31話
聖域に足を踏み入れると、それまでとは空気感が違う感覚がした。
前世でも、きちんと区分けされている寺社仏閣なんかは、周りとは違う雰囲気に覆われていた。
荘厳とはそんな事なんだろうと想いを馳せる。
『人間の来訪は久方ぶりよの。さぁ、奥に参られい』
神殿から木霊する通る声。
それに誘われるように歩を進める俺達。
カチヤも警戒心が無いようで剣を納刀している。
奥に進むと、天井から取り入れられた光に一本の木が照らされている。
木の種類が分からないが針葉樹ではないようだ。
周囲の壁には窓もなく光は天井からのみ。
そのせいか、木までの距離が掴みずらい。
神々しくそこにいる木に、心を奪われたような感覚になる。
「フォフォ、よう、来なすった。神木も喜んでいるようだ」
不意に右側から声がかかる。
そちらを向くと竜がいた。
いや、龍がいた。
西洋的な翼のある竜ではなく、中華的な又は、和的なとぐろでも巻きそうな龍が。
体の大半に苔を蓄え、横たわる大きな倒木を思い起こさせるが、その身体には人の力をはるかに凌駕している。
そう、実感させられるような印象を受ける。
「あなたが最初の使徒、木竜 エンツィアン様ですか?」
ラインハルトは目を輝かせながら質問する。
「そうじゃ、わしはエンツィアンじゃ。最初の使徒とは、また懐かしい呼び名じゃな」
大きな口をさらに大きく開きカラカラと笑っている。
うーん、龍も表情筋発達してるんだな・・・・・・。
あぁ、ついどうでもいいことに現実逃避してしまった。
確かにザ・ファンタジーな龍だが、本当に目にすると意外と認識が追いつかないんだな。
「して?どのような要件で参ったのじゃ?」
あ、本題を忘れて見入ってしまった。
クラウディアは絶賛入眠中だがラインハルトもカチヤも、ぼーっと龍を眺めていた。
「ん? どうした? 要件は無いのか?」
「あ、あります!」
慌てて返事をしてしまった。ラインハルトにお願いしたほうが良かったかな?
「では、貰うものを貰わなければな!」
いきなり市場の商人のような目つきになる木竜。
俗っぽい、そう称された人物? 像を思い出す。
「ラインハルト! あれを」
ラインハルトも、いきなりの落差で思考が追いついていなかったようだ。
王子とは思えない面白顔になってるな。
「ああ、そうか・・・・・・」
ギャップにやっと追いついたラインハルトが、懐からいくつかの装飾品を取りだす。
金地に色とりどりの宝石が埋め込まれたブローチ、指輪、首飾り、腕輪などこれでもかと光り輝く装飾品を龍の目の前に広げる。
「どれどれ?」
龍は覗き込むように顔を近ずける。
「うーむ、ちと見ずらいの」
そう言うと、俺達がやっと聞こえるほどの大きさで言葉を紡ぐ。
巨大な龍の体は淡い光を纏いながら見る間に縮んでいく。
老人の姿になると飛びつくように装飾品に近寄る。
「あの?」
「今は声を掛けんでくれ!!」
老人は声を掛けるラインハルトを制して、装飾品に没頭している。
ただただ、没頭している。
「ふーむ、彫金師の真面目さはよう出ておるが、全体的に華が無いのう」
老人はガッカリとした表情になる。
「技術は安定してきたようだが、既存の技術の枠からは一歩も踏み出そうとしない。誠に惜しい作品だな」
あまり、お気に召さなかったようだ。
どうするんだろう?
ラインハルトもこれ以上の装飾品は持たされていない。
これ以上の要求は厳しい交渉になるかも・・・・・・。
「まぁ、ええじゃろ。で? 聞きたいことは何かの?」
取りあえずは聞いてくれるようだ。
「あの、我が国は最近神託を受けたのですが、五色の魔物と言うのに心当たりはないでしょうか?」
「神託・・・? あぁ、そう言うことか。そうさの、五色の魔物か・・・・・・。ああ、あれのことじゃな!」
「知っているのですか?」
「キメラと言う魔物は知っておるかの?」
キメラ、動物の色々な部位が混在している、前世のゲームなんかじゃ合成魔獣や魔法生物とか言われていたような・・・・・・。
後は鳥みたいなのもいたっけな。
魔法が無いのに魔法生物とはこれ如何に?
「キメラが五色の魔物なんですね?」
「恐らく、間違いないだろう」
キメラがターゲットなのか・・・・・・結構強いイメージなんだけど。
「それでキメラはどこに?」
「この程度ではここまでじゃな」
・・・・・・ここまで?
「ここまで・・・・・・とは?」
「報酬に見合った情報じゃろ?」
・・・・・・まだ金を取るつもりなの?
仕方ない、こっからは交渉の時間だ。
「追加の報酬は装飾品でなくてもよろしいですね?」
ラインハルトが肘でつついてくる
「追加の装飾品なんてないぞ」
焦っているのか? 装飾品じゃないって
「大丈夫・・・・・・多分」
ヒソヒソとやり取りをしている俺達を、木竜は訝しんでみている。
「報酬はこれです!」
俺が出したのは一冊の本。
俺が絶賛編纂中の魔法教本だ。
木竜は俺から本を奪い取ると、食い入るように読みふけった。
やはり、そうだったのか。
俺の予想通り食いついてきた。
木竜は、人里に行くくらいだから金も必要としているだろう。
司教の言葉で予想し、先ほどの言葉で確信した。
木竜は技術に対する知識を重要視している。
と、言うことを。
「中々に興味深い一冊であった。これは魔道の勇者とも違う魔法だな」
え? 違うの?
「面白いアプローチの仕方じゃった」
驚いている俺をよそにご満悦の木竜。
「確かにこれは、追加の報酬としては十分。・・・・・・いや、いささか貰いすぎではあるかの?」
フォフォと笑い声を上げる木竜。
多少のショックはあったものの、目的は果たせた! もう、それでいいじゃないか!
「それでキメラはどこにいるんですか?」
ラインハルトも焦れていたようだ
「そう慌てるな」
そう言うと木竜は、木の下に行き手を当て瞑想を始める。
木が風もないのに騒めいている。
やがて騒めきが収まると、木竜はこちらを向きなおり
「トムーギの南端に迷宮がある。そこの奥深くにいるようじゃの」
トムーギの迷宮・・・・・・全くといっていいほど情報が無い。
一度、王都に帰って情報を集めないと・・・・・・。
そう考えていると、木竜はある提案をしてくる。
「では、貰いすぎた報酬の支払いをせんとな」
木竜はクラウディアに近寄り負傷箇所を確認している。
「これ位なら何とかなるじゃろ」
そう言うと、クラウディアを抱きかかえ木の下に寝かせる。
「この神木には癒しの力が備わっている。神がワシに残したものだが、報酬にするくらいええじゃろ」
癒し・・・・・・治癒の力を持つ神木。
近くに行くと確かに神木と呼ばれるにふさわしい、神々しさが感じられる。
手を当てるとほんのりと温かさを感じる。
クラウディアは抱き上げられた際少し呻いていたが、今は穏やかな表情で寝息を立てている。
「そうじゃの、骨位なら一晩でくっ付くじゃろ」
そう言って俺たちにここで休んでいくよう伝える。
これも報酬なんだろうか?
兎に角今晩の宿も確保できたし、負傷した仲間も戦線に復帰できそうだ。
ラインハルトは、俺達以上に喜んでいるところを見ると、今回の旅に同行させた責任を感じていたのだろう。
取りあえずは一安心だ。
ふと、神木に触れている手に魔力を感じる。
癒しの力が俺にも作用しているのだろうか?
外から流れ込む魔力、他人に作用する治癒の力・・・・・・この感覚、回復魔法ではないのか?
感覚をイメージに置き換えていく。
体内にある淀んだ魔力を外の魔力を使って循環させるイメージ。
・・・・・・胎児と母体のイメージなら分かりやすいだろうか?
触れている手を胎盤としてこちらと外界を行き来するように。
ラインハルトを呼び寄せ手を合わせる。
先ほどのイメージで魔力を循環させる。
「ん? 魔族に貰った打ち身が楽になったぞ」
不思議そうに自分の体を擦るラインハルト。
成功したようだ。
まぁ、結果的に人体実験をしてしまったが良しとしよう。
同様にカチヤの傷も癒していく。
・・・・・・残りの20点分かっちゃったけど、どうしよう。キメラ討伐する必要なくなったのか?
クラウディアに回復魔法を掛けながらそんな事を考えていた。
クラウディアはほどなくして目を覚まし、説明を求めてきた。
事もあらましを説明し、その日は就寝することになった。
その夜、木竜に俺は呼び出されとある事を質問されたのだった。




