52話
煌々と光がたかれた空間に、脚を踏み入れる。
正面から見るキメラは、予想以上に醜悪だった。
獅子の鬣に覆われて見えなかった、その顔は人を模したような顔をしていた。
思わずのどが鳴る。
求めていた相手に、相対したからではない。
純粋な恐怖だ。
幼いころから、蜘蛛だ、虎だと自分より強い相手と対峙してきて、恐怖には耐性があると自負していたが、見てはいけないものを、目にしてしまった恐怖。
これには、逆らえそうになかった。
「グフフフフ、よよ、よくここまで、でで、き、来たな。しょしょ、矮小な、に、人間たちよ。」
喋った・・・・・・壊れたテープのような音声データを辛うじて拾うようなとても、耳障りな声。
その風貌と相まって、別次元の存在に思えてくる。
ゆっくりと身体を起こし、大きく目を見開くキメラ。
一部眼窩が陥没しているのか、右目は常に地面を瞳に捉えているように思える。
毛が禿落ちている、獅子のような耳を動かし周囲を観察しているようだ。
「ググフフフ、お、面白、い、者をつつ、連れてきているよう、だな。」
人を模した顔が歪み、笑みを浮かべているように見える。
その様子を見上げる俺。
間近で見上げるそれは、想像よりも大きな体躯をしていた。
前世の記憶にもない、凡そ地上の動物ではあり得ない大きさをしていた。
四肢が自重に耐えられないのではないか?
そう疑問に思うのだが、現にそれは四肢を伸ばし、大地に立っている。
圧倒されて固まっている俺達の視界に、見慣れた魔法が降り注ぐ。
クラウディアが見かねて、先制攻撃を仕掛けてきたようだ。
それを見たことで、俺達は現実に引き戻される。
「ウググゥ」
比較的短いうめき声を上げてクラウディアの方に向き直ろうとする、キメラ。
ラインハルトとカチヤが地を蹴って、キメラの側面に攻撃を仕掛ける。
尻尾に生えていた蛇たちが2人を妨害するように振るわれる。
まるで、バラ鞭が如く振るわれたそれ達は、纏まっているようで、一つ一つが意志を持って2人を迎撃しているようにも見える。
2人が蛇の迎撃に飛ばされるのを見た俺は、咄嗟に火の弾を放つ。
咄嗟ではあったが、込められるだけの魔素を込めた弾だ、貫かないまでも胴にダメージを与えられる、そう確信していた。
蝙蝠のような羽根を振るわれ、発生した突風によりその火の弾はキメラに到達する前に
消失してしまった。
ラインハルトが行うような風で弾くと言った、防御方法ではない。
風でかき消されてしまった。
初めて見る、その光景に唖然として立ち尽くしてしまった俺に、再度向きを直る反動で振るわれる前足が迫っていた。
予想よりも早いキメラの攻撃に防御態勢が間に合わない。
走り込んできた、ラインハルトとラインハルトが創った風の壁ごと吹きと飛ばされる。
条件反射でとった受け身と、身体を覆う風の感触で戦闘不能は避けられたようだ。
これが、足りない20点を補う課題だとしたら正直、補習の方がきつすぎる。
・・・・・・いや、戦闘が始まったなら相手を倒すことに集中しないと。
こんな姿をダグラス先生に見られたら、あれの方が振る舞われる。
そんな事を考えると少し吹き出してしまう。
「ラインハルト、今のことは先生には内緒だぞ。」
「2度目があったら、覚悟しろよ。」
「ああ。」
よし! 力みが抜けてきた。
ここからだ!
そう、ここには相克を解明するために来たんだ。
しかも実験をぶっつけ本番でやるために!
そう考えたら吹っ切れたな。
火よりも風の方が強いことは分かった。
なら、火よりも質量のある土ならどうだ?
先ほどとは違い、キメラの足元で巧みに剣を振るうカチヤ。
そこを避けるように土、岩の弾を撃ちだす。
先程のように突風を起こし、避けようとするキメラ。
先ほどとは違い、勢いが多少弱まるも真っ直ぐに、キメラの胴体を捉える土の弾。
「ウグ、」
ダメージはあったようだが、体勢は崩れない。
「ぐ、愚者の業を、つ、使えるのが、己らだけと、お、思うなよ!」
そう言い放つキメラが俺の方を向き口を大きく開く。
嫌な予感がして、咄嗟に水の弾の雨をキメラの口に向け放つ。
キメラが吐いた炎と俺の水が相殺され、蒸気を生み出す。
?
火が風と水に弱い?
セオリーなら対応するのは一属性だけのはず?
確認をしないと・・・・・・。
足元にいるカチヤと、ラインハルトを前足で遠ざけようとするキメラ。
カチヤの持つ竜鉱の剣は、その役目を存分に果たし足や腹の毛皮を切り裂いている。
しかし、その巨体に対して与える傷は微々たるもののようだ。
何時しか前足はカチヤの影のみを追っていた。
苛立ちを隠せないキメラが、大きく息を吸い込む。
「カチヤ!」
声を張り上げ合図を送る。
足元から離脱するカチヤを確認し、大きめの風の弾を放つ。
予想通り炎を吐きだすキメラの正面に、土煙を上げながら風の弾丸が迫る。
炎に包まれる風、風の勢いを受け勢いを増す炎。
縮地で炎を避けながら、その様子を観察する。
さっきとは明らかに炎の威力が増している。
目に見えて大きくなった炎を横目に、考えをまとめる。
威力がほぼ同じなら風より炎が強い?
なら、水、炎、風、土の順か?
いや、風に対して土は有効だった。
試しに、土と同じ量の魔素を込めた水の弾を撃ちだす。
キメラの起こした風により水の塊は霧散する。
寧ろ水気が風に乗り、皮膚を刺すような冷気を纏っている。
何かが思考の中に紛れ込む。
覚えがある、寧ろ慣れ親しんだ感覚。
漫画によくある設定。
あれだ、五行説。
ここまで来れば、っと!
思考に夢中で脚を止めていたようだ。
キメラが前足で地面を引っ掻いて、礫を飛ばしてくる。
危うくぶつかりそうになるが、寸でのところで避けることに成功した。
時折ラインハルトやカチヤが派手に飛ばされることも
あるようだが、まだ、余裕があるように見える。
クラウディアも魔法や矢を飛ばして前衛に意識を集中させないように絶妙なタイミングで攻撃している。
だけど、こちらには決定打がない。
竜鉱の剣で付ける傷は小さく、また時間がたつと塞がっているようだ。
何故なんだ?
魔物のように見えるキメラ、言葉をしゃべると言うことは知性があると言うこと。
なら、身体魔法も使えるのか?
それとも未だに姿を見せない魔族が、何か傷を治しているのだろうか?
”愚者の業”キメラはそう言った。
間違いなく魔族とつながりがある。
魔法のこと、魔族のこと考えることが多くて、攻撃のチャンスを逃してしまう。
このままでは危険だ。
「ラインハルト! 5、いや、3分時間をくれ!!」
標的が減ることで、仲間に掛かる負担は多くなる。
だけど、今の思考状態では、致命的なミスを犯す可能性が高い。
ならば、片付けられることを一つずつ片付けよう。
先ずは魔法のことだ。
「早く帰ってこいよ!!」
そう言って、風の壁や、盾その物を使いながらラインハルトは、カチヤのフォローに入る。
元来た通路に引き返し、身を隠すと俺は地面に剣で文字を刻んでいく。
円を書いて頂点に火の文字
火と風の関係、風と水の関係、風と土の関係。
自分の仮説に沿うように当て嵌めていく。
ヒントが少ない!
幾つかの図を作っていくと、木と火、土の関係性が当て嵌まらない。
早くしろ! 早く!
気ばかりが焦る。
分からなければ実践すればいい!
両手で違う属性を練り上げる。
木は出すことが出来ないから取りあえずは火と土だ。
右手で火を、左手で土を混ざらないようにイメージは自分を2人造り、それぞれ違う魔法を練り上げる。
視界には見えない指先から伸びる糸のようなもの。
弾の雨を撃つ際にイメージする。
魔力の糸、それを左右に伸ばし、撃ちだす。
火と土の弾の雨が目の前で衝突する。
土が火を飲み込み形を変えて右側の壁に到達する。
属性を変えて同じことを数回、繰り返す。
よーし!
これで大体の情報は出そろった。
頂点の火、時計回りで風、水、木、土
そして、火に帰る。
円の中に五芒星を引き
できた!
少し、時間が掛かったけど、これならしっくりくる。
・・・・・・って言うかこれやってれば、ここに来る必要性なかったんじゃ・・・・・・。
いや、必要に迫られないと俺はやらない。
だから、ここに来ることが必然だったの!
そう思っていないとやってられないし、今更引き返せないし!
再びキメラと対峙する。
今度の問題は、キメラの討伐。
見えない魔族は後回しでいい。
自分に言い聞かせて、その巨体を見上げる。




