あの時歴史は動いた――王立騎士団視点(後編)
当然エメもほかの騎士たちも、その騎士のほかの試合を見ていなかったため、どのような力を持っているのかは知らなかった。しかし、この昇進試験における近衛騎士は、近衛騎士団の必須項目である『家柄良し、見目良し』の二つの要素以外に、近衛騎士団長が直々に選んだ『実力良し』も揃っている騎士しかいない。しかも、『実力の王立騎士団』と呼ばれているこの王立騎士団の昇進試験である。いくら仲が悪い近衛騎士団といえども、手を抜けばその不始末は上に報告されるし、彼ら自身のプライドからも許されない。そのため、いくら仇のような存在であっても、手を抜く訳はない。
そして、今しがた赤いハンカチーフを巻いている王立騎士はその手を抜いていない近衛騎士に勝ったのだ。黒髪の近衛騎士は仰向けに寝転がり、あたかも黒い犬が相手に服従するようなポーズをとっており、これには観戦した騎士たちだけでなく、審判も呆れた顔をしていたのが見られた。
しかし、エメはあることに気づいた。
戦った人物――すなわち、この昇進試験の受験者は見覚えのない人間だった。エメは一応貴族の一人であるため、貴族の顔を覚えなければならず、ある程度は覚えているつもりだった。さらに、王立騎士団に入ってからも様々なコネクションというものを持つため、同期で入った騎士や自分と同じ貴族の子弟の顔を覚えていた。しかし、その騎士はどちらかと言えば男にしては線が細く、髪も周りの男よりも長い。そんな人物が身の回りに入ればすぐに覚えただろうが、あいにく彼の記憶に引っかからない。では男ではなく、女、なのだろうかと考えてみたが、そもそも大半の女は剣を持たない。もちろん少数派もいる。王宮には女性だけの騎士団は存在するが、しかし、その騎士団は武門の貴族の女性からなるので、彼女たちのプロフィールも大体は頭に入っているため、その中にも引っかからないその人物は、彼の好奇心を掻き立てた。
(何者なんだ)
昇進試験の模擬戦の終了後、その人物は喧騒にあふれたこの観覧場を見ることもなく、速やかに競技場を去って行ったことにエメたちは気づいた。
「すっげえ」
試合を見ていた騎士のうちの一人が、そう言った。
「ああ。彼女はとんでもない逸材だろう?」
エメや同期の騎士の隣で見ていた男がそう言った。
「あの人物は女性なのですか」
周りの騎士はその言葉に唖然としていた。エメもまた、その騎士が女性だという可能性を排除していたので、唖然とする羽目になっていたのだが。
「ああ。しかも新人研修期間中だ」
男はニヤリと笑いつつそう言った。その笑みの裏側には、なかなかの人材だろう、羨ましいだろう、という響きがこもっていた。エメをはじめとする騎士たちは、その誇張されたような賛辞に嘘だろう、とか騙されているのではないか、という気分にはならなかった。なぜなら、男の喋っているときに表情は笑っていても、その眼の奥は全く笑っていなかったからだ。
「しかも、お前たちは見ただろう。彼女が戦っている相手を」
男はさらに笑みを深くした。その顔はかなり凶暴だ。ここが戦場であったのならば、恥も外聞もなく逃げ出しているところだ。エメ自身は戦っている相手の近衛騎士に、気づいていなかったものの、同僚騎士の一人が相手のことを知っていたらしく愕然としていた。
「まさか―――」
「ああ、近衛騎士団現騎士団長、王立騎士団の騎士団長の最高のライバルだ」
そのヒントを聞いたエメや他の騎士はうげ、と呟いた。確かに言われてみれば、あの相手役騎士は近衛騎士団長の特徴そのまんまだったな、と今更ながら気づいた。
その近衛騎士団長にあの新人騎士(しかも女)は勝ったのだ。他の結果を知らないので、何とも言えないが、一つの種目だけでも勝利するというのは、現在の騎士団長以外の騎士達にはできないことだろうと考え、その強さに黙り込んだ。
昇進試験から数日後―――
「何?」
エメたち第3大隊の騎士に衝撃が走ったのは、昇進試験の合格者についての話題だった。同僚がどこから聞きつけて、教えてくれたみたいだった。
「ああ。全員合格だそうだ」
「じゃあ、あの新人騎士もなのか」
普段表情をあらわにしないフランソワもまた、驚いていた。
「らしいな。今頃、配属会議が行われているだろうな」
噂を聞きつけてきた騎士はそう言った。エメはあの新人騎士が自分の上に付くのを想像したが、違和感があった。しかし、それはそれでしっくりくるような感覚にもなったが、他の連中には言わなかった。
そして、その晩―――
「うちに一人配属することになった」
団長であるジョセフ・シュルドグレイが団員全員にそう言った。その言葉に、好奇心丸出しの団員たちは、食い入るように彼を見ていた。泥臭い人間たちがいる、と言われ続けている王都守りの中でも、『花形』と呼ばれていることだけあって、結構見目も実力もある連中が多い第3騎士団であるが、新たなる幹部だ。下っ端騎士の中でもかなり実力者として名高い奴が来る、と彼らは踏んでいた。が。
「名前はリサ・アシュレイ」
そう彼の口から告げられた名前に一同は唖然とした。誰もその名前を知る者はいなかったのだ。
「まさか、団長。それって―――」
一番早くに我に返った騎士が団長にそう聞くと、『ああ』と頷いた。
「彼女は、女性の身でありながらかなり優れた騎士だ」
そう団長が言うと、騎士たちはげっそりとため息をついた。
(まあ、あの試合見ていれば納得いくが、な)
エメもまたため息をついた。彼らの中には羨ましい、という感情は含まれていても、否定的な感情は生まれていなかったので、その反応には少し安堵した団長であった。
「伍長はもうすでに埋まっていると思うのですが、誰が副隊長に昇格するのでしょうか」
ある一人の騎士がそう尋ねた。その発言に一斉に騎士たちはエメの方を向いた。しかし、団長は首を横に振り、
「いや誰も昇進しない」
と、きっぱり否定した。その発言には、団員たちは訝しんだ。現在の第3大隊は団長がジョセフで副隊長は空席、9つある伍長は全て埋まっている。
通常、王立騎士団における昇進試験は伍長以上の地位につくための試験だ。
しかし、どうやら団長は、今回の昇進試験で入ってくるリサ・アシュレイとやらを例外で、平騎士からスタートさせるのだと、その言葉でそう思い込んだ。
「では、その新人とやらは、どうされるのですか?」
エメよりも若い騎士が尋ねると、団長はフッと笑った。
「第3大隊の副隊長にする」
騎士たちが考えていたことは、呆気なく裏切られた。全員が何かの冗談だと思ったが、この団長が冗談を言うとは考えにくかった。
「見ていたものは多いだろうが、彼女の腕は近衛騎士団団長と同じ、もしくはそれ以上の逸材だ。もし、文句があるのならば王立騎士団長に勝ってから文句は言え」
そこまで言われれば、文句のつけようのない話だった。
こうして、第3大隊は新たな騎士、リサ・アシュレイを迎え日々、王都を守る任務についていた。
Fin.
余談。
前編でエメたちが考えていた『歓迎』の話ですが、一応リサにも『キノコ狩り』として決行されましたが、リサの圧勝で終了。





