104話
街に戻り、取りあえず俺たち二人は酒場で食事をすることにした。
どうしたものか? あれだけ求めてきた神殺しの法。
それを使えば、魔神も倒すことが出来るかもしれない。
だけど、それを使うと言うことは人も生を終えると言うこと。
俺かラインハルトか、どちらかがその生を終え、神として顕現する。
神になれば、その手にあった家族との絆も、新しく手にした子供とのこれからも、全てが無くなる。
かと言って、使わない手はない。
使わないと言うことは、魔神に負けると言うこと。
家族も子供も、戦渦に巻き込まれる。
何故だろう? 何を食べても味がしない。
酒をどれだけ煽っても、懐の短剣を忘れることが出来ない。
それどころか、その存在感を増すばかりだ。
ラインハルトを見ると、俺と同じく酒を煽っている。
もし、今ラインハルトにこの短剣を突き立てれば。
酔ったことを装って、事故に見せかければ・・・・・・。
駄目だ! いっそ俺が・・・・・・。
カチヤと生まれたばかりのヘルムートの顔が、脳裏をよぎる。
何で! 何で、俺たちなんだ!!
俺には、決められない。
自分も犠牲になりたくはないし、ラインハルトも犠牲にしたくはない。
「その短剣を寄越せ」
ラインハルトが声を掛けてくる。
その表情は、何かを悟った表情に見えた。
ラインハルト、渡せないよ・・・・・・。
お前に裏切られても、お前が犠牲になっても、俺は後悔しかしないだろう。
俺は顔を伏せ、
「駄目だ」
一言を発するだけで、精一杯だった。
「あれぇ~、そこに居るのはラインハルト?」
俺達のテーブルに、誰かが近づいてくる。
今は、今だけはそっとしておいて欲しかった。
声を掛けてきた、無粋な輩を睨む。
「に、兄さん」
ラインハルトから、驚きの声が上がる。
声を掛けてきた人物をよく見ると、うっすらと記憶に有る顔があった。
元第2王子、フランツ様・・・・・・か?
記憶とは違い、無精ひげを生やしだらしない格好をしていた。
「おお、ヴェルマーの、えっと、アドルフだっけ?」
「はい、お久しぶりです」
「なんだぁ~? しけた面そろえて、どうした?」
「兄上、大事な話ですので・・・・・・」
「はぁ? 俺様に隠しごととは、偉くなったもんだなぁ~?」
「い、いえ、そんな訳では・・・・・・」
「冗談、冗談! 王太子殿下だもんな~! 偉いに決まってるよなぁ~」
ああ、面倒な人に見つかった。
王家の兄弟でも、尊大で王族らしい王族であろうとしたフランツ様。
その態度に、軍から担ぐに値しないと烙印を押された王子。
人心掌握の才能を持つ兄と、武芸に秀でた弟を持った、何も持たない王子。
いや、何でも出来るが何も持たないと言った方がいいか。
まるで前世の俺だな。
何でもほどほど出来るが、何も極めることが出来ない中途半端な才能。
いっそなにも出来なければ、色々と諦めは付くのに。
それも叶わない、周囲を引き立てるだけの存在。
それに気が付いて、あるべき努力をすればそれなりの評価は得られる。
しかし、彼は何でも出来ることに満足してしまった。
そして、王族と言う立場がその考えを固めてしまった。
持て囃され、自分を天才だと思うことで、自己を守るようになったらしい。
そのせいで、家臣たちから見放され、自身が望まない出奔を遂げてしまった。
そんな話を父上に聞いたことがある。
あれから、何年も経つけど・・・・・・変わったのか?
「悩みなら、俺に聞けって! なんでも答えてやるよぉ~!」
・・・・・・変わってなさそうだな。
「実は・・・・・・」
ラインハルト? 話すの?
俺自身は、そこまで嫌いじゃないけど、お前かなり嫌ってたんじゃ?
あ! そうか、身内になら話してしまうほど追い詰められていたのか。
ごめん、ラインハルト。俺は俺のことで一杯になってたけどお前はお前で限界になってたのか。
この人に話してしまうくらいに。
短剣を見せながら、ラインハルトは事の経緯を話していく。数年前まで、とことんまで嫌っていた兄に。
「なんだぁ~? そんな事で悩んでんのかよぉ~?」
「そんな事って! 兄上、俺は! ・・・・・・」
「簡単簡単! その短剣俺が使ってやるって!」
はぁ? 何言ってんだ、こいつ?
「お前らは失うものがあるから、使いたくない。俺は失うものなんてないし、それに神様になれるんだろぅ? 俺にピッタリじゃないか! 一国の王なんて似合わないと思ってたんだよ!!」
そう言うと、置いてあった短剣をつかみ取り、自らの胸に突き立てた。
俺達は、咄嗟のことで反応が遅れてしまった。
眩い光を放ち、短剣はフランツ様の胸に吸い込まれていく。
血は、一滴も流れなかった。周囲の人たちもその光景を驚愕の表情で眺めている。
そして、光が収まり周囲の人々に声が戻ると。
皆が皆、フランツ様に膝を付き首を垂れる。
忠誠を誓う王がそこに居るかの様に。
ラインハルトも膝を付きかけて、我に返る。
「兄上!! あなたと言う人は!!!」
怒りをあらわにするラインハルト。
俺は、短剣が無くなったことにどこか、喜びを感じていた。
「はぁっはは~!! 見ろ! 今まで出来そこないだと馬鹿にしていた奴らが、俺に赦しを乞うているぞ!」
聞くに堪えない、高笑いが聞こえてくる。
嬉しく思った感情は、その笑い声でどこか遠くに行ってしまった。
殺してしまおうか?
「アドルフ、神になった俺を殺すだと? いいのか? 魔神とやらを殺せるのは俺だけだぞ?」
グッ! そうだ。
しかし・・・・・・。
それにしても、原初の神殺しの法は効力を十分に発揮しているようだ。
神意を得るというのは、こういうことなのか?
他人を服従させて、他人の心にまで侵入する。
ここまで、凶悪な力が無いと神というのは殺せないのだろうか。
原初の『はうとぅ~』を信じるなら、フランツ様はまだ神意を得た状態でしかない。
これから神を殺めることで、その神の持つ神格を奪い取る。
それが原初の世界にあった、神殺しの魔法なのだと言う。
これを人が使いこなせる魔法の究極なのか?
これが俺の求めた魔法なんだろうか?
「さぁ、新しい神が直々に魔神を成敗してやる!! 案内せい!」
ものの数分でこの物言い、神を自称するに相応しい精神状態だったようだな。
けど、これで・・・・・・俺達が犠牲になることは無い・・・・・のか?
ラインハルトは悔しそうな表情で、兄を見ている。
こんな人でも、戦ってもらうしかないのか。
巻き込んでしまった感情より、怒りの方が強くなるようだった。
しかし、ただ一つの神殺しの法は、この人の中だ。
「ははは! 英雄志向の強い我が一族で、真に英雄と呼ばれるのは、この俺様ただ一人だ!」
俺達の頭上に、不快な声が降り注いだ。




