばれる特殊な職業が存在する。早い話が日雇い派遣労働者にかっこいい名前をつけただけなのだが、この国の特殊な事情故、一応市民権を得ている。


俺もこの国で生まれ育ち、冒険者になった。ただ、度々問題行動を起こしてしまったせいで、この度仲間からもう一緒に働けないとパーティーをクビにされてしまった。おいてきた全装備は仲間、いや元仲間がいつの間にか詰所に届けてくれていた。


……追い出されちゃったなぁ。


というわけで収入の危機到来だ。


冒険者は仕事を受けるにあたり、信用というものが必要だ。どんな仕事でもそれは必要だからという指摘は確かにそうだが、身元もわからない者も働く職種である以上、パーティーを組んでいたりする方が依頼者の受けがいい。特に最近は都にある王立の学園にて、古い建物が何者かによって崩落するという事件があり、貴族子女護衛の仕事が増えている。よりいっそう信用がものをいうようになっているのだ。


ソロの俺は信用低下イコール仕事激減イコール収入の危機の図式が成り立つのである。


とはいえ、霞食って生きてられる程には人類は進化していない。35年人間である以上(近年人間の定義について学者が活発に議論してるがよくわからない)、仕事も金も必要なのである。


ぶらぶらしているうちに茫然自失状態もだいぶましになってきたため、俺はとりあえず冒険者連盟支部へ向かうことにした。


冒険者連盟とは、エタナンヤルクに存在する、冒険者を支援するための団体だ。職員はほとんどが元冒険者であることから、バックアップが手厚い。軍の手が回らないクリーチャーの討伐やダンジョンの攻略など依頼を受注や仲間を募集して様々な冒険者と出会うこともできた。 まとめると、弱小労働者に仕事を斡旋しますよチーム組んできりきり働け、と急かす悪の組織である。冒険者には実績などに応じて等級が付与される。上から第一等、第二等、第三等、第四等(上)、第四等(下)、第五等、第六等まであり、第四等が上下に分かれているのは、旧第四等の一番人数が多くなったので分割したらしい。ちなみに俺は第三等なので中堅だ。


先ほどまで俺が収容されていた詰所はこの都のはずれにあったのだが、目的地の冒険者連盟支部はわりと中央の繁華街寄りだ。当然大勢の人でにぎわう市場近くを通過することになる。魔王とかいうクリーチャーたちの親玉の攻撃により、最盛期と比べると衰えるが、現在もそこは活気づいている。


正直言ってテンションどん底の俺には辛すぎる環境である。どこでもいいから暗い所に行きたい。表通りを避けて裏路地による迂回ルートを行くとぽつぽつと出店が並んでいた。アングラな感じが大変よろしい。


ぶらぶら歩いていると、そこには顔から脂を輩出する男や、酒瓶を抱いて眠る者、ぼろぼろの恰好をした幼い少女に子犬などがいた。どうやら都でも最も治安が悪い地区に立ち入ってしまったらしかった。


ぼんやりと彼らを眺めていた俺は『拾ってください』と書かれた木の箱に入ったものと目が合って足を止めてしまった。……死んだ魚のような瞳だ。


ふとここで昔祖母に言われたことを思い出した。


『他人は鏡だ。人を見るとき、それは己を見つめているのである』


自分も同じような目をしているのだろうか。


気が付くと俺は話しかけていた。


「お前……、俺と来るか」


再び目が合う。これからどうすればいいのかわからない、救いを求める迷子のような目だ。


「一緒に行こう」


自然と俺たちは歩みを始める。その時、感じたのは妙な連帯感だった。


「俺もお前も同じだな」


俺は脂ぎったおっさんと裏路地を後にするのだった。




「あー……と、俺はナーゼル。冒険者をやってる。あんたは?」

「……」


勢いで拾ってしまった。どうしよう。

適当な広場で腰を落ち着かせ、とりあえずコミュニケーションをとることに思い至る。

だがしかし、名前を聞いたものの、謎のおっさんは完全に沈黙を保って虚空を見つめている。


脂ぎったおっさんは自分が入っていた木の箱を抱えたままだ。正面に書かれた『拾ってください』の文字はやたら几帳面で無駄に奇麗だった。年齢は俺よりも少し上くらい。服は汚れてしまっているが、元々は上等なものであることが見て取れる。


木の箱をよく見ると、『拾ってください』以外にも何かが書かれていた。


『アルバ=ギソー』


このおっさんの名前だろうが。

ギソーという単語にはどこかで聞き覚えがあるような気がする。


「アルバ、ギソーさん……?」


「…………」


こっちを向いた。

どうやらあっているらしい。


「えー、ギソー氏はどちら様なんだ」


誰だよ拾ったの。俺だよ。この前髪が勝手に伸びる人形を拾って帰ったら、嫁に無茶苦茶怒られたけど何も成長していない。でも今更成長の余地はもうないんだよな、仕方ないよな。


俺を警戒するかのようにじっと見つめ、


「……私はもともと貴金属類の卸売りをしていた商人だ」


と、ギソー氏は出会って初めて言葉を口にした。しかし商人とは……。特に貴金属関連なら昨今の需要の関係から早々金には困らないだろうに。何がどうなればおっさんが箱に入って拾ってくださいムーブをすることになるのか分からない。


「なんでまた」


つい言ってしまうとアルバ=ギソーはうつむきぶるぶると震え出した。そしてカッと目を見開き、


「そもそもの発端は、あの勇者とやらが……クリーチャーを倒すとかなんとかで、先物取引として投資していた鉱山を丸々爆破しやがったからだぁぁぁああ!!!!!」


「え、ええぇぇぇ……」


ギソー氏はそのまま続ける。


「色々手は打ったのだが、結局借金まみれになった私は首を吊ろうと思ってな。せめてもの抗議として王城に侵入し目立つところで首をくくった」


行動力がすごい。俺なんてやっても城のてっぺんに登るくらいだ。というかその行動力があれば借金を返せる気がする。


「しかしロープが切れて落下してしまった……。運悪く城に来ていた男爵にぶつかって、晴れて不法侵入、傷害罪もろもろだ」


「色々突っ込みどころがあるがよくその時まで誰も気が付かなかったな」


こんなおっさんが目立つところにロープでぶら下がっているのは、なかなかショッキングな光景だと思うし見たくもない。


「そして気が付けば娘は妻を連れて夜逃げし、私はさらに借金まみれ……。最後にはあそこに流れ着いたのだ」


「そ、そうか。って借金はどうした?」


「持てる全てを売り払い、完済済みである」


ギソー氏は持っている木箱をポンポン叩きながら言った。

それはいつまで持っているつもりなのか。彼の家か何かなのだろうか。

俺の視線に気が付いたのか、


「これは雨風をしのげ、荷物も運べる高性能移動式我が家である」


と、死んだ魚の目で話した。


「…………」


「…………」


ここまでを振り返ると何一つ事態は好転していない。パーティー追放後に朝っぱらから逮捕そして釈放、仕事の心配をしながら都を放浪し、行き着いた裏路地でおっさんを拾う。


……俺はどうすればいいのだろうか。




輝かしい都の裏路地に漂着した、最近ニキビが額にあるのが悩みの元商人、アルバ=ギソー(42)を拾ったナーゼル。

ナーゼルは、師匠から変なものを拾ってきてはいけないと散々怒られた遠い幼少期にふと思いを馳せる。


次回「受け付けられないクーリングオフ」

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