その6
お知らせが数点、活動報告内にてあります。
リサがヴィルヘルムに連れていかれたのは、徒歩で行くには遠すぎる王宮だった。国の最高政治機関である王宮に足を踏み入れたことのないリサは、踏み入れたことのないものが感じる『おそれ』を感じ取っていた。
「すまない。例の件だが、やはり頼む」
ヴィルヘルムは、奥まった場所にリサを隠すように連れて行き、ある部屋の前まで来た。中にいた女性を呼び、着飾った女性に彼女を渡した。その言葉に女性たちは嬉々として頷き、リサの手を引いた。
「あ、あの、ちょっと待ってください」
リサは彼女たちに言ったが、彼女たちは大丈夫、と言ってにっこり笑い、リサを連れて部屋の中に入った。
(いや、『大丈夫』かどうかは自分で判断して、止めたんですけれど)
彼女は心の中で突っ込んでいたが、その心の中に気づいたものは当然おらず、女性たちのなすがままになっていた。
あっという間に作業は終わり、リサは女性らしく着飾られていた。部屋にあった鏡で見てみると、シェルピンクのドレスを纏い、細い金色の髪は複雑に結わえられ、派手過ぎない化粧を施された自分がいることに分かった。子供のころからあまり女性ものを着てこなかったリサとしては、少し背中がむず痒いものがあったが、あきらめざるを得なかった。
「お綺麗ですよ」
部屋の中の女性陣の中で一番年嵩の女性が、鏡の中の自分を見ていたリサにそう言った。
「あ、ありがとうございます」
普段気慣れないものや普段いることのない場所にいるため、彼女はかなり緊張しているようだった。ほかの女性たちからも、綺麗だ、良く似合っている、可愛らしい、と言われ続けたリサは、はあ、そうですか、時のない返事で返し続けて、さらにそれらの言葉を重ねて言われてしまった。
ようやく女性たちの誉め攻撃が一段落し、さあ行きましょう、伯爵様が待って見えますよ、と彼女を先ほど入ってきた扉から出すと、そこにはヴィルヘルムが待っていた。
「お待たせしました。いかがです?」
女性は意味ありげに彼の方を見て、リサを彼の方にやりながらウィンクした。すると、彼は一瞬驚きに目を見開いたが、すぐに何かを打ち消すように表情を取り繕ったのが分かった。何がいけなかったのだろう、と思ったが、何も言うことが出来なかった。
「十分だ。よくやった」
彼はそれだけ言って、リサを彼の方に引き寄せられたが、その際に、女性から肘鉄をくらわされているのが見え、その刹那、彼が顔をしかめたのも、ありありと見えてしまった。
彼はリサに対しては何も言わずに、また別の場所へ連れて行った。その場所は隅に大型のピアノが置いてあり、2人の女性がいた。
「待たせた」
どちらに向けたものなのかはわからなかったが、女性たちに声をかけたヴィルヘルムは、リサの腕をひき、隣に並ばせた。
「こちらがリサ・アシュレイ、婚約者だ」
リサは自分の紹介をされると思わず、慌ててお辞儀をしたものの、騎士風の挨拶になってしまい、赤面した。そんなリサを見た女性は真顔で、なっておりませんわね、と言い、
「女性の挨拶はそれではなくてよ」
と、挨拶の作法から学ぶことになった。ちなみに、女性たちの名前は、ロザリンド・ミリアスラ(赤毛碧眼)とマルゴ・パトリシナ(茶毛青眼)だという。彼女たちは共に辺境伯爵家出身で、ヴィルヘルムとほぼ同時期に王宮勤めを開始した縁で、知り合ったらしい。彼女たちは、一目見たリサにほれ込み、王宮や社交界での作法をかなり丁寧に教え込み、気づいたら、夕方になっていた。
「流石だな」
王宮からの馬車の中で、ヴィルヘルムはふと呟いた。馬車の窓から差し込む日が彼の横顔を照らしていて、とてもきれいだ、とリサは思った。
「え?」
リサは何と言われたのかわからなったので尋ねたが、
「いや、なんでもない」
ヴィルヘルムはそう言い、口をつぐんだ。その様子をリサは不思議に思いながらも、縛ら書くこの生活が続くのだと思うと、かなり憂鬱な気分であった。
「今日みたいに時々王宮へ行って、ダンスとマナーの講義を受けてもらう」
騎士団本部の詰め所に戻ってきたリサは、ヴィルヘルムの勧めにより、少し騎士団長室にて休憩していた。リサはそうなることを薄々覚悟していたが、いざ言われてみると、ああ、逃れる方法はないか思案してしまったが、もちろん言われた『役目』を引き受けることにした。
こうして、社交界のための準備が着々と続き、通常は騎士として、ある時は、ヴィルヘルム・リュヴィークの婚約者として過ごす日々を3か月送ることになった。





