第1話 優しさを知った日
朝日がカーテンの隙間から差し込み、部屋をうっすらと照らしている。
ガチャッとドアが開く音が聞こえてきた。
まだ眠たい悠人は、完全に開ききっていない目でドアの方を見た。
(あれ?だれだろう?)
まだ寝ぼけていた悠人はそれが優美であるとは気づかなかった。
逆に優美以外の人だったら、それもそれで怖いのだが…。
「悠人、もう朝ですよ。早く起きなさい」
優しく透き通った声が聞こえてくる。
目の前には、しゃがみ込んで悠人の顔をのぞいてる姉の姿があった。
「お寝坊さんはどこですか~?早く起きないと朝ご飯食べちゃうよ~」
「………ウザい」
第一声に「ウザい」と放ったのは初めてだった。
子供扱いするのはいつもと変わらない。
「もう、口が悪いんだから。それより早く起きて。お休みだからっていつまでも寝てると不健康だよ」
優美はベッドの近くのカーテンを開けた。
日光が薄暗かった部屋を一気に明るくし、悠人の意識を目覚めさせる。
「うッ…眩しい……」
視界が急にぼやける。反射的に目を擦るが直らない。
休みの日の朝はいつもこんな感じだ。
いきなりカーテンを開けるからいつも苦しい思いをして目覚める。
朝早く起きるために目覚ましをかけるが、全く役にたっていない。
(くそ~。明日は絶対に早く起きてやる)
目を擦りながらこの決断をしたのは何回目だろうか?
このパターンでは明日も起きないと、心の底でなにとなく気づいていた。
「早く朝ご飯食べてね。お姉ちゃん今日は用事があって出かけるから」
「え?学校あるの?」
「いや、全く別の用事。学校の課題は先週終わらせたから」
「なるほど…。さては彼氏だな!」
「違います!」
顔を赤面させて必死に否定する優美。
恥ずかしくなったのか、そのまま部屋を出て行った。
「はぁ…とりあえず僕も起きますか………」
クローゼットからジーパンとパーカーを取り出して着替える。
いつも私服は特別こだわっている訳ではない。
目についたものを着ているだけなので、たまに変な格好になることもある。
「さてっと、今日は用事もないし家でゆっくりしようかな」
一日の予定は特になかった。このままいけば、いつものようにスマホをいじってご飯を食べて、風呂に入って寝る。そんな現代っ子の典型的な不健康生活を送るだけだった。
おぼつかない足取でリビングに行くとテーブルの上には朝食がおかれていた。
トースト二枚に目玉焼き、ベーコンにヨーグルトに牛乳。
これぞ朝食だと言わんばかりのメニューだ。
「うん…いつものだな…」
思い返してみれば、今日の姉は自分が知っているいつもの姉だった。
優しい表情はそのままに、静かで落ち着きがあって────なにより食事の量が普通だ!
昨日の姉が本当に別人だったのではないかと疑ってしまう。
(昨日はどうしたんだろう…。絶対にいつものお姉ちゃんじゃなかった。……もしかして多重人格とか?)
あり得ない話でもなかった。精神的に病んでいる状況だったり、生まれついてのものだったり、ある日突然に症状が表れたり……。
自分の知らないところで辛い思いをしていないとも限らない。
そう考えると悠人は不安になってきた。
「悠人ー、ご飯食べたら食器は洗ってね。帰りは少し遅くなると思───」
リビングに来た優美が見たのは、朝食を見ながらうつむいている悠人の姿。
何か思い詰めた表情をしている。
「悠人?どうしたの?もしかして風邪でも引いたの?」
優しく問いかける優美。不安そうな表情を浮かべながらも、悠人の頭をそっとなでる。
いつもなら「子供扱いするな!」と言って、手を振りほどくのだが、今日はそれをする気配がない。
「本当にどうしちゃったの?悩み事があるなら話しなさい。お姉ちゃんでよければ相談に乗ってあげるから」
「じゃあ───」
悠人は思い切って口を開いた。
「なにか僕に隠してることあるでしょ?」
「え!?隠し事?そ、、そんなのあるわけ────」
「嘘だっ!!!!!」
悠人のこの一言は優美の言葉を遮った。
あまり大声を上げない悠人は加減というものを知らない。家中に響き渡った声は自分でも驚いた。
だが、一番驚いていたのは優美だった。
予想外の悠人の行動に動揺を隠しきれない。
「え、えっと…悠人。本当にどうしたの?もしかして疲れちゃったの?」
「おかしいのはそっちだろ!昨日は明らかに様子がおかしかったし、なにか僕に隠してるだろ!」
悠人は歯を食いしばりながら、感情を抑え込む。
自分は守られてばかりで優美に何もしてあげられない悔しさ。
自分にとってそれは屈辱でしかなかった。
「お願いだから…話してよ。隠していること…」
「悠人……」
優美は自分が何を言えば良いのか分からなかった。どう返答すれば分かってくれるのか、理解してくれるのか。
だが、言葉よりも先に優美は自然と体が動いていた。
悠人を引きつけて、力いっぱい抱きしめた。
「な、なにを!」
いきなりの出来事に頬を赤く染めて動揺する悠人。
そんなことはお構いなしに、優美は悠人をはなさなかった
「ごめんね悠人…。そんなに心配かけちゃって。お姉ちゃん失格だわ…」
「そ、そんなことないよ!」
「そう?ならよかった…。けど、悠人がそこまで心配してくれていたなんて……私とってもうれしいよ」
その言葉で悠人は落ち着きを取り戻した。
恥ずかしいが抱きしめられていたほうが安心する。
子供扱いされるのが不思議と嫌ではなくなっていた。




