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手放せなかったのは、リボンではなかった。

作者: りさこりさこ
掲載日:2019/03/05

13才の少女の、ある突然の出来事から立ち直る姿を、一緒に見守っていただけると嬉しいです。

そのリボンが私のそばにあるということは、空が青いのと同じくらい当たり前だった。

学校に行くときも、遊びに行くときも、いつも持って出かけた。

なるべくポケットのある洋服を着て、そこに入れた。ポケットがない時は、ポシェットをひっかけ、そこに入れた。


白色だし汚れやすいから、持ち歩くときは小さなビニール袋に入れていた。でも、どうしても触りたくなって、歩きながらビニール袋に指を入れたり、座っている時は取り出して手の平で撫でたりしていた。


そのリボンの元々の役割は、ケーキの箱を飾ることだった。直径12㎝の小さなデコレーションケーキが入った箱を飾っていた。

ケーキは食べてなくなったし、箱は内側が生クリームで汚れたので、捨てた。リボンはきれいだったから、引き出しに仕舞った。


リボンは、私の13歳の誕生日を祝うケーキとともにやってきた。お母さんが買ってきてくれた。

ケーキは、お父さんとお母さんと私とで食べた。私が半分、お父さんとお母さんが4分の1ずつ食べた。なのに私が一番早く食べ終えた。二人は、そんな私を優しく眺めて笑顔になった。私は、そんな二人を見て幸せになった。


そのわりとすぐ後、お母さんが事故で死んだ。お母さんが運転する車に酔っ払い運転の車が追突したのだ。

突然の出来事すぎて、パニックにもならなかった。お通夜もお葬式も納骨式も四十九日法要も涙が出なかった。だけど日が経つにつれ、この現実は、私を確実に壊していった。まず体を起こせなくなった。どこかが痛いとか病気になったということではなく、起きようという気にならない。気力を壊されたのだ。トイレと食事以外は、ずっとベッドで横になっていなければならなくなった。


1ヶ月ほど経ったとき、リボンのことを思い出した。

私はなんとか体を起こし、机の引き出しを開けた。リボンがあった。指先で触ると、あの時三人で笑った時のことが、映画のワンシーンみたいに脳内スクリーンにハッキリと見えた。気づいたら、立ち上がっていた。リボンを手の平で包み、胸に押し当て、祈るみたいに手の甲にキスをした。気力が自分の中で蘇ってくるのがわかった。その時私は復活した。リボンと一緒なら、学校にも通えるようになり、最近では友達とも遊べるようになった。リボンがなかったら、私は今もベッドの上だっただろう。



事故からもうすぐ一年になる。

14歳の誕生日は祝わないで、とお父さんに言った。理由を聞かれて正直に『祝ってしまったら、去年の思い出が上書きされてしまうから』と言ったら、お父さんは戸惑った顔をした。同意してくれるかと期待したけど、それはなかった。


白かったリボンが、少し黄ばんできた。ビニール袋に入れているとはいえ、ひんぱんに触るから、さすがに黄みが目立つようになってきた。

お父さんが『もう捨てなさい』と言った。私は耳を疑った。聞き間違いだと思った。『捨てなさい』なんて、言うわけがない。だってこれを捨てたら、私はまたベッドの住人に戻ってしまうのに。知ってるでしょ、お父さん……。

私が、絶句していると、お父さんは『なんでもない』と言い直した。私はホッとした。でも、お父さんはすごく悲しい顔になっていた。

私は、リボンを洗った。黄ばんだならば、白に戻せばいいのだ。ウタマロ石鹸、いい仕事する。黄ばみがとれて、真っ白になったリボンが、洗濯竿で風に踊っていた。


しばらくして、お父さんが猫をもらってきた。1才の黒猫だった。お父さんはどちらかというと動物好きではない。だからこの、不意打ちの子猫が私に対しての思いやりだってことは、わかった。傷ついてかわいそうな私の心が少しでも癒されるように、というお父さんの優しさ……。そう頭ではわかっていたけど、本心ではうざいって思った。だって、私にはリボンがあるから。それで十分なのに。猫なんかいらないのに。


黒猫は、初めて入ったこの家にも物怖じせず、リビングの床にじっと座っていた。黄色い目が、私を見つめる。それはまるで全部を見透かすような瞳だった。猫が私に向かって、『あなたがわたしのことをどう思っているか、知ってますよ。わたしのこと嫌いでしょ』と言い出しかねない目だった。私は近づかないようにしようと決めた。


でも、マンションの広くないこの家で、そんなことができるはずもなく、私は猫に、にゃあにゃあとまとわりつかれた。

私は、少し猫の背中を触ってみた。悔しいくらい、柔らかくて気持ちよかった。


私は、たまに猫の毛を撫でた。すると肌触りのいい毛の下にある体の方が気になってきた。予想以上にぐにゃぐにゃしていたからだ。骨のない軟体動物みたいだった。私は、猫にリボンを巻き付けなくなった。ぐにゃぐにゃを止めたかった。ぐにゃぐにゃを止めるってなんだ? 自分でもわからなかったけど、ただあの黒い軟体に白いリボンを巻き付けたくなったのだ。汚れたら洗えばいい。私にはウタマロ石鹸がついている。


私は猫に近づき、ぎゅっと抱きしめると、胴体にリボンをきゅきゅっと巻き付けた。けど、すぐに外れた。もう一度つける。また外れる。繰り返す。猫も不快なのか、自ら体をぶるんぶるんと震わせてリボンを外した。私はその姿になんだか腹が立って猫のおケツを叩いた。にゃっと睨まれる。睨み返す。そして、またリボンを巻き付ける。

苦労の末、胴体はあきらめて、首に巻くことができた。後頭部にちょうちょ結びがくるように結んだ。かわいい。素直に思った。無性に写真が撮りたくなって、部屋にデジカメを取りに行った。

カメラを手に、リビングに戻ると、ソファで猫が毛づくろいをしていた。首にリボンはなかった。取れたのかな? と、探すと、私は息を飲んだ。リボンはソファの後ろに落ちていた。でもその姿は、ぐちゃぐちゃに噛み千切られて、見るも無残な状態だった。

信じられなかった。ほんの数分で、私が何よりも大切にしていたリボンが、こんなことになるなんて、あり得ないと思った。許せないと思った。

私は裁縫箱から裁ちばさみを取り出た。殺してやる。私はソファの猫の元へ向かった。でも、猫の姿はなかった。さすが動物、勘が鋭い、などと感心している私に腹が立った。あんなに大切にしていたリボンを猫に巻こうなどと思いついた私に腹が立った。私に私に私に私に……。

そうだ。私だ。私は私に腹が立っているんだ。私が悪いから。全部私のせいだから……。


お母さんはあの日、私を塾に迎えに行くために車を運転した。そして事故に遭った。私が迎えに来てって甘えたから。しょうがないなぁと電話の向こうで笑って、お母さんは車を出したんだ。私があんなことを頼まず、いつもみたいにバスで帰れば、お母さんは事故に遭わなかった。私のせいだ。私のせいだ。お母さんが死んだのは、私のせい!!


私はいつのまにか泣いていた。泣きながら猫を探して、家中を歩き回っていた。

家のどの場所にも、お母さんとの思い出が落ちていた。涙がぽろぽろとこぼれた。お母さんがもういないことが証明されて、突きつけられているみたいだった。


猫は見つからない。でも殺してやると思いながら、探した。

私が悪いのに、その罪をあの猫に全部かぶせてやろうと思いながら探した。むちゃくちゃな理屈だけど、そんなことはどうでもよかった。

猫はなかなか見つからなかった。奴は隠れる名人だった。

私は、ぐちゃぐちゃになった白いリボンの前で止まった。怒りがますます込み上げた。私はリボンを手に取った。猫の爪や歯で破られ裂けたリボン。いくら優秀なウタマロ石鹸でも修復は不可能だと悟った。その瞬間、私は、持っていたハサミでリボンをザクっと切った。真っ二つになった片方のリボンが床に落ちた。私は、持っていた方のリボンをまた切った。細かくザクザクと切っていった。落ちていた片方も切り刻んだ。床に降り積もっていく白いリボンの残骸。全てのリボンを切り刻んだ時、私はハサミを置いて、白い残骸を両手ですくうと、空中に舞い上げた。それは少しの間だけ、紙吹雪のように舞って、床に落ちた。私はその残骸を寄せ集めて、もう一度、空中に舞い上げた。小さくなった白いリボンの切れ端が、くるくると回って落ちた。もう一度、そしてもう一度、それをやった。私は、声を上げて泣いていた。お母さんが死んで以来、初めて、声を上げて思い切り泣いた。


泣き止んだ頃、トコトコと猫が出てきた。いったいどこに隠れていたんだろう? 私は、猫を抱きしめた。骨がないみたい柔らかくて優しい感触だった。もう一度抱きしめた。ぎゅっとしすぎて、にゃっと猫が唸った。


おわり


最後までお読みいただきありがとうございました。


よく会話の中で、『自分、Sっぽいな』とか『ドMちゃう?』とか話題ででてきますが、人間は元来、『自分責め』が得意らしい。『何やってんだ! 俺はバカか?』とか『私なんて、どうでもいいから』とか『僕みたいなもんが、こんなに幸せじゃいけない』とか、無意識に責めている。だから人間は、Sなんですね。超ドS!

昔は、こういう思考を【謙虚】だと正当化していましたが、そろそろ【慢性自己否定】をやめてもいいんじゃないかな、という想いから、この物語を書きました。


傷つくことがあっても、自分を許せるようにしていければ、自分の周りが平和になり、そしてそんな人が増えれば、世界も平和になる。大げさですが、そんな想いも込めて書きました。


毎月の4日と18日頃に、短編を投稿していきますので、また読んでいただけると嬉しいです!

ここまでお読みいただき、本当にありがとうごました。



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