その10
『黒羽』を一地方の警備隊と侮っていた騎士たちは、思わぬ苦戦を強いられていた。騎士たちは統率された強さがあるが、『黒羽』は個々が強かったものの、統率さというものは全く見受けられず、通常ならばそのような集団は、単なる暴力をふるう者たち、括られそうだった。しかし、単純に暴力をふるう者たち、とはまた違った強さがあった。
「退却」
リサはちょうど近衛騎士と戦っているときに、近くで王立騎士団の誰かが声を上げているのに気付いたが、隙は見せず、逆に相手を馬上から落とした。
相手は『見目と名前だけの近衛騎士団』には当てはまらない人物だったみたいで、綺麗な受け身をとったみたいで、一度地面に倒れこんだが、即死ではないようだった。リサがとどめを刺そうとして剣を振り上げたが、瞬きした一瞬にしてその騎士の姿は消えた。相手の姿を探すと、そこには、馬に乗りつつも成人男性を抱えている、青と銀の甲冑を纏った姿があった。
「悪いがこちらも人を失う訳にはいかないんで」
聞きなれた声だった。だが、今はもっとも聞きたくない声でもあった。リサはいろいろと驚き、声が出すことが出来なかった。彼はリサの返事を聞く前に、その場を去って行った。
「姫」
いつの間にかカインが近くにいた。
「行きましょう」
リサは彼を見ると、仲間が戻ってきたことに安心して、身体の力が抜けた。
「とりあえず、私のほうは近衛騎士団長さんと王立騎士団長さんがお出ましになったから、『実力』や『名門』とやらの意地を折っておいた」
リサは普通の騎士しか相手していなかったが、カインはあまりにも目立ったため、どうやら二人の騎士団長が相手していたらしい。少し申し訳ない、という気持ちもあったが、自分が相手をしなくて良かった、とも思ってしまった。
「おそらく彼らの事ですから、単純に講和という訳にもいかないと思います」
リサは天幕に戻ってから、カインや他の数人の参謀たちと机上の地図を見ながら話しあっていた。
「そうだな」
確かにヴィルヘルムとマックスのことだ。あの二人を知っているリサは、講和はありえないだろうと踏んでいた。
「一対一もあり得るな」
リサのつぶやきに、他の者たちは顔を見合わせた。
「それは―――」
「ああ。どちらの騎士団内でも伝統の決着の仕方だ」
リサは行ったことはない。しかし、一昔前までは昇進試験後の配属もこうやって決めた、というからおそらくは、個人でも行う事もあったに違いない、と思った。その言葉に他の者たちはありえないだろう、と言って一笑に付したが、カインだけは違った。彼はじっとリサの顔を見て、何かを言いたそうにしていたが、結局最後まで何も言わなかった。
そのころ――――
騎士団合同の本陣では、かなり雰囲気が重かった。ヴィルヘルムやマックスをはじめとして、全員が『黒羽』に対する己の見込み違いに沈んでいたのだ。
「ヴィル」
天幕内の椅子に腰かけていたマックスは、久しぶりに愛称でヴィルヘルムを呼んだ。
「なんだ」
ヴィルヘルムもまた腰かけていたが、おそらく騎士団の中で最もぼんやりしていた。
「僕さ、さっきの戦いの中で思ったんだけれど、彼らがここまで強いんだったら、決着の付け方は一つしかないんじゃない?」
「お前」
ヴィルヘルムはマックスの言いたいことに気づき、眉をひそめた。その方法は構わないと思うが、いったい誰が代表するというのか。ヴィルヘルムの短い言葉に込められた疑問に、頷き、答えた。
「お前だろ」
「はぁ?」
ウィルヘルムは素っ頓狂な声を上げた。いや、それはない。
「確かに俺はお前よりも上の地位をもらっている。だが、実力だけで言えばお前の方が上だろう。俺よりも荒事に経験があるんだし、何より実地での経験が豊富だ」
マックス伊達に王太子の側近を務めていない。彼は軍関係の書類については、一通り確認していて、特に幼い時から実力を知っているヴィルヘルムのことは必ず知っておくようにしていた。ヴィルヘルムはその事実を初めて知り、逆に自分はマックスのことを全く知らなかったんだな、と呟いた。
「いや、構わない。俺はお前に見せられる生活をしていない。出来ることなら、王都へ戻ったらロザリンドと二人でひっそりと暮らしたかったのに」
「お前は無理だろう」
ヴィルヘルムは即答した。
「お前は侯爵家の跡取り息子だし、なにより王太子殿下のお守りだろう。それに―――」
「あー、はいはい。分かりました。あとはヴィルの後任への指導、だろ」
「分かっているなら、それでいい」
マックスの投げやりな言葉にヴィルヘルムは鷹揚に頷いた。
「じゃあ『黒羽』のトップに手紙を出そうか」
リサたちはこの後の展開が全く見えないまま、数時間が経っていた。
いくら経っても結論が出ないので、そろそろ気分転換にでも出るか、と思ったその時、外が騒がしくなった。
「何事だ」
カインが真っ先に声を出した。すると、一人の兵士が慌てた形相で天幕の中に走りこんできた。
「申し上げます。このようなものが飛んできました」
彼が差し出したのは矢に括られた手紙だった。マックスが受け取り、リサの方に差し出した。リサはそれをほどいて中を読んだ。
「何と書かれていましたか」
カインはリサに控え目だったが尋ねた。リサは一瞬目を閉じ、考えた。
「どうやら騎士団は決闘を望んでいる」
リサの言葉に、カインを除くほかの面々は驚いた。カインは目を細めただけだった。
「アシュレイ様」
一人の参謀がリサを呼んだ。
「何だ」
「出来ることならば、決闘はアシュレイ様に行っていただきたいのですが」
「貴様っ」
参謀の言葉に彼を殴ろうとしたのはカインだった。
「構わぬ」
それを制して、リサは彼に言った。
「確かに実力の上では私が一番上だ。だが、カイン。お前はそれではいけないのか」
カインの本音を聞きたかった。カインは突然の振りに虚を突かれた。しかし、返事はかなりきっぱりとしたものだった。
「賛成か反対かで言えば、反対です。しかし、相手もおそらく本気を出してくるでしょうから、それに応えぬというのは、不敬でしょう」
その答えに今度はリサが驚く番だった。
「なので、ここはリサ姫がいかれるべきです」
「分かった。ならば、介添人として、カイン、お前を連れて行きたい」
リサは介添人については最初から考えてあったので、迷うそぶりもなく頼んだ。
「御意」
カインはにっこりと笑った。
そして、そのような会話がなされた翌々日であり、約束された決闘の日―――
両軍ともに天幕に整列はしているものの、武装はしていなかった。決闘は一対一。それぞれの介添人一人と審判役一人を連れて、先日戦闘が行われた場所にやってきた。相手は赤と金の甲冑と青と銀の甲冑をそれぞれ纏っている騎士二人。二人はまだ兜をおろしていなく、二人の端正な顔が見えた。対して、こちらは二人とも黒い甲冑を纏っていて、顔は見えない。
「では、決闘を始めましょう」
カインが楽しそうに言った。





