経緯
母は強し
次の日には、世界中から問い合わせがあった。問い合わせと言うよりも、非難だ。怒り心頭である。やれ「日本は非核じゃないのか」、「そんな屁理屈が通るのか」云々かんぬん。当然の意見である。
しかし小一時間もすると、
「あ~」
みんな納得していた。そういうものだ。
僅か二日にして国際社会から平和裏に独立国家として認定された。
「何だよ~、核使う暇無かったじゃん」
酒を呷りながらぶつくさ文句を垂れる父。左手には頼りないコードが一本だけ繋がる四角い物体がぷらぷらしている。
「上手く行ったのは良いんだが……上手く行きすぎてな~……」
心底つまらなそうな顔をしている。
「つまらないならやらなきゃいいじゃないですか」
台所にいる母からの至極当然のツッコミが入る。こちらはしょうがなさそうな顔でつまみを作っている。
「だってなぁ……あかりんに核持ってるって言っちゃった手前、どうにかして証明しなきゃならないだろぉ? そしたら……」
「はいはい。いいじゃないですか。下手して余計な諍い起こすよりは」
「ん~……そうなんだけどね。思った通りに行き過ぎるのも面白くないんだよ」
勝手な事を言う。
「じゃぁどうしたかったんですか?」
「そうだなぁ……どっかの国が反発して、格好良くズバーン!と一発、こいつを……」
言いながら、左手に持っているボタンを押す真似をする。その動作に一瞬ピクッと母が反応する。が、すぐに何でも無いように振る舞う。
「まぁ撃ったら撃ったで面倒になるんだろうなぁ。これで良かったのかもなぁ……しかしなぁ……でもなぁ……」
ブツブツと独り言を言いながら、再びボタンをぷらぷらさせる。
「……しかしお前は怒らないんだなぁ。こんな事になったって言うのに」
ふっと、父が漏らした。母はその言葉にも顔は向けず、盛りつけを終わらせながら満足げな顔で
「あら? 怒ってないと思ってらしたんですか?」
とさらっと答える。
瞬間、父の酒を注がんとしていた手がピタリと止まる。固まって動けなくなったのだ。
嫌な汗が全身を覆う。拭うにも体が動かない。まるで汗が体に絡みついて動きを押さえ込んでいるようだ。冷たく、鈍い感覚が襲いかかる。
そんな父の様子を知ってか知らずか(多分確信犯だが)、母は言葉を続ける。
「あらあら。冗談が通じないんですねぇ。ここに嫁いできた日から諦めてますよ。こんな突飛な行動は」
母はつまみを運び、ハムスターの元に座る。視線はハムスターに注いでいる。ハムスターは無心にヒマワリの種を口の中へせっせと運んでいる。
母の言葉が切れると、父は若干ぎこちないながらも再び動き始めた。
「そ、そ、そうか。なら良かった」
たらたらと冷たい物が全身を流れていくのを感じながら、何事もなかったように酒を注ぐ。
その姿を見ず、母は笑顔で言葉を続けた。
「勝手に国を作ろうが、そのせいで可愛い娘達が帰って来れなくなろうが、近所の奥様連中から冷ややかな目で見られようが最初から諦めてますよ~。ね~、はむちゃ~ん」
再び、父の動きが止まる。言われる事は分かっていただろう。分かっていたのにその時は……
昨日のあかりとの電話の後、父は夜分だというのに近所連中との飲み会に参加していた。
そこであかりとの電話のやり取りを肴にしようと話した所、面白いからそれやろうぜと隣の吉田さん。それに乗っかった向かいの佐藤さん、携帯でどこかに電話して、件の発言。あれよあれよと成立し、お前は何大臣、お前はこれと酔っぱらった勢いに作った。
酔っている内はあははで済んでいたが、改めて考えるととんでも無い事をしたなと少しだけ反省した。すぐに忘れた。
しかし女はどうにも納得してくれないようだ。いやまぁ一言も相談しなかった父も悪いのだが。いや、明らかに悪いのだが。
ややバツが悪そうな顔のまま父はその場を切り抜けようとする。
「ま、まぁなってしまった事はしょうがない。この町内会は独立国家として頑張っていくしかないんだな。ささ、寝よか」
瓶をさっさと冷蔵庫にしまいこみ、お猪口を洗い、寝床に着く。その早さ、正に神速。
母は、ふぅと一息吐いてから、もうしばしハムスターと戯れていた。ハムスターにとっては良い迷惑だった。
母は恐し