10話
王城に小さな魔導士が登城してから数日。
国王の下に一つの報告があげられる。
宰相や側近たちも報告の内容に渋い顔を浮かべた。
「虎が現れたか・・・・・・」
虎といっても只の虎ではない、虎の魔物だ。
実は、虎の魔物は警戒していれば、怖い相手ではない。
軍隊で包囲し行動範囲を制限させ討伐する。
単純な、大規模な軍事演習にも利用される相手だ。
虎の魔物の行動範囲は、大体300㎞四方と、虎本来の行動範囲より少し大きいくらいだ。
ただし、その個体の行動を、把握していればの話である。
突如発見された個体は、捜索などに数か月、場合によっては年体位で準備が必要になり、莫大な金が発生する。
「一匹とは言え厄介なことよ」
王は、ため息をはきつつ周囲の人物を見回しながら、言葉を投げる。
投げ返してくる者は居ない。
ボッチではなく、事の大きさが側近たちの言葉を奪う。
王都の周囲には、図らずも森が多い。その王都近くの森の中で、虎の魔物は発見された。
王都は防備をしているが、侵入されれば一大事であるし、人的被害が出れば王派に、攻勢をかける反王派勢力を諫める必要が出てくる。
愚策を上げることは、自身の利益にならない。
会議は停滞する。
「探索と討伐に、必要な人員と資金の計算を出しておけ」
王は言葉少なに退席する。
このあと、反対派を交えた本会議を控えている。
英気を養う必要もあるだろう。
通路を通っていると、外に中庭が見える。
先日の出来事を思い出し笑みを浮かべる。
『同じ厄介事でも』と暖かな気持ちが溢れる。
◇ ◇ ◇ ◇
国王に魔法を御披露目した数日後。
俺が、初伝を修めた事もあり先生とカチヤの三人で、初伝の時より遠い森まで来ていた。
俺の装備は前回の森の時とほぼ同じ、レザーアーマーだけは新調している。
先生とカチヤも似たような装備である。
将来的に冒険者ギルドに登録する。
俺とカチヤに、集団戦闘を経験させるための遠出だ。
カチヤは、個人による狩りは得意だが、集団においてはからっきしだ。
突っ込んで斬る、突っ込んで斬る、突っ込んで真正面からぶっ斬る!
お前は何処ぞの霊界探偵か!!
と、言いたくなる有り様だ。
大体カチヤは、家名も立派な貴族のお嬢様だ。
顔だって可愛い。
こんなに冒険者として、育成される理由が分からない。
「貴族の女は嫁に行くだけ、剣が握れない」
「そんなに可愛いのに、勿体無い」
「アドルフは、弱いだけじゃなく目も悪い」
こんな会話をしていたら、顔を見て貰えなくなった。
チラチラ見られてはいるんだけど・・・・・・。
は! ・・・・・・また目を逸らされた・・・・・・。
先生は、戦闘には基本参加せず、実質俺とカチヤ2人パーティーだ。
2人で進むと、前回の森より大分楽ができる。
カチヤは、突っ込むだけだが、俺が遊撃に回れば野犬の連係なんて難なく捌ける。
たまに犬の魔物も混じっていることもあるが、大抵はこちらの損害はない。
ある程度時間が経過すると、野営の準備だ。
森から一旦出て、距離を取った草原をキャンプ地とする。
野営の準備も、訓練の一環なので先生は少し離れた別の場所で、キャンプを張っている。
当然、夜の見張りも二人で交代しながら行う。
今回は獣香はないので、水も多くない。
水が多くなると、荷物の重量が重くなるが、神様の気まぐれこと魔道具の箱を使うと、重量は大分押さえられる。
原理は分からないが、そういうものだと教えられた。
日が落ち始めると夕食だ。
夕食はカチヤが、作ってくれた。
手慣れた様子だが、味の方はどうなんだろう?
おそるおそる食べると
!
う、うまい!!
「カチヤうまいよ、料理も上手なんだね!」
「そんなことない、ただ焼いただけ」
ただ焼いただけで、こんなにうまい訳がない!
父上が作ったときは、獣らしさの残る癖の強い印象があった。
「こんなに美味しいなら、いいお嫁さんになれるよ」
「嫌」
「勿体無い、毎日こんなだったら、俺だったら嬉しいのになぁ~」
「もう早く食べて、片付かない!」
横を向き、黙々と食を進めるカチヤ。
拗ねちゃったかな?
その後会話もなく食事を終える。
この時一匹の魔物が、臭いに釣られて近づいていることに、俺もカチヤも、先生すら気づいてなかった。
食事のお礼と言うことで、見張りを先に行うと申し出る。
昼間の戦闘と、食事の準備に疲れた様子のカチヤは、礼もなくテントに入った。
今はもう夢の中だろうか?
一人になることで、周囲の静寂がより際立つ。
・・・・・・静かすぎないか?
父上と森に行ったときは、虫やら動物の声が聞こえていたように思う。
疑問を抱えながら立ち上がり、剣に手を掛け周囲を警戒する。
「カチヤ! 起きろ!!」
就寝中のカチヤを起こすと、テントの中で音がする。
カチヤの寝起きは良いようだった。
周囲に意識を戻すと、得体のしれない圧力を感じる。
圧力の先は分からないが、確実に何かがいる・・・・・・。
テントの裏側から草が鳴る。回り込むとそいつは、居た。
虎の風体だが、明らかに通常より体躯の大きい虎が、こちらを睨んでいた。
まずい!
完全に、虎の間合いに侵入していることを、本能で察する。
カチヤはテントからまだ出てきていない! 一対一で対峙してしまった。
カチヤが、テントの中で装備に手を掛けたのだろう。
微かな金属音がする。
それと同時に、グァオオオオオオと雄たけびを上げて、こちらに飛びかかってくる。
虎の軌道の下を、はい回るように逃げる。
俺を飛び越えて着地する虎。
幸いなことに、先ほどより距離が出来る。
即座に、身体強化を重ねて指弾を連射する。
金属音がして、火花を散らし弾かれる矢玉。
魔物は、大きければ大きいほど防御力が上がるようで、風でなびいている体毛は、何十にも折り重なった鎖帷子のように思えた。
指弾が効かないとなると、剣しかない。
握っていた矢玉を捨て、剣を抜く。
しかし、こちらはブロードソードのみ。
体躯の大きい虎の腕と、同等のリーチしかない。
先手はやはり虎の方であった。
悠然と距離を詰めてくる虎を見据えながら、ジリジリと後退する。
距離が縮まると、虎が今度は低く飛びかり前足を振り下ろす。
横に避け剣を振るうと、虎の毛に阻まれ刃が通らない。
手ごたえから渾身の踏み込みでも、かすり傷程度なのではないかと、マイナスイメージが頭をよぎる。
体が入れ替わったおかげで、テントが視界に入る。
丁度カチヤは、テントから出てきたようだ。
虎から視線を切らず、カチヤにも意識を向けると、カチヤは鎧を着ていない。
先生に野営中は、装備を外すなって言われてたのに!!
生身のカチヤを、戦闘に参加させられない・・・・・・。
「先生を呼びに行け!!」
大声で指示を出す。
判断がつかないようで、オロオロとするカチヤ。
もう一度、
「はやく!!!」
先ほどより大きな声で、指示を出す。
虎とカチヤは同時に駆け出す。
牙と爪のコンビネーションは鋭く、思わず盾で防いでしまった。
盾は、役目を果たしたかのように砕け散る。
左腕に熱さを感じ次いで激痛が走る。
盾のお陰で深くはないが、痛みで柄も握れない。
尚も、虎の爪と牙が迫る。
体ごと大きく避けながら、必死に躱す。
数回避けそこなって鎧が裂ける。
そのたび衝撃と痛みが襲う。
だんだんと反応が遅れてくる。
弄ばれているような感覚になる。
避けずに、生を手放したくなる感覚が襲う。
それでも自分を奮い立たせ回避を続ける。
何回目かのにらみ合いが生じる。
手はないのか?
倒せなくても追い払える手立ては?
頭はフル回転で、周囲や自分の状態を把握しようと、働き続ける。
不意に、フシュッ! と虎がくしゃみをする。
回転を止める思考。
バツが悪そうに前足で、地面を掘る虎。
気の抜ける出来事に、思わず吹き出しそうになるが、状況を思い出し気を引き締める。
虎は、俺の周囲をゆっくりと回りだす。
ふと、魔法のことを思い出す。
0.5に4段階を重ね、火球を創造、間髪入れずに圧縮を始める。
二個、三個と同時に行う。
戦闘で、アドレナリンが出ていたせいか、はたまた別の原因か分からないが、唐突に右手の三本の指に圧縮した火球が現れる。
周回を止め、警戒を始める虎。
低い姿勢でグルルと、うなり声を上げている。
初めての攻守の逆転が起きる。
恐らくこれで仕留めなければ、警戒心からこれまで以上の攻勢を浴びるだろう。そんな気がした。
人差し指、中指の火球を虎の前足目掛け射出する。
速度は指弾と同じ速度で、射出と同時に薬指の火球に更に魔力を注入する。
王城でやったのと、同等以上に魔力を入れる。
2発の火球は、向かって右側に飛ばれ避けられる。
初めて見た攻撃に驚いたのか、大きく飛び上がる。
照準を付ける、飛び上がった虎の眉間に。
虎の目線は大地に向いている。
最後の火球を射出する。
目に映る映像が、スローモーションの様に流れる。
寸分たがわず虎の眉間に吸い込まれる火球。虎は、迫ってくる物体に気づきこちらに目線を移す。
虎と目が合った気がした。
次の瞬間、虎の眉間から先が大きく吹き飛ぶ。
頭蓋もろとも、脳髄・脳漿をまき散らし吹き飛ぶ。
着地した虎の身体には力が入っておらず、着地と同時に四肢の骨が砕ける音がした。
再び立ち上がってくることはない。そう分かっていても、前に出した右腕を下すことが出来ない。
虎の死骸を注視し、周囲に音が戻ってきたことを確認すると、身体の緊張が解けその場にへたり込む。
直ぐに、カチヤが先生を伴って戻ってくる。
「アドルフ!!」
カチヤは大声で叫びながら走り、俺に飛び込んでくる。
脱力していたこともあり、受け止められずカチヤに、押し倒される格好となる。
「アドルフ! 無事?!」
身体を弄られながら、
「無事と言えば無事かな?」
と、返す。
「アドルフ! 虎はどうした?」
先生も予想外の出来事で、動揺している様子だった。
虎の魔物だったものを指さし、返答する。
正直疲れて、言葉を出すのも億劫だ。
先生はとどめを刺すつもりなのか、剣を抜き虎に近づく。
「え? おい!」
もう生きていないことが、分かる状態になっている虎を見て、更なる驚きがあったのだろう。
虎と俺を交互に見ながら、小走りで近寄ってくる先生。
「アドルフ、お前がやったのか?」
「何とか死なずに済みました」
取りあえずの治療を受けながら、事の詳細を語っていく。
その際、うっかり魔法のことも話てしまい、治療が一段落してから実演を行う。
口外しないことを、約束してもらい(国王から、箝口令が敷かれていることも説明し)火球の魔法を見せる。
2人とも、目を大きく見開き驚いたようだった。
2人が落ち着いてから、使用方法なども矢継ぎ早に質問されたが、
「国王陛下との約束だから今は言えない」
とだけ説明した。
そして今後の方針だが、二匹目がいたら今度は無事では済まないだろうと、先生が判断したため危険を承知で、夜間の行軍を行い
夜明け近くに王都に帰還した。
夜勤の門番に事情を説明し、冒険者ギルドのギルドマスターと、王城に使いを出してもらい、門番の詰め所にて常駐している治療師に、再度治療と診断をしてもらう。
虎に受けた傷は、幸いにも軽傷だけで、今後剣は触れないなどということにはならなかった。
治療が終わると、直ぐにギルドマスターと王城からの使いが到着した。




