108話
魔神が撤退した後に来た者たち、それは予想通り魔族であった。
気を失っているアドルフを庇いながら、魔族と相対して分かったこと。
それは、魔族の中にも未だに反魔神派がいたことだ。
元々、神殿を管理していたのが反魔神派の重鎮で、我らが魔神と戦う為に来たことを知ると、手厚い保護を受けた。
幸いなことに、アドルフの傷に致命的なものはなく、直ぐに目を覚まし行動できるまで回復した。
俺自身もアドルフに隠れて習得した、回復魔法を何度か掛けることで両手を動かすことが出来るまで回復することが出来た。
「ご加減はいかがですかな?」
扉を開き入ってきたのは、この集落を取り仕切る反魔神派の重鎮。
名は、オーグレン伯爵と言うらしい。
伯爵と言っても、現在は何の権限も持たない謀反人らしいが。
「ええ、お陰で大分回復してきました。伯爵さまにはなんとお礼を言っていいものか・・・・・・」
「いえいえ、彼の魔導の勇者様の生まれ変わりと、御供の方がこうして魔族の窮地をお救いに来られたのです、本来であれば魔族内で納めなくてはならないこと。それを手助けして頂ける、ありがたいことです」
物腰の柔らかな老人、しかしその頭部には白髪と共に角が生えている。
まぎれもない魔族である彼が、原初を勇者と呼ぶ。
魔族でも一般的には、神の遣わした原初は勇者である。
人族と同じ神を信仰しているから、当たり前ではあるが。
魔神派は、その勇者を愚者と呼ぶ。神降ろしをした使徒を討伐した愚か者と言うことらしい。
残念なことに、現在の魔族領での主流派は、魔神派に取って代わられたと言うことだ。
先代の王は、魔神に討たれ王派であった貴族も次々とその命を落とす中、伯爵は辛うじて難を逃れた。
反魔神派は、もうその数を随分と減らし反攻もできない状況にある。
やはり、我らがやらなくてはいけない。
アドルフは魔神に手傷を負わせる魔法を創ったらしい。
あの状況を見れば、それは明らかなんだが・・・・・・。
「勇者様、御供の方は未だに?」
「ええ、残念ながら・・・・・・」
あの日以来、アドルフが魔法を使うことは無い。
「ラインハルト、やっぱりどう読んでも使えないや」
自分が記した魔法の手引書を読んでも、一向に回復する気配が無い。
目を覚ました後に聞いたあの言葉。
『ラインハルト、魔法ってどう使うんだっけ? 何か身体強化もできないんだけど』
はっきり言って、かなりの重症だ。
仮に記憶が無くなっても、魔法のことは忘れないだろうと思っていたのに。
俺が気を失って、魔神に攻撃した間にいったい何があったと言うのか?
世界の希望と思った男が、一夜で一般の子供以下の戦力に成り下がった。
あまりの変貌に俺は、未だに現実が受け入れられなかった。
しかし、伯爵の手前魔法が使えないとは言えず、仕方なしに俺がアドルフの役をしている。
魔導の勇者の再来、魔神を討てる唯一の人物。
その期待は反魔神派の彼らから向けられるだけでも、重苦しくまとわりつく。
これをアドルフは、人族を含めた期待の中で戦っていた。
そして、魔神に敗れた。・・・・・・ああなっても仕方がないのかもしれない。
それでも、俺はアドルフの復活を望んでいる。
俺の、我が国の勇者の復活を。・・・・・・ひどい友もいたものだ。
自分の信仰のために戦うものを求めるなんて、傲慢以外に相応しい言葉は無い。
それは、分かっている。
それでも、俺にとってアドルフは、友であり勇者でいて欲しい。
そう想わずにはいられないんだ。
今のアドルフは、空虚と言ってもいい。
魔法のことを忘れて、ただ存在しているに過ぎない。
生きてはいない。
魔法の普及以前に、アドルフにとって魔法はアドルフをアドルフ足らしめている重要な要因だった。
俺は、こいつを救ってやることもできない。
情けない男だ。
◇ ◇ ◇ ◇
目が覚めて何日がったったのだろう? 身体には違和感が少なくなってきている。
ここ数日は、身体の調子も良くなってきている。
ただ一つを除いてだけど。
目が覚めてから、俺の身体には魔素が循環していない。
そう気が付いた。
魔法をどのように使っていたのか? 身体強化魔法すら、使い方が分からない。
魔神と戦っていた。それは覚えている。
どの様に戦ったのか? どうして助かったのか?
それすらも覚えていない。
まるで、魔法に関することだけがすっぽりと抜けているいるみたいだ。
それと、魔神に関して何か重要なことがあったように思うんだけど・・・・・・。
駄目だ。思い出すことが出来ない。
それに、どうして俺達はこんなにも躍起になって魔神と戦ったのだろう?
なにも思いだすことが出来ない。
それとここに来てから、時々夢で、小さな男の子が泣いている夢を見る。
誰がどうして泣いているんだろう?
何か俺に関係している子の様に思うんだけど、見覚えもない子供だしなぁ~。
ラインハルトが、魔族と親し気に話している。
何で、ここに留まるんだろう? 早く帰りたいな。
カチヤの居る、我が家に。
・・・・・・?
そう言えば、何で俺とカチヤって結婚したんだ?
・・・・・・まぁ、いいか! 早く帰りたいなぁ~。
あ、そう言えばここにどうやってきたんだ? 帰り道知らないんだけど。
ラインハルト、知ってるかなぁ?
「しかし、勇者様。この方は話に聞く通りの傑物なのですかな?」
俺を見て、魔族の人が何やら言っている。
何でそんな事を言いだしたのか、理解が出来ないけど。
俺を馬鹿にしているみたいだ。
「こう言ってはなんですが、話に有ったあなたの兄上よりも、この方の方が愚物に見えるのですよ。勇者様に付き従うには、ふさわしくないでは?」
「そう言った物言いはやめてもらいたい! この者は我が国でも並ぶものの居ない英雄と言って良い。今は魔神の猛攻に疲弊しているだけです!」
「ですから、そのようなことで疲弊する者が、魔神と戦えるのかと疑問なんですよ。なんでしたら我が手勢をお貸しします故、如何様にもお使いいただいて結構なのですが?」
「先ほど言ったように、この者に並ぶのもは居りません!!」
あーあ、そんな事言ったら喧嘩になっちゃうよ?
ラインハルトって、意外と怒りっぽいよなぁ~。
そうそう、トムーギでもギルドで喧嘩になりそうだったし。
? そう言えばどうやって収めたんだっけ?
何かやったような気がするけど・・・・・・?
「勇者様。そのような物言いをされてしまうと、我らにも誇りがあります。それを汚すおつもりですか?」
「それはおかしいではないですか? この者は我が国の英雄だと言ったではありませんか? それを愚物扱いしておいて、こちらの誇りは汚してもいいとお考えなのですか?」
「そうではありませんが、ここまで言われて引き下がっている彼が英雄などと。我らを軽んじているのでは?」
「そうでは無いと・・・・・・」
「ラインハルト、もういいよ。俺もう帰るからさ、ごめん」
俺のせいで、良好な関係が崩れるのは良い気がしない。
悔しい気持ちはあるけど、俺だけが我慢すれば・・・・・・。
「待て! アドルフ、お前が謝る必要がどこにあるんだ? 魔法が無くてもお前はお前じゃないか! これまでの功績も何もかも無かったことではないんだぞ!」
「でも、今は戦えない。この人にとっては今とそのあとが大事なんだ」
「そうかもしれないが、俺にとっては違う!!」
「いや、同じだよ。戦えないものは置いて行く、それが正しいんだ」
俺はもう、ラインハルトに付いていくことが出来ない。
置いて行ってくれる方が、どれだけ楽か。
「逃げるのか? アドルフ」
「違う、もう追えないだけ」
「違わない、逃げてるぞ」
「だから・・・・・・」
「お前は、俺と言う人生初の相棒から逃げようとしている!!」
「はぁ? 人生初の相棒は自分の体だし、それならカチヤの方がはや・・・・・・い?」
今、俺なんて言った?
人生初の相棒・・・・・・どこかで聞いた言葉だ。
なんだっけ? 自分の最初のパートナーだったな。
何か約束があったような? 誰との約束だ?
どこか遠い所で・・・・・・スクロース? いや、距離じゃないな。
昔? カチヤ? 父上? いや・・・・・あ!
ああ、思い出した。・・・・・・誰でもない俺自身との約束だ。
あぁそうか、あの子は俺自身だったのか。
何で忘れていた? 前世からの約束を!
前世・・・・・・神様? 転生? あ! あー、そうだったのか。
なるほど、神様を憎むあまりに神様に関すること、全部を無かったことにしたかったんだ。
その際たるものが、魔法だ。
そうだった、ラインハルトの言う通りだった。
逃げて、逃げて逃げ抜いて、そこには何もなかった。
俺はなんて欲深い人間なんだ。
逃げた先に安息を求めるなんて、あさましい限りだ。
大体、逃げ帰ったらカチヤに斬られちゃうって!
そうだ、神様にどんな思惑があっても、俺は俺との約束を守る。
そう誓ったじゃないか。
情けない、ああ情けない。
忘れていた。俺は、魔法使い。
魔法を体系化して、この世界に普及させる。
そのためだけに生きてきた。
「ハハハ、ごめんごめん。ラインハルト、お前の言う通りだった」
「アドルフ?」
「何もかも思い出した。ラインハルト、魔神を倒せるぞ」
「なに? 本当か?」
「ああ、アイツに手傷を負わせたって言う魔法も思い出した。だけど今のままじゃ使えない」
「どう言うことだ?」
「もう、俺は世界を憎んでいなから」
「ん?」
忘れてた忘れてた。
俺の怒りって、長続きしないんだよね。
それに魔力に意志は無い、あれは警告だった。
恐らく今までの状態が副作用に掛かっていたんだろう。こんな副作用、もう勘弁だな。
良かった、まだ世界は誰とも敵対関係も友好関係も結んでいない。
なら、魔神だろうと神様だろうと戦える!!




