喧嘩
そりゃあ喧嘩にもなりますわなぁ。
一息ついて、実家に電話をかける。今朝は回線が混み合っていてかからなかった。もう良い時間帯だし、起きてれば出るだろう。
トゥルルルルル……トゥルルルルル……カチャッ
「おう、あかりん。どうだ、テレビ見たか? すごいだろ~、俺、テレビ出ちゃった~♪」
嬉々とした声が耳に入る。少し、嫌になる。
「何してんのよ。あれはどうなってんの?」
「何って……昨日あかりんが……」
「あんなん冗談に決まってるでしょ! ていうか何で出来るのよ!」
「だから核持ってるから。言ったじゃん」
はぁ~……と溜息。
「いや~、町内会で決めたんだよ、あの後。そしたら向いの佐藤さんがちょちょっと電話して、『独立国家認めてもらえたよ~』ってんだ。びっくりしたよ、流石に。うん」
一応その辺の事情は晩のニュースにはまとまって紹介されていた。
突然内閣府に電話があり、核の保有を宣言したらしい。慌てて隠蔽しようとしたらしいが、隠す事はかえってばれた時の国際世論からの非難が尋常じゃないだろうと判断、いっその事独立国家として認定して『日本国内には核兵器は存在しない』と明言した方が賢明と言う事であっさり認められた。屁理屈である。
「無茶苦茶よね……」
「ホントなぁ。んで今朝から電話鳴りっぱなしでね。色々応対が忙しいのよ。連絡遅れて悪かったなぁ」
「そう言う問題じゃないでしょ」
全くである。
「しかもこれじゃどう足掻いても帰れなくなったじゃない!」
「……へ?」
「だって……パスポート持ってないし……」
長い長い沈黙。
「……あっ!?」
「あっ!?じゃない!」
違う国になってしまったので、当然それなりの手続きが必要になる。当然そんな事まるで考えてなかった父にとって、これは痛手であった。
「も~馬鹿なんだからお父さんは……」
電話の向こうでしゅんとなってる父の姿を思い浮かべ笑いかけたが、ここはぐっと堪え、文句を畳みかける。
「事実上帰れなくなりましたので。お父様のおかげで」
語尾に力が入る。我ながら棘のある言い方だと心の中で嘲笑う。電話の向こうからはいよいよ力を無くした父の声が聞こえる。
「は~ぁ……俺はあかりんに帰って来て欲しいだけなのに……何でこんなんなったんだっけ……あぁ、核持ってるって話か……」
心底残念そうだが言ってる事は無茶苦茶である。何故あたしが帰るのに独立国家になる必要があるのか?あかりにはどうしても理解する事が出来なかった。
「あ~……眠いからもう切るね、おやすみ」
面倒くさくなって電話を切る。どうにも、あたしは最近怒りっぽくなったらしい。一方的に切ってばかりだ。色んな意味を込めて、一人、深い溜息を吐く。
「ありゃぁ……切られちゃったな」
受話器を置く。少し淋しげな顔をして、父は八分ぶりに一升瓶と向き合う。扇盛と書かれたその瓶を傾け、猪口に注ぐ。ぐぐっと飲み干す。
「くはぁ。今日も酒が旨い!」
「程々にして下さいね。もう若か無いんですから」
隣の部屋から女性の、どうせ言ってもやめないだろう、という諦めの混じった声がする。
「そうだなぁ……しかしこれをやめたらいよいよ萎んじまうわ。しわしわの爺さんにならん為の水分補給だ」
からからと、脳天気な笑い声が響く。
「早く爺さんになってくれればいいのにねぇ。ね~?はむちゃ~ん」
女性は父の声を背中に聞きながら呟く。手元では後ろ足を持ち上げられていやいやと暴れているハムスターが居る。
「しっかしこんな事になるとはねぇ。いや、世の中面白いもんだ、こりゃ」
「面白いもんですかねぇ」
「何だ、母さんは面白くないか?」
「い~え~。分からないだけですよ~。ね~?」
興味の無さそうな女性――改め母。相変わらず視線はハムスターに向けられている。酔いが回って気持ちが良かった父はそんな様子が少し面白くなかった。
「ふ~ん……ま、明日も忙しいから、さっさと寝るわ。おやすみ~」
ぱぱっと片づけ、寝床に入る。母はしばらくハムスターをいぢめていた。
どこへ転がっていくやら……