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黒き甲冑をまとった花嫁  作者: 鶯埜 餡
心の在処

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その1

 リサは社交会のあとそのまま詰め所へ戻るために馬車に乗ったはずだった。

 しかし、馬車は第3大隊の詰め所の方に向かわず、王都郊外の方面に向かっていた。

「あの、ヴィルヘルム様」

 馬車の中でヴィルヘルムは少し目を閉じ、何かを考えていたようだったが、リサとしては気になったため、思わず声をかけてしまった。

「何だ」

「あの、今この馬車はどこへ向かうのでしょうか」

 リサのその問いに、一瞬ヴィルヘルムはリサが気づいてしまったのか、という顔をしたが、すぐに真剣な顔に戻って、

「俺が与えられている郊外の別荘だ」

「別荘ですか」

「ああ。王都よりは少し寒いがいいところだ」

 ヴィルヘルムはその言葉しか言わずに、また目を閉じた。これ以上、彼女に答えるつもりはなさそうだったので、リサも諦めて、窓の外を眺めた。もうすでに夜になっているが、故郷の空と同じく、ここでもかなり星が見えていた。



「着いたぞ」

 そうヴィルヘルムが言ったのと同時に、馬車が止まった。どうやら、リサは途中ほとんど寝ていたらしく、あまりどのように来たかを覚えていなかった。少し寝ぼけながらも、一人で馬車から降りようとしたら、先に降りていたヴィルヘルムに強引に手をつかまされた。

 リサは一瞬その手を放しかけたが、ヴィルヘルムは彼女の手をしっかりつかみ、決して離させなかった。


 その『別荘』はリサの実家アシュレイ家の本邸と同じくらいの大きさで、かなり手入れが行き届いており、かなり使っているのだろう、と思ったと同時に疑問が浮かんだ。この騎士団長は頻繁に王都から出ていないはずだ。出ていたとしても、一時間や二時間程度であり、週一回の合同見回りぐらいだ。それなのに、この別荘を綺麗にする暇などあるのだろうか。

「どうした」

 リサはこの別荘について随分と考えていたらしい。心配になったヴィルヘルムが、彼女の顔を覗き込んでいた。

「この別荘の掃除が行き届いているな、と思いまして」

 リサはごまかさずにそう言った。すると、ヴィルヘルムはフッと笑った。

「別荘をもらってからは、一回しか来たことがない。だが、お前をどうしても(・・・・・)連れてきたかった。だから、ミリアスラ家に出入りしている侍女や庭師に頼んで綺麗にしてもらった」

 何でもないように言った。しかし、

「『どうしても』ってどういう意味ですか」

 と、リサは尋ねてしまった。彼が言ったその言葉が理解できなかった。本物の婚約者ならばありうるだろうが、自分はもう婚約破棄をする。だから、このような別荘に連れてくるのは、かえってデメリットなのでは、と思ったのだ。その疑問に、ヴィルヘルムはリサを抱きしめた。

「な、何をなさっているのですか」

 リサは顔が真っ赤になっているのが自分でもわかった。しかし、ヴィルヘルムは何も言わずに抱きしめ続けた。しばらくして、

「俺は、おまえのことが好きだ」

 と掠れる声でヴィルヘルムは言った。もちろん、抱きしめられているので、表情はわからないが、言わされているとかではないのだろうという事は伝わってきた。

「俺はお前と最初に会った時から、俺の隣にいるのには過ぎた女性だと思っていた」

「でも」

 リサは彼に最初から好きだった、と言われても実感が持てなかった。なぜなら、最初に会った時に言われた『婚約を続けたいならさっさと騎士団辞めろ』という発言があったからだ。それを思い出したのか、ヴィルヘルムは苦笑いを含んだ声で、確かにと言った。

「もちろん、俺はお前にそう言ったが、あれは―――」

 ヴィルヘルムは言葉に詰まった。しかし、抱いていた腕をほどき、リサの正面に跪いて、彼女の手を取った。

「あれは、お前がどのような反応を示すか試したかった。あの昇進式の演説の時にお前を一目見てから、ずっとお前の顔が頭の中から離れられなかった」

 これでも俺の気持ちは伝わらないだろうか、とヴィルヘルムは懇願するように言った。その様子のヴィルヘルムを見て、これが本物の騎士団長であるのか、と思ってしまった。この目の前にいる人物は、最初に会った時とは印象が違い過ぎる。

「ヴィルヘルム様がそこまでおっしゃられるのでしたら、私は信じたいと思います」

「ありがとう」

 ヴィルヘルムはポケットの中から、小さい布で覆われた箱を出した。それを開き、リサに差し出し、

「これをお前に渡す。お前はこれで婚約破棄をしたい、と言っていたが、おそらくこれから先も俺はお前のことしか考えられない。だから、社交会の後にはこれを渡すことと、もう一つ、お前との思い出を作っておきたくて、2人とも休暇を取ってここまで来た」

 と言った。リサは渡された『ソレ』を見て驚き、さらに彼が本気で言っていることに気づいた。しかし、そのあとに彼が言ったことがいまいちつかめなくて、思わず首をかしげてしまった。そんな彼女に、ヴィルヘルムは彼女の耳元でささやいた。告げられた内容にリサは恥ずかしさで真っ赤になった。確かに世の中では夫婦(・・)になったら『する』と言われているらしく、警護官の同期たちはほとんどが男性ばかりだったので、独身であった場合でも、詰め所の近くの宿とかでそういう相手を買って(・・・)『する』と言っていたのを聞いたことがあった。しかし、ほとんど社交界に出たことのない彼女であっても、貴族の間で女性の場合は未婚の状態で『する』というのはあまり良くないことだと聞いている。ましてや、自分が婚約破棄する相手と『する』いうのはなおさら後味が悪いのではないかと思った。

 しかし、リサは確かに自分自身から婚約破棄を持ちかけたとはいえども、ヴィルヘルムのことは嫌いではなく、むしろ好きだ。自分自身にとっても『思い出』となるのではないのかと思う。

 なかなか返事をしないリサを見かねて、

「もし可能であれば、だ。強制ではしないから、どうしても嫌なら近くの離れに馬が数頭留まっている。それを使ってここから逃げ出せ。この建物中に入ったら、俺からは逃げられない。この場が逃げ出す最後のチャンスだ」

 と、ヴィルヘルムは言った。その声は、どうしても逃げられたくない、という思いも籠もっていたが、決して嫌なものではなかった。



 リサは少し視線を下げ、

「このような私でよろしいのならば、ヴィルヘルム様のお好きなようにしてください」

 と言った。それを聞いたヴィルヘルムは、壊れ物を扱うような抱き方でリサを抱き、別荘の中へ入っていった。


 そして、3日3晩、リサはヴィルヘルムに生まれた時の状態で抱かれた。

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