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宝物  作者: 黒井羊太
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宝物

宝物とは何か。

ガチャッ、と受話器を置く。その顔は満面の笑みが貼り付けられていた。

「お父さん、気持ち悪いですよ」

「そうか? ははは~」

 母の冷たい言葉にも、父は堪える様子を見せなかった。

「何かあかり、言ってました? 随分嬉しそうですけど」

「昨日までと違って、今日のあかりはノリノリだったよ」

「そうですか。何かあったのかしらねぇ」

「あったんだろうな。ともあれ、良かった良かった」

 楽しそうに酒を喰らう父。相変わらずハムスターで遊んでる母。

 いつも通りの光景だ。

「昨日は凄い怒ってたからなぁ……あかりんも成長したって事か……」

 感慨深げに頷く。父の頭の中には過去のあかりとの思い出が走馬燈のように流れている。

「お父さんはさっぱり成長なさいませんけどねぇ」

 母からの厳しい言葉に現実に引き戻される。思わず苦笑いをする。

「そうかもな。母さんは……変わってないなぁ」

「い~え~、年取りましたよ。すっかりお婆さん」

 冗談めかして言う母の顔を見る。出会った頃を思い返せば、やはり年を取った。自分もきっと、周囲にそう思われているのだろう。徐々に自己主張を強める腹を見れば、自分でもそう思う。

「変わっていくなぁ……」

 ぽろっと、呟く。漏れ出た言葉が、夜の静寂に飲み込まれていく。また何も無かったような静寂が広がる。

「そうですねぇ」

 溜息混じりに、母が相づちを打つ。

 静寂。

 お互い何を言い出すでもない。ただ無駄に、静かに、緩慢に、時間が流れていく。

 ふと思いついたように、母が口を開く。

「あ、そうだ。お父さん、一つだけ……」




 数年後。


 あかりと父の悪ノリで出来上がった新国家は、世界に馴染んでいた。金地の国旗も、秋田弁の国歌も、領土も、制度も、何もかもがどういう訳か上手く行った。


 あかりは、何だかんだと多忙で、相変わらず実家に帰れなかった。ちなみに新国家へはパスポート無しで入れるよう、日本と提携を結んだ。いずれにせよ、日本を通過しなければ国内へ入る事が出来ないのに加え、人員を割けない為だ。

 暑い暑いこの夏、ようやく暇を見つけ、実家へ帰る事が出来た。


「お~い、娘が帰ったぞ~」

 荷物をどかっと玄関に置き、あかりは家の中へと声をあげた。置くからドタドタっと足音が響き渡り、続いて父が姿を現す。

「あかり~~~!!」

 諸手を広げて迫ってくる父。そこに『北の将軍様』(マスコミ報道ではこういうキャッチフレーズで落ち着いてきた)の顔はない。テレビでは見慣れた、記憶より少し老けた父の破顔である。

「お父様、お荷物を持っていってくださるかしら?」

 父を出迎えたのは、娘のこれ以上ない暖かい笑顔と、冷たい言葉だった。抱擁じゃなかった事に少し悲しげな顔をしたがすぐに笑顔になり、父は荷物を持っていった。

「お母さんは?」

「あぁ、買い物行ったよ。すぐ戻ってくると思うんだけど」

「そう。……父さん、仕事は?」

「あかりが来る前に全部片づけたよ。大事な愛娘が帰ってくるんだ、仕事してる場合じゃないだろぉ」

「そういうもんかねぇ……」

 何気ない会話。電話越しでしかしてこなかったが、直に話すのは少し違う感じがする。内容が下らなくても、中身がすっからかんでも、久しぶりという付加価値が喜びを醸し出している。

「しっかし国家が出来たってのにこの辺の景色は全然変わらないのねぇ。あまりの変わらなさにビックリしちゃった」

 あかりはここに来るまでの間、景色が自分の記憶の中の物と同じである事に素直に驚いた。どんな町でも何年かすれば大概大きな変化があるものだ。でかい建物が建ったり、畑が荒れてたり、木が切られたり。諸所にちょっとした違いはあるものの、とても国家が成立した変化以上の物ではない。

「あぁ、母さんがな」

 父は母の声色を使って言葉を続ける。

「あかり達が帰ってきても戸惑わないように、この町を変えないで、って言ったのさ」

「戸惑うってね……」

「いつ戻ってきても、ちゃんと安心して迎え入れられる町を、このまま残したいんだろ。俺もそう思うし」

少し、意外な気がして、しかし納得した。母は建国に際し、何一つ発言していない。母が何か言ってた事に驚き、母らしい発言に納得したのだ。

「母さん、文句一つ言わなかったし、たった一つのお願いだったからね。何よりも優先事項で閣議決定さ」

 この父の口から閣議決定。ミスマッチな単語に吹き出す。

「笑う所じゃないだろぉ……」

 あ、拗ねた。

「ごめんごめん。……ところで母さんはまだかな?」

「あれ?そろそろ帰ってきても良い頃なんだけどな」

 時計を見て、首を傾げる。

「すまん、ちょっと迎えに行ってくるわ」

「行ってらっしゃい」

 ドタドタと駆けていく父の背中にぱたぱたと手を振る。

 やがて一人になり、静かになる。


 深呼吸一つ。

 体の中に、懐かしい空気が広がっていく。爪先まで届いたら、ゆっくりと吐き出す。

 何年ぶりだろうか。何にも変わらない。

 この夏の空気、家の影、古ぼけた時計、家具、柱。

 少しずつ変わってる。でも、昔と変わらず心地良い。

 

 二人分の足音が遠くに聞こえる。

 あかりは宝物を見つけたような気持ちで、音のする方へ歩いていった。

これがホントの核家族。

ご愛読ありがとうございました。

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