欲求満足
車のステレオからは、人気バンドのアップテンポな曲が流れる。
僕は目を閉じ、ジッとその曲に集中する。すると、騒がしい蝉の声や車道の音は途端になくなり、曲だけがそこに残る。
4分半の幸福な時間。僕の世界を満たすそのキャッチーなサウンドとリリカルな詩に僕は、しばし心を奪われる。
だが、その幸福が唐突に終わりを告げた。ラジオから音が消えた。そして僕の中の世界からもそれは消え去り、見えない隅に追いやったものがいつの間にか僕の世界に戻っていた。
目を開け、体を起こし、ラジオを見てみる。どうやら電波の調子が悪いようだ。とりあえず、他のボタンをいじってみたりしてみる。
しかし、何も音を拾わない。
僕は諦めて、倒していたシートを起こし、エンジンを掛け、車道に出た。
行き先は決めてない。ただ気の向くまま、風の向くまま流れる。
信号に捕まっている間、音を出さないステレオをいじっていると、いきなり後部座席のドアが開き、人が乗り込んできた。
「じゃ、このまま楠駅までお願いね。ニシキ」
「お客さん、乗りこむ車、一つ間違えてますね。」そう言って振り向きながら後ろのタクシーを指差す。
やはり、入り込んできたのはケンジだった。ケンジはいたずらっぽい笑みを浮かべながら、ニヤニヤしている。
朱雀賢治は高校の同級生で3年同じクラスメイトだっだ。