表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宝物  作者: 黒井羊太
6/8

仕事

娘はまだ苦悩しています。

 あかりは、幾度目とも知れぬ溜息を吐いた。そしてそれと同じ数だけ、溜息をやめたいと思った。

 止めようと思って止まる物ではあるまい。分かってはいる。しかしどうにかして止めてしまいたいのだ。いっその事息を止めてしまえば吐く息も無くなるだろうが、流石に命を終わらせるつもりはない。

 自分の父親の暴挙。あかりの日常を変えるのには十分なインパクトであった。方々から事の真相の事から父親の趣味まで根掘り葉掘り聞かれるのだ。いちいち応えるのも面倒で、無視をすれば家までついてきそうで。適当な返事をしてやったら、「新国家の顔! 小島氏の趣味はネイルアート!!」とか報道されたが、まぁ因果応報だろう。気にしない気にしない。

 今は仕事中だ。少し集中して下らない事は忘れよう。……そうだ、そんな下らない…下らな……下ら……

 はぁ。

 また一つ、幸せは逃げてしまった。座ったままの背中が小さくなる。

 しかし今回に限っては、幸せが逃げるだけでなく、不幸がやってきた。

「ど~したの?小島さん。また溜息なんて吐いちゃって」

 うわ。

「うわって何よ」

「人の心読まないで下さい」

「分かりやすい顔してんだもん」

 言ってあかりのすぐ脇に立つ白衣の女は笑って見せた。あかりは少し、ウンザリした。

 この女は亀井勝子。仕事場の同僚で、話好きな女である。別にあかりが話嫌いな訳ではないが、この女の話好きはある種異常である。仕事の合間と見ては話しかけてくる。最初の頃はまだまじめに聞いていたが、人となりが分かってくるに連れ、あまり聞く気にならなくなってきた。

 あかりにとって不幸だったのは、溜息を吐いたのが仕事のちょっとした合間で、あかりの近くに亀井が居た事である。そして丁度、その女は暇をもてあましていた。肉食獣の前に立つ草食動物の構図である。猫まっしぐらである。

「またお父さんの事? あれは超衝撃的だったからねぇ」

 ケラケラと笑いながら、他人事のように(事実他人事だが)あかりを突っつく。本人にとっては深刻で突かれたくない事を、どうでもいい話のように突き回されるのは嫌いなので、あかりはいよいよブスッとする。

「そんな下らない話題は良いですから仕事して下さい、仕事」

「あ、怒った。す~ぐムキになるんだから」

 いちいちイライラする。ただでさえ昨日の事がある。人と会いたくはない。が、仕事を休む訳にも行かず家を後にした。

 収まった訳ではない。というよりも、収まる収まらないの問題ではない。あたしは感情に任せて父を詰った。その罪悪感が背中にびっしりと黒い影となってこびりついて離れない。気にしないつもりでふとまた思い出す。思い出しては凹み、また気にしないように努める。悪循環が繰り返される。そこに受けたくもない刺激が来る。

「怒ると肌に良くないわよ~?」

 本気で心配してくれるならその五月蠅いお口にチャックなどをご使用願えませんか?とにこやかに言ってしまいたい。しかし口にする訳にもいかず、ぐっと堪える。どうせ言った所で治る訳がない。

「そ~ですね~。さて、仕事仕事」

「あら、つれない。淋しいわねぇ」

 心にもない発言に苛立ちを覚えつつ、こっから先は一切発言しないぞと心に誓う。

「でも楽しいお父さんよねぇ。あんな事やらかすなんて」

「どこがっ!?」

 誓いは二秒で崩れた。思わず机に手を打ち付けながら、大声を上げてしまう。

 流石に勝子もキョトンとした顔で数瞬立ち尽くす。が、すぐにいつもの笑った顔になり、

「お父さんと喧嘩でもしたの?」

 ズバッとカサブタを切り裂くような一言。的のど真ん中を射た言葉に動きが思わず止まってしまう。

「あら、図星」

「五月蠅い」

「そっかそっか、だから不機嫌なのか。なぁ~るほどねぇ~」

 ムカムカ。

 怒鳴りたい気持ちはあったが、飲み込む。吐き出しそうなくらい大きかったが、何とか堪える。

「亀井さんはホント気楽よね。他人事だからって言いたい事言って。羨ましいわ」

 最大限の皮肉を込めた言葉を、雑巾絞りの残り一滴のように絞り出す。どうだ、と勝子の顔を見るが、期待はずれの顔がそこにあった。

ポカーンとして、珍獣を見るような目であかりを見つめていた。

「……何よ、その顔」

「小島さんは、気楽じゃないの?」

 突拍子も無い言葉。今度はこっちが、ポカーンとする。何を言っているのだ?

 僅かな空白の後、間抜けな声で

「は?」

と漏らした。勝子はそれを聞いてプッと笑い、

「何その顔。いくらなんでも間が抜け過ぎよ」

 ケラケラと笑う。腹を立てるべき場面だが、何となくそう言う気分にならなかった。ポカーンとしたままその理由を何となく考えるが浮かばない。何でだろ?腹は立っているのに、どうしてか腹が立たない。

 ひとしきり笑った勝子は、大きく一つ息を吐くと、あかりを見ながら話した。

「前から思ってたんだけどね。小島さん考え過ぎよ。もう少し肩の力抜いたらいいんじゃない?」

 ……う~ん……

「生死に関わるようなんじゃ勿論ダメだけど、そうじゃないなら全部楽しむくらいでなきゃ」

 ……あ、やな予感。

「何せ人生は一回きりなんだから」

 言われ潰された聞きたくない言葉にウンザリしつつも、何となくこの言葉が答えな気がした。

父の趣味はネイルアート……

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ