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黒き甲冑をまとった花嫁  作者: 鶯埜 餡
リサ、出遭う

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その12

 以前に会ったことのあるマックス・サロンの正体を知ってしまったリサは、これで自分が故郷(アスフレッド領)へ戻った後に行うことが余分に出来てしまった、と思ってしまったが、それ以上に彼とまた手合わせができる可能性が増えたことが無性に嬉しかった。もちろん、そんなことはおくびにも出さなかったものの、この社交会の場で自分がいかに浮いた存在であるのかを痛感した。いくら、王立騎士団長であるヴィルヘルムの婚約者といえども、確かにこれでは最年少で騎士団長になったヴィルヘルムにでさえ、婚約破棄を言い渡されるのだと自覚できた。でも、自分には守らなければならない故郷がある。それを守るためならば、この国と近衛騎士団、そして王立騎士団とも刃を交える覚悟はとうの昔にできていたはずだ。

 リサがそんなことを思っているときに、ようやくヴィルヘルムがやってきた。

「待たせた」

 彼は式典や見回り時に着ている王立騎士団の紺色の盛装ではなく、騎士団の徽章はついているもののあまり華美ではない白い詰襟の盛装を着用していた。リサは着ることはないだろうが、この白い詰襟の服は社交界における王立騎士団の盛装なのだ。

「お待ちかねよ」

 ロザリンドは呆れ顔で言った。ヴィルヘルムは彼女にあまり頭が上がらないようで、少し小さくなっているような気がしたが、リサは見なかったことにした。

「すまない」

 そう言いつつ、リサの方に手を差し出した。リサはあまり社交界の作法を知らなかったが、彼女自身はあまり待たされた、と思ってはいなかったので、ロザリンドと違って何も言わなかった。ただ、一瞬、手を彼の手の上に重ねようとしたときに、本当に重ねても良いものなのかがわからなかったため、ロザリンドの方を見たが、ロザリンドは『大丈夫』と言っている表情だったため、それ以上は迷うことなく、手を預けた。

「いえ、お気になさらないでください」

 あくまでも無表情だったが、はっきりと言った。

「この時間までお仕事だったんですか」

「ああ。方面変更の作業の大詰めだ」

 確かに副隊長以上が出席する会議で、そのようなことが議題に上がっていたのを思い出した。ということは、彼はリサが騎士団をやめるのと同時くらいに、方面を変更するらしい。

 だが、国の歴史を新人研修の時に習ったが、おそらく最初に前線に出されるのは王立騎士団であり、あまり方面は関係なくなる。なので、誰がいるのかという事を踏んでおかねばならない。

「リサ」

 リサは思考の海に沈んでいたらしい。気づいた時には、何かの列に並んでいた。

「あまり気は進まないが、一応騎士団長という地位を拝している以上、王族に挨拶せねばならない」

「しかし、国王陛下は中立派(・・・)ですよね」

「ああ。しかし、今は病に臥せっていられるために、この会も含めた最近の公務は全て王太子殿下が行っている」

「たしか、王太子殿下と言えば――」

「ああ」

 確かこれも新人研修の時に習った。現国王アルベルト8世は『現場』を知っているため、彼らを手厚くする政策を出しているが、それに反発する勢力もあるらしい。その筆頭は王妃の実家の公爵家で、その息子である王太子自身も残念ながら貴族派と呼ばれる一党なのだ。そのため、いくら実力者の集団といえども、王立騎士団は貴族派からは低く見られがちであり、おそらくヴィルヘルムは王太子殿下のことが苦手なのだろう。

 少し待ち、ようやく彼女たちの番になった。


「王立騎士団長、ヴィルヘルム・リュヴィークならびに婚約者、リサ・アシュレイの2名、王太子殿下にお目にかかれることを、今代の誉とさせていただきます」

 ヴィルヘルムは定番の決まり文句を言った。リサは頭を下げているだけであったが、頭上からはねちっこい視線が降ってくるのが感じられた。

「ふん。貴様の婚約者は、やはり名を聞いたことがない家だな。いくら王都に知り合いがいるとはいえども、所詮は辺境の伯爵。同等の爵位を持つものがいなかったのだろう」

 ただ頭を下げているだけではなく、リサはこの王太子は王立騎士団としては、『黒羽』としてもかなり危険な人物である、と直感で感じ取った。彼の実力は分からないが、ヴィルヘルムの方がこの王太子よりも上であってほしい、と願わずにいられなかった。

 ヴィルヘルムは王太子の言葉に何も反論しなかった。その沈黙に、

「ふっ、当たりか」

 と王太子は嫌な笑みを浮かべた。しかし、それでも彼は答えなかったので、リサは思わずヴィルヘルムのそれを思いきり強く引っ張ってしまった。それに気づいた彼は、

「貴方様がどのように思われても構いませんが、我々はルーク卿閣下に恩義がありますので」

 と言って、王太子の御前を辞した。背後でムッとする気配がしたが、2人ともそれをあえて無視をした。


「良かったのですか」

 王太子の元から去った後、さまざまな人に声をかけられた。ほとんどの対応はヴィルヘルムに任せ、リサはほとんどしゃべらなかった。

 壁際まで来てから、リサはヴィルヘルムに尋ねた。

「ああ、問題ない」

 彼は遠くを見つめつつ言った。

「そういえば、お前はルーク卿とは面識はあるのか」

「いいえ。騎士団の重鎮の方だとは伺っておりましたが、お顔は存じません」

「そうか。タイミングが合えば紹介する」

 リサはヴィルヘルムのその言葉に少し驚いた。彼の方から紹介してくれるとは思わなかったのだ。

 ちょうどその時、楽師たちがそれぞれの楽器を奏で始めた。

「リサ」

「何でしょう」

 リサはヴィルヘルムの言葉に顔を上げた。いつのまにか、彼はリサの正面に立っていた。

「一曲お相手願えませんでしょうか、我が婚約者殿」

 彼は完璧な笑みでパートナーの申し込みをしてきた。それでリサは断るわけがなかった。

「はい喜んで」

 これが本物の婚約者だったらどんなに良かったのだろうか、とリサはこの時ほど思わずにはいられなかった。


 そして、リサとヴィルヘルムは一曲と言わずに数曲連続で踊った。この国では、一曲踊っただけですぐさま交代してしまえば、ただ遊び(・・)の相手であるという認識が強く、曲数を重ねるごとにその本気(・・)具合がわかるのだ。本来ならばすぐに婚約破棄するはずの2人が踊る必要はないが、リサはヴィルヘルムがリサ相手に数曲踊ったのは、世間体のためではないかと思っていたので、彼女も割り切って付き合った。

 ちなみに、2人が踊っている間、リサは出席者の話題を掻っ攫っていた。

『あの少女は誰なんだろうか』

『この数年の間に、社交界では見たことありませんわね』

『もしかしたら、今まで療養生活を送ってきていたのだろうか』

『しかし、騎士団長様も罪なことをなさる』

『全くだ。名の通る貴族の娘と踊ればいいのに』

 年配の貴族たちは純粋に興味と好奇心が大半であったが、若い独身の女性貴族たちは、

『何なのよ、あの小娘』

『今まで、ヴィルヘルム様は誰とも踊らなかったのに』

『全くよ。でも、どこかの地方の娘でしょ。どうせ一時期の気の迷いよ』

『ええ。あんな小娘は騙されているのよ』

『もしくは、あの小娘に騙されているのか』

 などと、嫉妬心をあらわにしていた。彼女は人々の視線がこちらに向けられていること、そしてその視線が、決して居心地の良いものではないことを知っていた。そんな彼女に気づいたのか、ヴィルヘルムが尋ねた。

「リサ、身体は大丈夫かい?」

「はい、少々疲れました」

 彼女は少し困ったように微笑んだ。

「じゃあ、これで少し早いが十分義理は果たしたし、帰ろう」

「え、良いのですか」

 リサは帰ろう、と言い出すヴィルヘルムに驚いた。しかし、ヴィルヘルムは涼しい顔で、

「もちろん、普通だったらもう少し残って、情報収集するが、今日は少々居心地が悪い」

 と言って、赤毛の女性を探した。


 彼女はすぐに見つかり、別れの挨拶をすると、今日はその方がいいわね、と言って苦笑いし、笑顔で見送ってくれた。


 これで、リサの人生で最初で最後の社交会となった。

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