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宝物  作者: 黒井羊太
7/8

理解

父と娘の電話。いつだって緊張します。

 帰りの電車の中、一人思考に耽る。

 肩の力を抜く、ねぇ。

 そもそも肩に力を入れている自覚がない。ので、抜ける筈もない。大体以てそんな状況ではない。

 ここ数日の父の暴走は、普通ではない。好き勝手やりすぎ、やり放題である。その為に、自分の生活も大分おかしくなってしまった。ロクに話した事のないような奴まで、父について聞きたがる。鬱陶しい。

 自分を取り巻く環境。静かな筈の環境。常に誰かに父の事を尋ねられる日常。この変容はあたしにとって耐え難い苦痛だ。

 奇異の目。好奇の目。嫌だ。あたしは珍獣か。

 考えるほどに腹が立つ。腹が立っては父を思いだし、更に腹を立てる。

 反復思考。

 そして自己嫌悪に至る前に停止する。

 ふぅ……

 大きな溜息を吐く。

 溜息を吐いたら、少し頭が軽くなった。その頭で思考を巡らせる。

 状況は確かにこれ以上ないくらいおかしい。父が核を持ってると言いだし、それの証明だとかで独立国家を建設。意気揚々としていたのに娘に叱られてしょぼくれてるだろう父。

 テレビにはおくびにも出さない父の一面。見てもいないのに頭の中で映像が流れてくる。そんな父の背中を想像すると、思わず吹き出しそうになる。

 ふと、自分が余りにゆとりがない気がした。

 あぁ、そーか。

 何となく、父の身勝手と周りの奇異な視線に、イライラして疲れていたんだ。知らずに疲れてる自分に、原因が分からず苛ついていた。悪循環が巡り巡って悪い方へ悪い方へと感情を貶めていた。あたしの心に、ゆとり、と言う言葉が欠けていった。気がする。苛立ちばかりが心を占め、何一つ受け入れられない。

 勝子は、この状況を楽しいと言った。そうなのかも知れない。実家が独立国家になった。頭の悪さに呆れもするが、何だって出来るという自由もある。何も出来ない、と考えるよりも、何が出来るか、を考えると、それだけでウキウキしてくる。

 こみ上げてくる笑いを必死に噛み殺すあかりの肩は、気付いたら大分下がっていた。

 


 とはいえ、父には随分な事を言った。悪意に満ちた言葉。しかしその全ては事実。その正しさと動機の不純さが、葛藤を引き起こす。何て言えば良いんだろう。そもそも謝るべきなのか。悪い気もするし、悪い事してない気もする。謝る必要はない。

 あかりは、布団の上で携帯片手に身悶えしている。ごろらごろらと転がり、ピタッと止まってはまた呻りながら転がる。

謝るべきか、謝ざるべきか。どっちつかずのまま時間は過ぎていく。

突然、携帯が震える。ビクッと体を萎縮させるが、何の事はない、ただの着信だ。

 画面を開いてみればそこには父の名前。

 初恋の人に再会するよりも。大学受験の合格発表待ちの時よりも。比べ物にならないほど心臓が五月蠅い。

 こういうパターンは考えてなかった…

 頭は真っ白である。

 と、取りあえず出なきゃ……

 通話ボタンが、押される。


「もしもし?あかりんか?」

「もっ、もしもしっ。あかりです」

 緊張のあまり言葉に妙な力が入る。

「? どうした? 何か変だぞ?」

「い、いやっ、何でもないよ。それよりどうしたの?」

 父は一瞬、あかりの奇行に考え込んだが、すぐに言葉を続けた。

「テレビ見たか? また俺が映ってるぞ!」

 子供がいる。本気でそう思った。呆れもしたが、凹んでる様子を見せない父に、少しホッとした。

「今つけるよ」

 投げやりな口調でテレビをつけると、そこには父が映っていた。その手には金地に扇がでかでかと描かれた紙がある。

 状況を飲み込めずしばらく見入っているとテロップが入った。

『秋田の新国家、国旗はこれ!』

 ぱかーん、と口が開く。

「どうだ。国旗だぞ~。やっぱ国を作った以上、国旗は必要だよな、うん。で、父さんが好きな扇盛からインスピレーションを得て絵の上手い虻川さんに描いて貰ったんだ。いい感じだろ?」

 虻川さんは近所でも絵が上手い事で評判の人だ。たまに個展なんかも開いたりしていた。

「どうだったって……」

「まだ仮決定だから、何か言いたい事があるなら今の内だぞ」

 相変わらずばんばん話を進めていく。そのバイタリティーに呆れもしたが、笑えもした。

 こういう人なんだ。生きたいように生きてるだけなんだ。娘にあんなに叱られても、テレビにはおくびにも出さず、まだまだ前へと進んでいく。止めたって止まる人じゃない。

 なら……

「扇はともかく金地は悪趣味よね~」

「何っ!? ……そうかぁ?」

「そうよ。もっとシンプルにまとめてよ。他の国旗見てみ?もうちょい大人しいでしょ」

「誰かと一緒でなくても良いだろ~? 折角新しい国家なんだし」

「……それもそうか。なら……」


 その後、新しい国家についてあれやこれやと語り合ったあたし達は、笑いながらおやすみと電話を切った。


「はぁぁ~……」

 今朝までとは違った溜息をつく。

 ここ数日の鬱々とした気分が嘘のように、晴れやかな気持ち。腹の底から(女の子の使うべき表現ではないが)清々しいものがゴボゴボと湧いて出てきて(これも女の子が使うべき表現ではない)、全身に満たされている。

 父は、変わっていなかった。あれだけの事を言ったにも関わらず。あれだけ言ってやったにも関わらず。

 嬉しかった。

「今日はゆっくり寝れそうだわ」

 床について、ふと思い立ち携帯をいじる。しばらくして満足げに画面を見つめ、布団にばたり、と倒れ込んだ。


 眠い目を擦りながら、ブーブー言ってる携帯を手探りで探す。

 ガツっと目覚まし時計に指をぶつけ、短い悲鳴をあげるが、それでも懲りずに手探りで携帯を見つけだす。

 付いたままの充電コードを無視しながら手元に引き寄せる。ガシャガシャっと色んな物が崩れ落ちるが気にしない。

 メールが届いていた。

 開いてみると、あかりからの物だった。短い文章、というより単語が送られていた。

『ありがとう』

 頭に?を浮かべたが、勝子は満足げに笑って

「良かったねぇ、小島さん……」

 呟いたところで力尽き、くーくーと寝息を立てて夢の中へ戻っていった。

面白いことにはのっかる。これが幸せへの近道かもしれません。(適当

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