006 そうだ、お昼にしよう!…そして魔法使いは初めて魔物と遭遇する
ちょっと落ち着いたところで、腹が鳴ってしまった。
「あ……、す、すみません」
ジーントーレスが顔を真っ赤にして何故か謝って来た。
どうやら鳴ったのは俺の腹ではなく彼の腹だったようだ。
「そう言えば、いまは何時なんだろう」
「太陽のすぐ隣に月が見えるので、昼を少し過ぎた辺りでしょうか」
幌馬車から少し顔を出してタルタが教えてくれた。
太陽のすぐ隣に月?
と思って俺もジーントーレスが見張りをしている側から空を見てみると、あった。
薄いピンク色の月が。太陽よりデカく見える。
…異世界だし、きっと気にしてはいけない。
『ステータス画面下の右端に時間表記がありますよ?』
……。
あった。
「そ、そうなんだ。じゃぁここらで昼休憩にしよう」
神託の動揺を誤魔化しつつ言う。
どこまで来たかは分からないけど、馬車に乗ってから1時間以上は経ったと思う。
街からは結構離れたみたいだからここらで少しぐらいは休んでも良いだろう。
タルタが双子に指示を出して、道のわきに馬車を寄せていき、草原に入った。そこで馬車が止まった。
ジーントーレスがすぐに馬車から下りて周囲を確認し、馬車の中から踏み台を出して、俺がおりやすいようにしてくれた。
シーントーレスの手を借りつつ外に出てみると、爽やかで心地よい風が頬を撫でる。足元は少しだけ背の高い芝のような草が一面に生えていて、座るには丁度良さそうだ。
そう思っていたらジーントーレスがカバンに収納してしまった荷物が入っていた、空の麻袋を下に敷いてくれたので素直にそこに座った。
タルタはケルクとクレアから馬車の装具を取り外してくれていた。
「あの、ァ…ご主人様、ケルクとクレアに水を与えてもよろしいでしょうか」
タルタがそう言ってきた。
もしかして、何か飲み食いするのにいちいち主人に許しが必要なんだろうか?
もしそうならちょっと……申し訳ないな。
感情的にやっぱりさ。
奴隷と言うものを買っておいて何だけど、やっぱりちょっとまだもやもやしたものがある。
「それはもちろん。……えぇっと、水ぐらい好きな時に好きなだけ飲んでくれてかまわないよ?」
「ありがとうございます。ですが、旅で水は貴重なので…」
あ、そうか。
日本人感覚だから忘れていたけど、ここでは移動中、気軽に水を入手できないんだっけ。
それでも俺は頑張って馬車を牽いてくれている二人には好きな時に水を飲んでほしいと思う。
『水がなくなったら魔法で生成すればいいのですよ』
また女神様の声が。
魔法ってそんな便利なものなの?!
でもまぁ、今なんとなくつぶやくように……いや、むしろ今までで一番?神託っぽく女神様が教えてくれたことは、結構この旅で1つ安心出来る情報ではなかろうか。
だったら水を買う前に言ってほしかったよ。と思ったけど、水を入れる樽を買ったと思えばいいか。
「い、一応水、買っちゃったけど、買った水を飲みきっちゃっても俺、魔法で水作れるから大丈夫だよ」
安心は共有しないとな。
「えぇ?!ァ…ご主人様は水魔法も使えるんですか?!」
「え……な、なんでそんなに驚くの?」
そんなに驚かれるとなんだか後ろめたい気持ちになるんだけど…。
「私の知っている魔法使いでも複数の属性魔法を使うことが出来る魔法使いは1人くらいしか知らないので…つい驚いてしまいました。…大声出してしまってすみません」
シュン…と申し訳なさそうにするタルタ。
「ううん。えと、俺、他の魔法使いのこと知らないから、知れてよかったよ。ありがとう、タルタ」
俺がそういうと、今度は嬉しそうに照れ笑いを浮かべるタルタ。
……か、勘違い、しないんだからな!
「そうだ、皆も座りなよ。お昼にしよう」
こんなどこか甘酸っぱい感情を打ち消すように本来の目的の昼飯にすることにする。
みんなはどこか不思議そうな顔をしながら俺を囲むように座った。
俺はカバンから、ギルドに行く前に買って、まだほんのりと温かさの残る串焼きや、今朝焼いたばかりのようなパンと、何かの団子を出し、それぞれ包んであった竹の皮のような包みに一人分ずつ分けて、一人一人の前に置いた。
「え、あの…、これ、食べて……いいんですか?」
「もちろんだよ。食べよ。では、いただきます」
この世界の最初の食事に少しドキドキしながら、串焼きにされた何かの肉にかじりつく。
塩のみの味付けで、独特な風味があるけど、おいしい……かな?
なかなか噛みきれないけど。
ふと、視線が気になり見てみると、みんなジィっと俺を見ている。
噛みごたえがありすぎる肉を咀嚼して飲み込んでから
「あの、食べないの?」
と、誰を指定したわけでもなく聞いてみる。
もしかしてこれは食べてはいけない雰囲気なの?
「たっ、食べます!い、いいいいただきます?です!」
タルタが何故か焦りながら食事に手をつけると、みんなもやっと食べ始めた。
「んぐっ、おいひぃ、に、肉…、焼いた肉!柔らかいパンっ!」
ちょっと涙ぐみながら、はぐはぐと貪るように食べるジーントーレス。
ケルクとクレアも恐る恐る口をつけた後は、競うように食べ始めた。
「奴隷になってからこんなまともな食事がまた食べられるようになるとは思いもしませんでした。しかも昼間から」
もっきゅもっきゅと肉を噛み締め、味わってからゆっくりと飲み込んでからタルタがしみじみと言う。
「奴隷屋ではあまり食事が出なかったの?」
「いえ、出ましたよ。夜のみですが、かたい丸パン1つと干し肉一切れが、一日一回。私でさえ結構きつかったので、体の維持にたくさんの栄養が必要なケンタウロス族なんかはもっときつかったのではないでしょうか」
そう言って、タルタは食事に夢中な双子を眺めた。俺もその視線を追った。
そうか。下半身、馬なんだよな。
きっと俺なんかが食べる量よりもたくさん食べないと体を維持するの、大変だよなぁ。
俺はカバンから夜に食べようと思っていた分も出してみんなに分けた。追加された食事に驚きつつも、腹いっぱい食べられることに、みんな嬉しそうに食べていた。
「はひー。おなかいっぱいって、すてきですー」
全てをたいらげたクレアが幸せそうに言った。
……噛まないでしゃべれるんだな。
「固くない肉に固くないパンをまたこうして食べられる日が来るなんて…」
ジーントーレスも、こちらも膨れた腹をさすりながら、幸せそうな顔をしてしみじみと言った。
「ははは…明日からはまた固いパンと固い肉になると思うよ。日持ちするものを買ったからね」
時間経過が無いアイテムボックスの事を知っていれば、普通の食事を買ったんだけどね。
魔法の説明聞くのを後回しにして買っちゃったから…。
ごめんよ、みんな。
「あ、いいいえいえいえ!そんなつもりで言った訳では……。……っ!…すみません、主様、ケルクとクレアと一緒に少し、馬車の影に身を潜ませていてくれませんか?」
ジーントーレスは急に神妙な顔つきになり、周囲をうかがうように耳をピクピクさせながら、立ち上がり、タルタとアイコンタクトをとって、俺達から離れていった。
「ご主人様、こちらに。ケルクとクレアも」
俺と双子を、馬車の影に着かせると、タルタは馬車ごと守るかの姿勢で、何かに備えるように構えた。
ジーントーレスとタルタの視線の先を眺めれば、遠くの方で、黒い何かが近づいてくるのがわかった。
ケルクとクレアも、馬車の影からのぞいてみていたのだが、その顔は蒼白だった。
『このあたりにはいないはずのコカトリスですね。先ほどの神官たちが危惧していた魔物です。コカトリスは周囲に草木をも枯らす毒をまきちらしながら移動しますから、コカトリスが通った後には草一本生えていないと言われています』
何そのラスボス?!
転生して数時間で転生人生詰んだとか嫌すぎる…!
『でもあなたなら大丈夫でしょう。魔法で簡単に倒すことができますから。この国も救われ、あなたも助かる。“うぃんうぃん”というものです』
いや、なんか腑に落ちないからその『うぃんうぃん』の使い方ちょっと使い方違うんじゃないかな!
だってこれ、俺がここで倒さなきゃとりあえず俺達だけは助からないとかいうヤツだもんね?!
それにさっき女神様、このあたりに危険な魔物いないって言ってなかった?!
『コカトリスが魔法圏内に入ったら、炎をイメージしながら魔力を込め、コカトリスに向けて”ファイアーアロー”と唱えればさっくり倒せるはずです』
簡単に言うなよー。
魔法圏内ってなんだよー。
ファイアーアローって…そんなんでラスボス無理ぃー。
なんかもっとこう…ヘルズフレアとか、メテオストライクとか、いろいろあるじゃん、ファンタジー魔法ってさ!
てかそもそもレベル1にラスボスはキツいよぉ?
無理ゲーだよぉ?
あたふたしている間にも、コカトリスと呼ばれる魔物がどんどん近付いてきた。
空飛んでるし、鶏みたいな頭と蛇みたいな尻尾をぐいんぐいん振り、ドラゴンの羽みたいな翼をバッサバッサ羽ばたかせながら毒霧撒き散らしてるし。
まだまだ距離はあるけれど、下で剣を構えているジーントーレスはどうやってアレを倒すつもりなんだよ…。
いや、あれは捨て身か!
そう言えば奴隷の項目に、命を掛けて主人を守るってあった……。
うわぁぁぁぁぁっ!
だめだよ!命かけちゃぁ!
灰色項目だから外せないけど、でも……
ダメぇぇぇぇーーー!
毒霧がそろそろジーントーレスに届きそうなころ、女神がGOサインを出した。
『今です』
「えっ、あっ、えっと、そだ、ふぁ…ファイアーアロー!」
瞬時に俺の頭の上空に炎で出来た巨大な矢が現れたと思ったら、その矢がまっすぐに、コカトリスに向かって飛んで行った。
それから、
ドゴォォォォン
と、初級魔法?のファイアーアローらしからぬ衝撃による爆風の余波と衝撃音が聞こえ、コカトリスの巨体が轟音を上げて地に落ちた。
そう、コカトリス、結構大きかった。どこぞの富豪の三階建ての大豪邸くらい。
いや、もしかするともっと大きいかも。
距離はそこそこだけど高さが結構あったし。
店頭でこれなら部屋にちょうど良いなと思った椅子を買って、翌日家に届いたその椅子が思ったより大きくて場所を食って困ったとかよくあるし。俺の大きさを測る感覚はあてにならないからなー。
「す………すごい………」
俺達を守るように、馬車の前に立っていたタルタが、気が抜けたようにその場にへたり込んだ。
先の方でジーントーレスも少しの間立ちつくしていたようだが、すぐにこちらに戻ってきた。
「主様…!魔物を倒して頂き、ありがとうございました!俺…私はこれからコカトリスが落ちた辺りを確認してきますので、もう少々お待ち下さい」
「あー、ははは…まさか落ちるとは思ってもみなかったけど、倒せたみたいなら良かった。あと、別に言葉取り繕うことないよ。話しやすいように話してよ。そう言えば、コカトリスって毒吐いてたんでしょ?大丈夫なの?」
「ありがとうございます。大丈夫だと思います。主様の炎の魔法で毒も焼かれたことと思いますから」
そういうもんなの?
「んー。だったら…」
と幾分言葉と表情が和らいだジーントーレスに言って、俺も落ちたコカトリスの元へ行ってみることにした。
魔物をそのままにしておくと呪いや病気が周囲に蔓延するとかしないとかよくあるじゃないか。
それと倒した魔物とかから素材をとるとか、ちょっと興味があったりして…。
ということで、俺はジーントーレスについて行って、倒したコカトリスの元へ向かった。