その7
翌朝、リサは黒い甲冑を纏い、家の者を連れずに出立した。
「行ってらっしゃい」
見送りに来たのは母親だけだった。もっとも、父親と兄は見送りに着たくても来ることが出来なかったのだ。なぜなら、『黒羽』というもの自体が触れてはならない影の存在であるため、領主と次期領主である彼らは知っていても知らないふりをしなければならないのだ。そのため、先代当主である祖母の代から仕えている執事以外の使用人たちもまた同様に、見送りに来ることはなかった。リサはそのことを理解していたし、あまりに仰々しい見送りも好きではなかったため、それで構わなかった。
アスフレッド領の近くにあるキシックルという町へは数時間で着き、そこに住んでいる『黒羽』の情報屋から現在の王国全土の情報を聞いた。
「そうだねぇ。最近は相変わらず中央のお貴族さんたちは、北部のことを気にゃしていないさ。だから、こないだだって、シシカーヌの奴らがグースの北部にまで来ていたさ」
としみじみと呟いた。リサはそのあたりの話は騎士団にいた時に聞いていた話だったので、あまり驚かなかったが、
「しかし、ウィラントの坊ちゃんが騎士団長になってから時々ここまで遠征隊を派遣してくれるようになったから、あまり被害がなくなったんだ。おかげで俺らの仕事は少なくなったが、この人が少ない土地でとても助かっているさ」
と、情報屋が言った言葉には驚いた。ヴィルヘルムがウィラント地方を治める伯爵だとは知っていたものの、そのような話は聞いたこともなかったし、『黒羽』の情報屋からそのような評価をしてもらえたことに、リサは自分の事のように嬉しくなった。
「そうでしたか」
「ああ、何より今回はベルニア公爵の従兄の孫だとかという若者のおかげで、こちらに直接被害が及ぶ前にシシカーヌが退いてくれてよかったよ」
と今回の一件についても言った。
「ただ、俺らとしては次期国王陛下には期待できないね」
「ルナール王太子殿下ですか」
「ルナール?ああ、確かそんな名前だったな。そいつはやばいぞ」
情報屋の言葉にリサは眉をしかめた。王都にいる間には聞いたことがなかった話だ。
「具体的には?」
「まず、完全な貴族派だ。おそらくは王立騎士団はつぶされるな。そして、南部優遇策をとり、今回の戦は確実に北部を滅ぼし、自分の息がかかったものを領主に据えたいのだろう」
リサは王都に一年弱いたのにもかかわらず全く気付かなかった。もしかしたら、ある意味ヴィルヘルムが守ってくれたのだろう。だが、リサは教えてくれなかった事実よりも知らなかった事実が悔しかった。
「だから、今回のステフィア殿の挙兵の決断は良いタイミングだったのかもしれぬ」
情報屋はリサの頭を撫でた。
「だが、気を付けていかれよ。ステフィア殿には何か気がかりなことがあるかもしれぬが、それはステフィア殿の命取りになるからな」
情報屋はあるものを持ってきた。黒鋼でできた長剣と短剣の一組だった。
「これは俺らの仲間が打ったものだ。そこら中のものよりも強い。だからお前さんの守りとしては十分なはずだ」
リサは別荘から持ってきたものがあったが、それらはヴィルヘルムのものだったため、戦で使用するわけにはいかずアシュレイ家に置いてきた。なので、情報屋からの提供は非常に助かった。
そして、昼過ぎ――
ぼちぼちと集まりだしてくる中で、リサが15歳ころまで一緒に生活をしていた警護官の一人で、リサとほぼ年齢が一緒であったため、かなり仲が良かった青年がやってきた。
「久しぶりです」
アメジスト色の髪で金色の瞳を持つその青年――カインはリサの手に口づけを落としながら言った。リサは彼のその動作に肩をすくめながらも、相変わらずの美しさに感嘆していた。
「相変わらず綺麗ね」
リサの言葉にカインは苦笑いした。
「リサ姫の方が変わらず綺麗ですよ」
「冗談をおっしゃい。カインは州都でどんなにか女性におモテになったことだか」
リサが冗談めかして言うと、彼は非常に嫌な顔をした。
「やめてください。あの頃のことは。私は今でもリサ姫一筋ですよ」
カインの冗談とは思えない一言に、リサはごめんなさい、と心の中で謝った。それがどちらの者に対してなのかは、今の段階では分からなかった。しかし、カインはそんな彼女の複雑な心境には気づかず、
「ぜひ、この戦が終わったらリサ姫に僕を受け入れてもらいたいですね」
と軽く言った。その言葉に思わずリサは、カインをけってしまった。カインは驚いたが、
「いやぁ、そんなにもリサ姫に気に入ってもらえるなんて嬉しいです」
と本気で言った。リサはしまったと思ったが、これ以上人前で痴話げんか(?)を繰り広げる気にはならなかったので、カインのことはほかっておいた。
そして、夜――
キシックルの町の中心部ある広大な空き地には、千ばかりの兵士たちがいた。夜であるためあまり分からないものの、彼ら全員が纏っているのは、黒い甲冑だ。影の存在であり、奇襲戦術が得意な彼らにとって、この黒い甲冑はかなり重宝され、信奉されてきた。
「聞いてはいるとは思うが、今回、王都の北方において国を二分する戦いが始まった。この機会に、我らは影の存在ではなく、日向の存在になることにする。目指すものは二つ。一つは王政の廃止。現国王陛下は北部と融和策をとってきたが、歴代王や次期国王はおそらくこの北部を蹂躙しよう。蹂躙される前に力の差を見せつける。そして、二つ目。この国に存在する最高の軍事力である王立騎士団と近衛騎士団の二つと戦い、真の強さを見せよう」
全ての『黒羽』の面々を前にしたリサの演説に、彼らは歓声を上げた。
(ステフィアの力は怖いな)
リサはこの歓声は自分の力によるではなく、ステフィアの名前によるものだと理解していたので、ステフィアの血におののいた。こうまでして、『血』というものをいうのを痛感した。
そうして、『黒羽』は南方に向けて進軍を開始した。
新キャラのカインさんは変態さんです。





