115話
子供の、我が子ヘルムートの笑い声が響く部屋で、俺とラインハルトは仲良く土下座をしている。
この土下座と言う習慣のない世界で、何でそんなことをしているのか?
第一に俺がクラウディアの剣幕に押され、咄嗟に取ってしまった行動。
それをクラウディアが入たく気に入り、自分の夫、ラインハルトにも強要した結果・・・・・・なぜか二人が並び土下座を行い、クラウディアがそれを見下ろし、ヘルムート君には大変面白い光景が出来上がっているようだ。
クラウディアがかなり大声を上げているにもかかわらず、ヘルムートの機嫌良く一切グズリもせず笑っている。息子よ、そんなにこの姿が面白いかい?
「聞いていますか? アドルフさん!!」
「あ、はい」
「大体、知らせの一つもせずいきなり帰ってくるなんて! それも隠れるようにこそこそと・・・・・・王になろうとする人が、領民の目を気にして逃げ隠れるなんて言語道断です!!」
そう、クラウディアが怒っているのは只の一点。
黙って帰って来たことのみ。
「先ほども言いましたが、勝ち負けは兵家の常。その長たる王が只の一敗を恥じて何になります! 負けても次に勝てばいいのです。それを何が領民がどう思うか? ですか!」
「・・・・・・すまない」
「領民を信じないで、領民が付いて来てくれるとお思いですか?」
「いや」
「ならば、堂々と門から帰還しその姿で領民たちに無事を知らせてあげなさい!!」
「ああ」
ふぅ~、やっと終わりか。
さて、じゃぁ門の外まで戻りますかね。
「次に! アドルフさん」
「へ? あ、はい」
終わりじゃ無かったー!!
「ライニーを守ってくれて、ありがとうございます」
「いや、護られていたのは俺の方だよ」
優しく笑みを浮かべて、クラウディアが退室する。
クラウディアに言われた通りに、門から堂々と再びの帰還を果たす。
門兵が大仰な敬礼をしながら、使いを城に出す。
王都民が大挙して群がり、無事を喜んでくれた。
そうだ、ここは冒険者の国。依頼の失敗も成功も日常の国。
冒険者の第一目標は、生還すること。死んでも依頼を達成するなんてそんな事は滅多にない。
ラインハルトの顔が、どこか柔らかくなり年より若く見える。
いや、この顔こそがラインハルト本来の顔なのかもしれない。
しかし、王族としてのラインハルトは、それでは気が済まないようだ。
意を決したように、集まった民衆に話し始める。
「集まってくれた皆に、話して置かなくてはならない。我らは魔神から敗走してきた」
一瞬ざわつく様子があった。
俺に対しても厳しい目が向けられる。
「皆の前で、大きなことを言っておきながらこのような結果になり申し訳ない」
ラインハルトは、王族として頭を下げた。
俺にはそんな気がした。
なので、その一の従者でもある俺も、頭を下げる。
「気にすんなって、王子様!」
「次勝てばいいんだろ? 俺らも手を貸すぜ!!」
「何言ってんだい! 邪魔になるよ!」
民衆から大きな笑いが起きる。
なんて暖かい国なんだろうか。
これまでの国王陛下の治世が伺えるようだ。
無くしたくない。
心から、そう思った。
ラインハルトを見ると、涙目になりながら民衆を真っ直ぐに見つめている。
恐らく、俺よりもこの出来事は心に残ることだろう。
「この度は、このような結果になったが! 次は必ず討ち果たす!! 皆にそのことを約束させてほしい」
ラインハルトの上ずった声が、辺りに響く。
一拍おいて、歓声が大きく広がる。
頭を下げた愛され王子の目から何かが落ちていった。
今は、見ないでおいてやろう。
そうして後からやってきた城からの使いに促され、俺達は王城の謁見の間に通される。
王城にも今回の失敗の件が伝わっているようだ。
ざわつく広間の片隅で、俺に対して嘲笑と侮蔑が起こっているようだ。
彼らが悪いわけではない。
民と貴族の違い、一般市民と軍人の違いと言う奴だろう。
実際に命が掛かっている彼らの方が、現実を見ているそう言うことだろう。
やがてざわつく広間に、国王陛下が登場する。
次第に静寂の波が広間を支配していく。
「面を上げよ」
その言葉は、今まで聞いた中でもひときわ重く聞こえた。
重苦しい空気の中、今回の敗走について報告が行われる。
古い神殺しの法が失われ、新しい神殺しの法を手にしたがその効力が未だに不明であることまで、長く重苦しい話が続いた。
その報告の中には、フランツ様の死も含まれている。
報告の間、眉すら動かさない国王陛下の心中は俺には読むことが出来なかった。
「報告ご苦労。詳細は別室で聴こう、それから議会の開催は後日通達する」
そう答え、国王陛下が退出される。
別の部屋に案内され、陛下の側近しかいない中で同じ報告を行う。
この報告には、魔族の反魔神派と会合したことも含まれる。
「反魔神派か、その者たちは戦争が起きた際はこちらと共闘する意思はあるのか?」
「分かりませんが、その意志はあるとしてもわずかな兵力と考えた方が宜しいかと」
ラインハルトが伯爵とどのような話をしていたのか分からないが、思い出す様子だと数十名程度はこちらの味方になってくれるだろう。
「分かった、その集落にはこちらからも使者を送り物資など支援することにしよう」
陛下が側近たちに指示を出し、側近すら居なくなって改めて俺達の方に向き合う。
「本当にご苦労であったな、アドルフよ」
「いえ、フランツ様の件、大変申し訳ありませんでした」
「いやいや、そこまで気に病むことは無い。あれは少し増長しやすい性格であったし、話を聞くに完全にやつの勇み足だろう。その方が悪いわけではないさ」
父親よりも陛下としての言葉だろう。
「ラインハルト、アドルフ、本当にご苦労であった。木竜の件こちらでも出来る限りの便宜が図れるよう、手を考えてみる。」
「ありがとうございます」
「それとアドルフには、申し訳ないのだが貴族の中にはお前を罰するように進言してくるものも少なくはない。うまく諫めるつもりではあるが、少しの間だけ耐えてもらえるだろうか」
「お気遣い感謝いたします」
新興貴族が台頭することに、危機感を覚える貴族がこの国でも少なくはないのだろう。
大丈夫、最悪貴族としての禄を剥奪されても、俺がやる事に違いは生じない。
それに今日、ラインハルトと共に何を背負っているのか再確認できた。
それに比べれば、貴族の資格なんてどうでも良い。
陛下の優しさに報いることが出来るように、精進するだけだ。




