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家庭教師契約

「ここまでくると『悔しいが、クツナはやはり神様のようだ。平凡な俺がなぜこんなことに』とか思うのが普通だと思いますが」

「そんな普通は、世間知らずの学生とスイーツ女子会とか言っているふわふわした女たちとカルト宗教や政治運動にはまる間抜けな奴とオレオレ詐欺に引っかかる高齢者だけだ」

「それ足し上げると、日本社会の大半を占めている気がするんですがどうですかデータ好きで自称客観主義で頭の良い茂人くん」

「莫迦ばかりの社会なんて糞食らえ」

「莫迦相手にお仕事してご飯を食べさせてもらっている茂人くんが言っちゃメッですよ」

「まず俺に食べさせてもらったお前が」

「今日は本当にご馳走様でした、次はどこに行きましょうか。憑いていきますよ」

 いきなり態度を豹変させた。というかついてくるのか。まあさっきも憑いていると言っていたし。試しに男子トイレと男性サウナとその他男性専用店に籠ろうか。

「思いきってゲイ男性の同性愛専用店に篭ってみてはどうですか。男子トイレと違ってこちらも外野として楽しめますし」

 食事を済ませたせいか、クツナの軽口が格段と増えた。というか、クツナはこれが本性なのかもしれない。

「本性は蛇神ですよ。観たいと言うのか?」

 急にクツナの口調が変わった。どこまでも芝居がかった奴だ、と思ったが、クツナの表情が消え、細められた目が全く何を考えているかわからなくなる。最初に会った際の金槌姿の方がまだ人間らしい。悪寒が走る。

 ふっとクツナが息を吐き、先ほどまでのぐでっとした間抜け顔のクツナに戻った。

「論理攻めで生きているつもりのあなたも、結構感覚で生きているじゃないですか」

 ああ、と俺は生返事をしかけ、すぐに金槌のことを思い出した。

「忘れていたけど、金槌は何のつもりだ」

「いえ、あの、殴って怪我させて、私ももうこのまま神格取消になって討伐されちゃおうかなとか破れかぶれで。今は止めましたが」

 よくわからないが、結局は通り魔か。俺はもしかして、通り魔をカツ丼とパフェで更生したのか。せっかくの休日をボランティアで潰してしまうとは悔しい話だ。

「ボランティアをやって悔しいとか、人として大概ですよあなた。社会規範に反していなくても、魂は地獄行きっぽい性格ですね」

「元々が死神だけにわかるのか」

「免許取消なので勘ですけど。というかやっと神様だと納得しましたか。ライトノベルの主人公ならとっくに納得しておりますのに」

「話を合わせてやっているだけだ。それに俺は純文学が好きな知的青年だからな」

「あの谷崎潤一郎とか渋澤龍彦とか変態な本を愛好する痴的青年十八禁ですか。私、そちらの方は恥ずかしくて苦手です」

 谷崎は名前だけ教科書で覚えた程度が普通で、変態と言ったり渋澤龍彦を持ち出したりする時点でクツナも読んでいるのだろう。思考を読めると言ったくせに大雑把な奴だ。俺が思っている文学と言えば三島とか。

「ああ『仮面の告白』とか『禁色』とか『潮騒の少年』とかですか」

 すらすらとゲイ文学を並べやがった。

「さっき思考が読めると言っていたな」

「嫌ですねもう。わかっていて言っているに決まっているじゃないですか」

 そうだろそうだろう、さっきから表情が悪戯娘という感じだ。でも蛇神の話をしたときの無表情よりはずっと良い。

 俺たちは繁華街の大通りに向かって歩いていた。とりあえずクツナを振り切るのは諦めた。諦めたというか、面白い映画をやっているわけでもなく、それほど行きたい場所があるわけでもない中、下らない話を続けているのも悪くないと思い始めたからだ。

 大通りは冬には雪まつり、夏にはヨサコイソーラン祭りと何かと催し物をやっていることが多いのだが、今日は何もやっておらず焼きとうきび売りの屋台があるだけだった。

「何もないな。円山動物園で何か動物でも見れば良かったか。大蛇とか」

「蛇神が蛇を見てどうするんですか。というか、あっちは怖いものが在るから嫌です」

「マングースか? 蛇の天敵といえば」

 クツナは莫迦にした表情で首を振り、だがすぐ真剣な顔で囁いた。

「大きい神社があるでしょう。本部に出頭なんてしたくありませんよ」

 北海道神宮のことか。何とも情けない話だが、無能クツナには本部が刑務所に見えるという話なのか。俺は話を切り替えた。

「焼きとうきび、食べる?」

「さすがに入りません。元々の霊体も蛇なので少食なのですよ。次の機会にしましょう」

 前提の仕組みをろくに説明しないくせに、名前や食事の設定だけはいちいち細かい。こいつの言う福の神の仕事について矛盾を指摘してやろうかと思ったが、読心術の正体が未だに不明だし、そもそもこいつの場合、本当にその辺の店でアルバイトしていたってまともに説明できるのか怪しいので、嘘だという証明にはなりえない。

「私を罠にはめないところは嬉しいですが、その理由が凄く無礼千万ですよね。事実を突きつけられると傷つきます」

「さらっと事実だと認めるのか無能だと」

「だって、無能ですから」

 俯くと、擦り切れたデニムに落ち着きなく手を擦り付けた。噛んだ唇に血が滲み、すんすんと洟をすする声が聞こえる。俺はそっぽを向いて、思いつきを迷いながら言った。

「お前さ、ドジ踏んでるって言ってるだろ。さっきから聞いている話、要領を得てないんだよな。論理がない、訴求力がない、経緯も目標も手段も何も見えない」

「それが何だと言っているんですか」

「だからお前は莫迦だと言っている。先輩や上司からの助言は受けないのか」

 俺の常識的なつもりの質問に、クツナは当然のように呆れた答えを返した。

「師匠は、仕事は見て盗めが信条で秘密主義者なので訊いたら怒られます。何より神というのは初めて在った時点で即戦力なので」

「元は蛇だろ。蛇仲間や親戚はどうなんだ」

「蛇は子育てしませんよ。親も知りませんし仲間なんてもの、いませんよ」

 全くの行き詰まりだが、クツナはそれが当たり前だと思っているらしく、悲しそうな素振りも見せずに淡々と答えた。何かできること。俺ができるとすれば週一回程度、仕事の客観的な分析ぐらいだろうか。

 クツナは開きかけた口を閉じ、俺を上目遣いで見上げて言った。

「本当に、これから毎週、私の仕事を分析してくれるんですか」

「そんなこと、一言も言ってない」

 言おうか迷っていた話をいきなり言われて咄嗟に否定する。だがクツナは身につけている中で唯一真新しく清潔そうなハンカチで目元を拭って言った。

「よろしくお願いします」

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