その1
ある年の冬は例年よりかなり早く訪れ、有史以降初めて、通常の年と比較してや農産物の収穫が例年の3割を切り、ロシュール王国の半数以上の村が大規模な飢饉に陥った。しかも、主に飢饉に陥ったのは王国中部にある王都ミリドニのすぐ北にあるアッヘンベゼリアと呼ばれる針葉黒葉樹林の生い茂っている地帯よりも北にある、グース、レゼンブルグ、ミリニノ、ミリニアの4州――通称、原ロシュールの村々で、かなり王都付近の南部よりも開墾されていない地帯も数多く残っており、貧しい村が多いとされている一帯だった。
ちなみに、この原ロシュールに住んでいる人々の大半は狩猟と農耕の2つを同時に行っており、どちらも気候によって収穫が変動する賭け事でもあったため、最近では州都や王都に働きに出る人も多かった。
その時、グース地方を治めるベルニア公爵を主導とした王宮内での改革により、原ロシュールの民はなんとかひと冬乗り切ることが出来たが、こういった年が、何年も起こることを憂慮され、大規模な開墾案が出されたが、成果は今のところ『今一つ』、としか言えない状況だった。
リサが生まれたのは、そのきっかけ――大飢饉が起こった年だった。彼女は、グース州の一地方、アスフレッド地方を治める領主アスフレッド子爵家の長女として生まれ、上に兄がいる彼女は普段から兄やその友人たちに混ざり、子供のころから剣や弓などに親しみ、5歳のころから一人でも狩りに行くようになった。しかし、周りとも打ち解けたため、『友人』というものを多く作り、彼らをまとめ上げ、この地方では知らないものはいなかった。
そんな彼女は、この国の状況を見るのもうまく、早いころから南北の差を痛感しており、9歳のある日、『男爵領には兄がいるから問題はない』と言って、多くの民が行く様に彼女もまた、州都の警護官として州都にある公爵の館――ロイスバルム館へ向かった。
そこの警護官は無試験で、州の民ならば誰でもなれる役職であったために、多くは平民か下級官吏の息子がなることが多かったが、『子爵』という爵位持ちの『娘』がなったために、最初は公爵夫妻直々に挨拶されたが、それ以降はほかの警護官と同じ扱いをするよう願い、自らも(少なくとも爵位持ちの娘だという事を)バレることを避けるため、普段の私生活から男装することを決めた。
彼女の家系はもともと長身の者が多く、彼女もまた、両親ともに長身同士の結婚であったために、身長的な意味合いでも周りの少女たちから並外れた存在であった。その長身の彼女が男装、という事になればかなりごまかしはきくもので、警護官の同僚からの認識は、『少し声が高い少年』と言ったものだった(ちなみに、兄達と並んだら、かなりそっくりだったらしい)。
そんな彼女は、もともと武芸に秀でているのもあって、烏合の衆である警護官たちの中では、男顔負けの剣術だった。特に、心酔していたのは女性たちで、彼女たちは何かあったときはよほどのことがない限り、すぐにリサに取り次いでもらうようになっていたのだ。
ちなみに、今現在彼女は18歳。ロシュール王国含む周辺国では、すでに結婚適齢期終盤と考えられていただが、このグースの情勢もあってあまり両親から何も言われないことをいいことに、警護官を続けていた。
「私が、ですか」
リサは、一枚の紙きれを前に困惑気味だった。その紙は、王立騎士団への貴族推薦状だった。それがあれば、ほぼ無条件に入団できる。とはいえども、それを得るにはかなりの上位貴族か、爵位は低いけれども実力者に取り入らねばならない。リサは、中央へ行くことは考えていなかったので、その努力はしていなかった。その紙を目の前に置いた公爵は、
「ああ。君の実力なら、ここで燻っていては、宝の持ち腐れだ。幸い、私には辺境の土地というのもあり、推薦権が複数ある。しかし、目ぼしい者がおらんかったから、ここ十年近くは使っていない」
公爵は窓に寄り、外を眺めていた。リサの方へ振り向いた顔には、夕暮れの赤い光が映っていた。
「君は男装の『少女』なのだから、最初は馬鹿にされるかもしれない。しかし、侮った相手をはじめ、隊長や団長あたりを相手して勝つことが出来れば、相手も認めてくれよう」
リサは一瞬どうしたものかと、迷ったが、結局その話に頷き、ありがたく王都を目指すこととなった。そのため、一時アシュレイ家の所領に戻り、両親たちに話をつけてくることとした。
「父様、本当ですか」
数日後、同僚たちと別れを済ませてきたリサはアシュレイ家に戻り、久しぶりに会った父親に話したところ、彼は考え込み、しばらくして、思いがけない言葉に彼女を凍り付かせたのだ。
「ああ、本当だ」
あまり広くない食堂に揃っている一家はそろって無言だったが、父親だけは重い口を開いた。
「先方からの要望だ」
「しかし、何故うちに」
リサは、その先方とやらの所領の隣接している地域を考えても、その理由は思いつかなかった。
「それは俺もわからない」
父親もひどく困惑していた。それから十数分程度、食堂には紅茶をすする音しか聞こえなかった。実は、アシュレイ家は公爵家が支配する州の最北端に位置し、他国との戦に備える役割を持っており、かなり国内でも重要視されている地域なのだが、もう一つの顔を彼らは持っている。そのため、あまり他領から人を迎えるのに好意的でない一面も持ち合わせているため、今回の『話』には乗り気ではなかったのだ。事実、母親や兄はかなり殺気立っている。
「では、1年間の猶予をもぎ取っていただけませんか」
彼女はたっぷり考えた後、そう言った。父親は少し不可解な顔をし、母と兄はかなり不満そうな顔をしたが、父親は頷いた。
「必ず、婚約破棄を目指さしていただきます」
そうして彼女は、婚約破棄を目指すために、王都に上がることにした。





