22話
昨日から、突貫作業で避難壕作成に追われていた。
昨日半日かけて、ヨーゼフ隊長以下兵隊さんたちと中央広場に手作業で壕を掘っていたが、ここの地面はかなり固い。
あと、正直道具の性能が悪い、あと効率も悪い。
先ず、鶴嘴で地面を砕いて木製のヘラで掻き出す。
それを、各々勝手に行うのだから非効率もいいところだろう。
・・・・・・まぁ、分からないでもない。明日をも知れない命、その現実を忘れるための逃避としての作業。効率なんて二の次だろう。
しかし、それを敢えて指摘し、鶴嘴隊とヘラ隊に分け作業は多少効率的になった。
が、いかんせん手作業では遅すぎる。
相手は人間の味を覚えた狼だ、こうしている合間にも町に侵入してくるかもしれない。
一日やってみたが、作業は進まない。
焦った俺は、魔法を使用することにした。
斜めにぽっかりと空く穴。これを基本イメージとして、取り除く土砂は運んでいる時間もないので、穴の中心から周りに押し固めるように魔力を流していく。
普段から、火やら水やらを圧縮していたのが生きた形になった。
身体魔法を掛けていない俺では、鶴嘴の刃を突き立てることが、できないくらいの硬度にすることが出来た。
そこから更に横穴を広げていく。
地下20メートルくらいの感覚で、入口を作ったから崩落はしないと思うけど・・・想像するだけでゾッとする。
生き埋めは勘弁だろうし、硬度を上げるようにイメージをしていく。
更にそこから10メートルほど下に向け穴を広げ、広間を作成する。
ここは住民を避難させるための場所だ。
窒息しないように広めに作ろう。
・・・・・・どれくらい必要なんだろ?
「ヨーゼフ隊長! 広間の大きさはどれくらい必要ですか?」
最深部から声を掛けるが応答がない。
・・・聞こえないのかな? ハッ! もう来たか?
急ぎ走り出し、入口に到着する。
そこには、広間の境に溝を掘っている兵隊の姿があった。
「おー! もう終わったのですかな?」
のんきな声を出しながら土木作業に精を出す、ヨーゼフ隊長・・・装備を外し鶴嘴を手にしている姿は、
日焼けした顔や蓄えた口ひげ、35歳の割に深いしわが、相まって前世のベテラン土木作業員を彷彿とさせた。
・・・・・・万が一のため近くにいてくれっていったのに!
心の中で愚痴りながら近づく。
まぁ、作業は俺一人でやってるから、手持ち無沙汰なんだろうから仕様がないけど・・・・・・。
「広間の大きさはどれくらいがいいでしょうかね? 隊長」
「あー、そうさな・・・・・・20メートル位でいいんじゃないか?」
余談だが、この世界にもメートル・グラム法がある。
前世との換算もそれほど誤差が無いように感じる。
これは神が、教会に定めさせたもので何が1メートルの基準なのかは不明だ。かく言う俺も前世でのメートル基準何かは知らないわけだが、改めて異世界から人を呼び寄せるために作られた世界なのか?
そう、思わせるいい加減さだった。
話を戻す。俺は穴に戻り20メートル四方に土を圧縮して、天井に空気穴を保険で作り作業を終える。
「アドルフお疲れ」
ラインハルトが声を掛けてきた。
「おー、お疲れ、そっちはどうだ? 本隊の場所分かりそうか?」
ラインハルト、カチヤ、クラウディアには手の空いている兵士と一緒に、狼たちの本隊がどちらの方角にあるのかを櫓から確認してもらっている。
「無理そうだな、森が遮蔽物になっているから、特定は難しそうだ。」
本隊の居る方向に近い門だけを開けようと思っていたが、北門、南門二つとも開けなくてはいけないかな?
「目、疲れた」
後ろからカチヤの声がして背中に重みを感じる。
・・・・・・こんな状況でなければ。
いや、いかん。
「カチヤ、ちょっと休んでこいよ」
んー、と、うなり腰に手を回してきた・・・・・・。
余裕ですね? カチヤさん?
引き離そうと手を握ると、カチヤの手は微かに震えていた。
カチヤでも、この状況は怖いのだろう。
「大丈夫、カチヤは俺が守るから」
「うん、」
お! ちょっと、いい雰囲気じゃないか?
向き直って抱きしめちゃおうかな?
「アドルフ、俺まだいるからな。」
・・・・・・チッ! 知ってましたよ!
全く、お前らが昨日いちゃついていたのも知ってるんだぞ!
俺もちょっとくらいは良いじゃないか!!
取りあえず、こちらの作業は終わったことを告げると、ラインハルトは町長に報告し、住民の避難を始めるように伝えに行った。
水を差された俺たちは、取りあえず栄養を補給しに行った。
「二人とも食事ですの?」
炊き出し場にはクラウディアがいた。
「あぁ、こっちは目途がついた。今ラインハルトが町長のところに行ってるよ。そっちは?」
「だめですわね。群れのボスは慎重派のようですわ」
カチヤも頷き、クラウディアに同意を示す。
やはり、本体の特定は難しいようだ。
「で、具体的にはどうしますの?」
?
言ってなかったっけ?
「あぁ、取りあえず火の海に沈めようかと思ったんだけど、町ごと焼くとなると復興が難しくなるから埋めようかと思って。」
「・・・・・・非常識な発言ですけど、可能なんですね?」
配給のスープを貰い啜りながら答える。
「可能だな。・・・・・・相手次第だけど」
正直、作戦的には無謀そのものだ。
空城の計とは言ってみたものの失敗すれば10倍以上の戦力と肉薄しなくてはならない。
下手をすれば全滅だ。
何としても成功させなくては。
情報を特定させない用兵を見るに、失敗の可能性は低くないだろう。
相手が侮ってくれれば、あるいは・・・・・・。
畜生相手に用兵で負けるわけはないが、心配があるのは事実。
今からでもヨーゼフ隊長に指揮を変わってもらうか?
・・・・・・そんな事は出来ない。部下の手前明るく振る舞っているが限界は近いのだろう。
現に、戦闘準備をしているのに装備を外している。
あの土木作業も軽い現実逃避なんじゃないだろうか?
作戦失敗時のシミュレーションを行う。
204人で固まって避難壕を防衛・・・・・・。
取り囲まれて惨殺。
先日の荷馬車を思い出す。
俺が、ラインハルトが、クラウディアが、そして・・・・・・。
頭を振って、再度シミュレーションを行う。
今度は住民の居る避難壕を囮に、隠れていたらどうだろう。
勝てるかもしれない、いやかなりの確率で勝てるかもしれない。
住民ごと焼き払うつもりなら・・・・・・。
しかし、本末転倒だし、隠れていたところを各個撃破されたら意味がない。
当初の予定通り、速度勝負に持っていくしかない。
狼の突進が早いか、俺たちの魔法発動速度が早いか、そんな勝負に・・・・・・。
食事を終えてからラインハルトを呼びに行き、最速で魔法を使えるよう訓練を行う。
規模を大きくイメージは最少で、最速で。
今更付け焼刃なのは承知しているが、やっておかないと後悔もできないかもしれない。
住民の避難が完了するまで訓練を行い、夜になって住民の避難完了の知らせを受ける。
いよいよ決行だ。
篝火を煌々と焚いておびき寄せる。
挟撃されては意味がないので、俺たちが通った南門のみを開く。
罠なのは見え見えだが、狼のボスが侮ってくれるのを期待しよう。
避難壕の周辺を204人で固める。
昼間にヨーゼフ隊長たちが掘っていた塹壕は、浅すぎて塹壕の体を成していないので、空堀のようになっていた。
使うことはない事を期待しよう。
・・・・・・相手に期待してばっかりだが、ここまでの戦力差ではもう、期待や神頼みしかないだろう。
アウォォォォォォン!
と、遠吠えが聞こえる。
「来たぞ!」
誰ともなくざわつきが広がる。
不安が伝播したようだ。
ラインハルトに演説でもしてもらって、指揮を上げておけば良かった。
小さい失敗が、やけに大きな失敗に見える。
頭を振ってせめて、俺だけでも冷静にいようと思う。
作戦考案者が不安を気取られるわけにはいかない。
そう、現実逃避に似た自己暗示を掛ける。
ふと手を握られた、カチヤだ。
体温と震えが伝わってくる。
・・・・・・大丈夫、仲間は、家族は必ず守ろう。
カチヤの手を強く握り返し、勇気を貰う。
ラインハルトに合図を出す。
未だ影も形も見えないが、先に防壁を掛けておいてもらおう。
ラインハルトは頷くと前方に意識を集中させる。
昼間でも見えてい防壁は、夜間ではなお分かりずらいが、広場付近に置かれた篝火が規則的に揺らいでいる。
防壁は完成したのだろう。
すると門と広場の間に黒い影が見える。
狼の群れが姿を現した。
ひときわ大きな狼がこちらを睨んでいる。
あれがボスか?
視線を外さずにいると、ボス狼の表情が緩んだような気がした。
馬鹿にされたのか?
いや、被害妄想だろう。
周囲に意識を向けているボス狼が鼻をヒクヒクさせ、待ち伏せがないことが分かったのだろう。
こちらに向き直る。
ガウッと短く吠えると、周囲にいた狼達が姿勢を低くして構える。
動物の群れは用心深い個体が、ボスをすることがある。
そんな話を思い出す。
前衛を、普通の狼20頭が務めるようだ。
再度短く吠え、前衛の狼が突進してくる。
これが開戦の合図だった。




