その8
『黒羽』が100年ぶりに召集されキシックルに、千人ばかりが集合した。集合後、南下をし始めて一日弱たった翌日の夕方、『黒羽』全軍は、戦闘が行われている平原が見渡せる山に本陣を構えていた。
「しかし、王都の奴らはやっぱすごいですよね」
リサの隣でしみじみとカインが呟いた。リサは騎士団にいた経験上、あまりそのすごさというものがよくわからなかったが、現『黒羽』でリサの次に強いのではないのか、と考えられるカインがそういうのならばそうなのだろう、と思った。
「ああ、お前がそういうのならばそうなのだろう。あの青い甲冑が王立騎士団、赤い甲冑が近衛騎士団だ」
リサは遥か彼方に見える景色に胸が痛んだものの、今から自分たちが成し遂げようとすることがあっても、その感情を切り捨てることはできなかった。天幕に戻ると、机に置かれた地図を横目に、いまみんなはここにきているだろうか、そして、あの人は無事でいるのだろうか、と考えていた。もし、自分が騎士団に残っていたのならば、きっと状況は違っていたのだろう、と思いつつも、果たして、本当に自分が騎士団に所属していたら、本気を出したのだろうか、とも思えた。
「リサ姫」
いつの間にか天幕の中にはカインがいた。彼女が堂々巡りの考え事をしている間に、戻ってきたらしかった。
「気分がすぐれないのですか」
「そういうわけではない。ただ、考え事をしていただけだ」
リサは限りなく本当のことを言った。カインはふんわりとほほ笑み、
「姫の気持ちをとらえるものは羨ましいです。いつか私も姫の心に囚われてみたいです」
と言った。その言葉に思わず、
「ふざけるな」
と返してしまったのは致し方ないだろう、と反省はせずにそう思った。しかし言われた当の本人はケロッとしているどころか、安定にも恍惚の表情を浮かべている。リサはそんな彼を再び放置しておくことにし、よくこの近辺の地形を見なおした。
(この山の西方には『北の森』の丘陵地帯か。南方は王都を含む平野だが、今戦闘が起こっている周辺は少し盆地に似た気候を持っているはずだ)
リサたちはもう少し、様子を見て漁夫の利をとるつもりであったものの、各州の州軍およびそれぞれの騎士団の実力はほぼ伯仲、という事を知っていたので、この気候も相まって、かなり彼女たちが参戦するまでには時間がかかるのではないか、と思っていた。
(おそらく、この数日は静観か――)
リサはこの山の下にいるであろうヴィルヘルムを思った。自然と祈りたくなる。
(どうか、無事でありますように)
届くかどうかわからないものの、少なくとも自分自身は祈った、という気持ちになってしまったリサであった。
結局、目の前に広がる戦いが動いたのはそれから四日目の事だった。ベルニア公爵の息子の陣が動いたのだ。
「何故、西に――」
カインのつぶやきは、リサにも、そしてほかの面々にも宿った疑問であった。しかし、リサは父親の一言を思い出していた。
(『ベルニア公爵の息子は性格が悪い』『民を犠牲にして、民を救う』―――まさか)
リサはその可能性に思い当たり、すぐさま馬に飛び乗った。
「姫、どこに行くのですか」
後ろからカインの声が聞こえたが、この際無視させてもらうことにした。
彼女は山を下り、闇に乗じて西進した。そんなに遠く離れていないところに、答えはあった。
(やはり―――何とか救う手立ては無いものなのか)
リサが見たのは、森の近辺に存在する集落と、その集落を取り囲むように、あえて残してある可燃性のものを綺麗に組み立てたオブジェだ。その奥には、まだ人の気配がするし、その人たちが退く気配もない。しかし、彼女には、彼らがいる間には何もできない。一度諦めて、陣地へ戻った。
結局、人のひく気配はしなかったため、見張りのために三人ほど交代で行かせた。
それから、一日経ち、リサは油断していた。
オーランディア州軍とミリランディア州軍が、ベルニア公爵軍を追って、西進してきたこと。
そして、この少し森が開けたところに、『グース州』の集落をうっかり見つけ、そこに迷いもなく火をかけたのだ。
(少し考えれば、分かりそうなもの、を――――)
リサは燃え盛る集落を前に、己のうかつさを後悔していた。
しかし、後悔は先に立たない、ということわざがあるように、炎に飲まれしまったものは、取り戻すことはできない。すぐさま、本陣の天幕に戻り、二種類の文章をカインに書かせた。書かせた手紙を、一通以外は間諜に託し、残りの一通だけは、手元に残した。
「行きましょう、姫」
カインは確か、このすぐ北の出身だ。恐らくは知り合いやら縁戚がいたのだろう、少しやつれている雰囲気だった。
「ええ」
リサは感情のこもっていない声で返答した。
「行きましょう」
夜明けを待たずに、彼女たちは本陣を立ち、高原に向かった。今からは手紙を渡しに行くだけなのだが、万が一のことを備えて、フル装備をとっている。
夜が明け、霧が立ち込めているころ――
「ではお願いね」
リサはカインに静かに言って、頭を下げた。カインは微笑んで、承知仕りました、と言い、彼女やほかの兵士たちよりも前に進む。目の前には、青の甲冑を纏った騎士たちがそろっていた。その中で、青と銀の甲冑を纏っている青年を見つけえると、フル装備の中で、カインはにやけた。





