蜂起
家族のために核蜂起するハートフルストーリーです。
「……は?」
起きたばかりのあかりは目を丸くした。
目の前にはつけたばかりのテレビ。美人のアナウンサーが眉に皺を寄せ、深刻そうな顔をして読み上げるニュースは、およそあかりの理解を超えていた。
「今日未明、大館市にある酒屋が周辺住民を巻き込み、日本国からの独立を宣言しました。代表は小島氏で、『日本が嫌になったから、作った』との声明を発表しました。尚、小島氏は”核”を保有して居るとの事ですが、詳細は不明です」
あかりは呆然としてテレビの前に立ち尽くしていた。テレビには、にこやかにフラッシュに応える父が居た。
その日、仕事に二十分ほど遅刻した。
夕方。
仕事場で散々質問攻めにあい、それをかわしながら仕事を終え、帰宅。
「……疲れたぁ……」
全身から張りつめていた物がどっと抜けるのがはっきり分かった。体がくしゃくしゃになって蹲りそうになるのを堪え、居間までフラフラと歩きソファに倒れ込む。
指一本動かない体と妙にはっきりしている意識。何とはなくに、昨日の事を思い出していた。
「あれ……だなぁ……」
ぼそりと呟く。今朝のニュースには、思い当たる節があったのだ。
昨日の晩。久々に父から電話があった。
「もしもし、あかりん? 元気か?」
「ん~元気よ。どしたの?」
「あ~、そろそろ帰ってこない?」
あかりは秋田から東京の大学に進学し、卒業し、就職。そのまま東京に落ち着いている。そう言えば今年の頭に帰って以来、バタバタと忙しかったせいで半年ほど帰ってない気がする。
「そろそろってもこんな半端な時期に帰れんよ~」
「何だよ~。お前もかよ~ブルータスぅ~」
「ンな事言っても無理な物は無理よ。年末年始くらいは帰るようにするから」
「そんなに待たなきゃならんのか。上のにも無理って言われたぞ」
上というのは、あかりの姉の事である。こっちは年の分だけ早く仕事を始めていて、あかりよりもずっとバタバタしている為、実家での姉の姿はここ最近とんと見ていない。
「忙しいみたいよ~。何だかんだと姿を見たり見なかったりだし。あれじゃ帰れないわよ」
「忙しいからって帰ってこないなんてさ……」
「はいはい、拗ねないの。可愛くないから」
拗ねる父親を一蹴。いつもの事だ。そして父親は最近こういう対応をされると必ずこういう。
「何だよ~。寂しさのあまり家を核で吹っ飛ばしちまうぞ~。いいのか~」
出た。あかりは思わず携帯を切ろうとしてしまった。
父は、昔から何かあるたびに「核」と言う言葉を使う。
思い起こせば幼少時代、叱られる度に「核で吹っ飛ばすぞ!」と怒鳴られた。核なんて良く分からなかったが言い方が怖かったので泣き出してしまった。成長するにつれ、核の恐ろしさに震え、持ってる訳ないじゃんという呆れへと変化していった。父の言い方も変化し、威圧的な使い方から、先のような心中を迫ってる女の如く情けない使い方をするようになった。
それ故、この言葉はあかりにとっては最早威嚇どころか神経を逆撫でする効果しか持たない。
「やれるもんならやったらいいじゃん」
「やったら母さんが可哀想だからやらない」
「ダメじゃん……」
呆れて何も言えなくなってくる。大体このパターンに落ち着くので言うネタも尽きている。それでも懲りずに言う父に苛立ちが募るばかりであった。
普段ぐっと堪えているイライラを、今回抑える事が出来ず、あふれ出してしまった。
「そうやってさ~、核だか何だか知らないけど娘脅しつけるのやめてよ。本当」
早口で捲し立てるあかり。それを聞いた父、電話の向こうで狼狽しているのがはっきり伝わった。
「そ、そんなに早口で言うなよぅ……俺はただ淋しいから……」
「淋しいからってありもしない核で脅すのはやめてよ。というか何で核なの? 持ってるとでも言うの?」
その質問に、父はふと冷静な声で、
「ん?いや、核はあるぞ」
と宣った。その余りに当たり前みたいな喋り方にあかりは納得しかけた。が、数瞬後
「いやいやいや。そんな訳ないから」
首も手も全力で振りながら(電話だから相手に見えないのにも関わらず)否定する。
そのあかりの否定の言葉にも、
「俺の爺さんの代から持ってるぞ。代々発射スイッチも受け継がれてるし。あれ?見せた事無かったか?」
と父は当たり前のように解説した。
呆れて物も言えなくなってしまう。父の爺さんは江戸時代に足を突っ込んでいる。そんな時代に、核爆弾という単語すら、世界中を探したってなかった筈である。
「無いもんは見せられないでしょ。あるって言うなら証拠見せてよ、証拠」
怒りに任せて威圧的な口調で捲し立てる。
「帰ってくれば……」
「無理」
予想通りの答えに即答。
「うっ、じゃ、じゃぁどうすりゃいいんだよぅ」
「そうねぇ。……独立国家でも作ったら?」
最近、そういう漫画を読んだ。
「独立国家かぁ……いいかもな」
「はいはい。好きになさい。もう相手すんのめんどいから。切るね」
プツッと短い音。そして静寂。
これかも。と言うより、確実にこれだった。
まだまだ続きます。




