城塞都市と魔術師フール
メイウール城塞都市。
俺とミカリン、警護という名目で案内してもらったフールの3人はこのメイウール城塞都市の中央通りを歩いていた。
フールによるとこの国――ラファイアス王国――の首都ラファイアスの東側に位置する他国からの侵攻とモンスターの脅威から国家を守るために建造された都市とのこと。だが実際は周辺国家との仲は悪くなく、もっぱら脅威はモンスターだけである。それも10年前にヴァンパイアの集団が襲ってきたことと100年以上に前にドラゴンが来襲した程度で、知能のある存在ならわざわざここなどへは侵攻してこないそうだ。
フール自身のことを尋ねたが、フールはこのメイウール城塞都市の魔術師長をしているそうだ。この都市は警護のために100人ほどの魔術師を抱えておりその頂点に立つのがフールということだ。とはいってもフールはまだ13歳だそうで管理能力は期待できず、魔術師長補佐なる人物が魔術師達の管理をしているためフールは自由に行動することができるとのことだ。
フールの魔法能力について聞いてみたが、手の内を明かしたくないのかあまり詳しくは教えてくれなかった。
やがて一行はある建物の前に立つ。2階建てのその建物は長屋のように長く家5軒分くらいの大きさであろうか。入り口は大きな扉と何かのイラストのような看板、そしてそこには判読できない見たことのない文字が記載されている。
「ここが私のおすすめの宿屋です。私の知り合いが営業していますので、少しくらいならお安くできるかと思います」
「ありがとう。でも私達はこの街には泊まらずにこの街を見たら次の街へと旅立とうと思ってます」
ミカリンが打ち合わせにはない適当な事を言って断る。
「そうなんですか」
フールが少し訝しげに答えたが、『飛行術:フライング』系の魔法が使えるミカリンなら移動も支障がないため納得できるのだろう。
「では、ここで別れてもいいですし、私も暇なので街を案内することもできますが、どうしましょうか?」
俺とミカリンが目を合わせる。
「では街の案内をお願いできますか?」
俺がフールに答える。せっかく情報を引き出せる人物に会ったのだ。もっと聞きたいことがいろいろある。
「わかりました。私もミカリンさんの魔法の事とかいろいろ聞きたいですし。同じ魔術師として」
フールが明るく答える。
「いいよ。なんでも聞いて!」
ミカリンも明るく返事を返す。
俺は心のなかでなんでも答えちゃまずいだろ、と思いながら二人の会話を聞いている。
「では私の行きつけのお店でお茶でも飲みながら話しませんか?」
「あ、でもお金が……」
ミカリンが気がつく。そうだまだこの国のお金のシステムについて調べていなかったのだ。
「大丈夫ですよ! メイウールから給料たくさんもらってますから私。お友達になった記念におごらせてください」
「ほんと。うれしい!」
いつの間に友だちになったのかはわからないが、フールとミカリンは仲が良さそうに話す。
俺がフールとミカリンの会話に入れないでいるまま、フールの行きつけだという店についた。いかにも酒場という感じの雰囲気だ。店に入るとフールがおすすめだというお茶を3人分注文してくれた。お金は先払いで銅貨を6枚渡していた。銅貨はラフィアス・オンラインと同一の物のように見えた。
「さきほどの『飛行集団:フライング・マス』ですが……」
フールがさっそく切り出した。
「あの魔法が使えるということはミカリンさんは魔術師長クラスの能力をお持ちだということですよね? どこかの国や都市に仕えている方ではないのですか?」
「いえいえ、ただの旅人ですよー」
ミカリンがぱたぱたと顔の前で手を振って軽く答える。
「そうですか、もったいないですね。ミカリンさんなら破格の給金が出るというのに……。最上級魔法が使える人は私の知っている限り3人しかいないんですよ。私も入れてですが。ミカリンさんで4人目です」
「フールちゃんも最上級魔法使えるんだ?」
最上級魔法って何だ? そんな魔法の区別はラフィアス・オンラインにはなかった。そもそも『飛行集団:フライング・マス』はラフィアス・オンラインでは中の下程度の魔法だ。そんなことを思いながら2人の会話を黙って聞いている。
「『飛行集団:フライング・マス』は使えませんがいくつかの最上級魔法は使えます。これでも魔術師長ですから。でも最上級魔法のうち使えるのは半数くらいですね。まだまだ修行中の身です」
子供っぽく心持ち自慢気にフールは話す。
「そうなんだー私も最上級魔法はそんなに使えないよ」
「まあそうですよね。私の知っている残りの2人も最上級魔法は2つか3つくらいしか行使できません」
「そっか。私も同じくらいかな」
ミカリンがかなり適当に答えるが、フールはやはりそうかと頷いている。
最上級魔法が幾つ存在するのか、その全てがラフィアス・オンラインの魔法と同じなのか違うのかわからないが、フールの知っている人物でフールこそが最も魔法を使いこなしている魔術師だということはわかった。
「攻撃魔法なんかもあるのかな?」
俺がフールに問いかけた。
何を当たり前のことをという風にフールが答える。
「もちろんですよ。街から街への移動はモンスターと遭遇する危険が伴いますし、夜になると特に危険です。私も貴族たちの護衛の任務を負うことがあります。また、廃墟などにはゾンビなどのアンデッドも出没します」
「へぇー。フールちゃんは『広域強化火球魔法:ヘルファイア』なんかも使えたりするの?」
びくっとフールが反応して一瞬だけフールの顔が歪んだ気がするがすぐににこっと笑って、
「ミカリンさんは使えるんですか?」
とわざとらしい位に軽い高めの声で逆にミカリンに問いかける。
『広域強化火球魔法:ヘルファイア』はそれほど強力ではないが消費MPがさほどでもないことからゾンビなどの低級アンデッドの一掃には役に立つ。
「うん。使えるよ」
ミカリンはあっさり答える。
「へ、へー。あ、わ、私ももちろん、つ、使えますよ」
フールの顔が明らかに歪んでいる。
「あ、えっと上級魔法で使えるのは『飛行集団:フライング・マス』と『広域強化火球魔法:ヘルファイア』の2つだけかな。たぶん」
ミカリンがあわててフォローする。
フールの歪んだ顔が元に戻り、美少女としての顔を取り戻した。
「そ、そうですよね。そんなぽんぽん上級魔法が使える人っていないですものね」
少し動揺したしゃべり方だが、平静を取り戻したようだ。
俺は見えないところでミカリンの足を小突く。
ミカリンはてへっという感じにちょっとだけ舌を出した。
「そうだ、ミカリンさん。私達に雇われる気がありませんか? 実は王家では悪魔の襲来に備えて討伐チームを編成しているんです。それほどお強いのでしたらかなり貰えますよ! 私が推薦すれば雇ってもらえるに違いありません。私も前金で金貨10枚も貰ったんです!」
ほらっという感じにフールが1枚の金貨を取り出して顔の前に見せびらかすように2人に見せてくる。それを見て俺とミカリンは顔を見合わせた。ラフィアス・オンラインの金貨と明らかに違う。
少し同様しながら、俺は言った。
「ちょ、ちょっとそれを見せてもらっていい?」
「いいですよ! はい」
俺とミカリンは初めて金貨を見た子供のように金貨をいじりながら何度も表裏とひっくりかえしてしげしげと眺めた。
「もしかして金貨を見るの初めてですか?」
フールが俺たちに問いかける。何と答えるのが正解なのか。さて、上級魔法を使える魔術師と共に旅する戦士が金貨を見たことがないのは不自然なのではないだろうかと考える。
「いや、実は私達の国の金貨がこれなんですが……」
俺はラフィアス・オンラインの金貨を取り出してフールに見せる。今度は逆にフールがしげしげとその金貨を眺める。
「これはどこの国の金貨ですか?」
フールが尋ねる。
「遠い国のものです。ちなみにこれが銀貨です」
返答を濁して俺は銀貨をフールに見せる。
「そうですか、銀貨は同じなんですね」
フールが答える。よかった、とりあえず銀貨は使えそうだ。だが、金貨は今後使用できないということだ。
「見たことのない綺麗な金貨ですね。よかったら私のと交換しませんか?」
フールが金貨の交換を提案してきた。当然断る理由はない。この世界の金貨を手にすることはこの世界の調査の目的に適っている。しかも管理者権限の特権を使用すればアイテム増殖、すなわちこの世界の金貨の無限増殖もできるかもしれない。
金貨が無限にあればこの世界で売っているものがなんでも手に入る。もちろん銀貨なら無限にあるが、大量の金貨となれば換金に手間がかかるだろう。
「いいですよ」
俺は快く答えてフールと金貨の交換をした。フールはめずらしい玩具でも貰ったかのように嬉しそうに金貨を手にとって眺めた後その金貨を他の金貨とは別に懐にしまった。
「さて、話を元に戻しますが、例え悪魔が現れなかったとしても前金は返さなくていいんです。しかも悪魔を倒すことができたらその貢献度にかかわらず……」
フールの発言を遮るようにミカリンが断りの返答をする。
「ごめんなさい。私達あまり時間がないんです」
「そうですか。今日会ったばかりの人にお願いするようなことじゃなかったですね。ただ、今招集されている者達ではあまりに心許なかったものですから」
「強者と呼ばれるような者達は招集できなかったんですか?」
俺がフールに問いかける。
「いえ、そうではないんです。皆かなりの実力を持つものばかりです。ただ預言者ダーリア様の話だと全然戦力が足りていないんです。それに……」
フールが何かを言おうとしていた時、この店の扉がばたんと大きな音を立てて勢い良く開けられ、一人の騎士が店に駆け込んできた。フルプレートを装備し、腰にはロングソードを身に付けている。
「フール様! こちらにおられたのですか!」
「ああ、ヤイダですか。どうかしましたか?」
つかつかとフールの元まで近寄り、フールの耳元で小さな声で囁く。
「フール様! さきほど王都からの使者の連絡により数刻前に悪魔と思われる存在を感知したとのことです。出現場所は預言者ダーリア様の予言通りのベガルト近郊とのことです!」
「ふむ。ベガルトは今しがた私が偵察に行ってきたばかりだ。その後の来襲ということか……」
忘れ物ではなく偵察だったのか、フールはそこそこ強そうだしいざとなれば1人の方が魔法で身軽に逃げ出すことも簡単だろうなと俺は考えていた。
「口を挟んで申し訳ないが、その悪魔の特徴などはわかっているのでしょうか?」
俺はそのヤイダとやらに質問した。
「フール様、この者達は?」
ヤイダが不審そうにフールに問いかける。
「旅の上級魔術師と戦士殿だ。私がスカウトしようとしていたのだが、生憎断られてな」
「上級魔術師……そうでしたか。悪魔の姿形、その能力などはまだ判明しておりません。ただ、預言者ダーリア様の側近が強大な力の発生を確認したとのことです」
「なるほど。いずれにせよ早急に対応しなくてはな」
フールの口調が完全に魔術師長のそれになっていて声は低く、大人びていた。
「ミカリン殿、タカヤン殿、申し訳ないが私は緊急にメイウール城に戻らなければならない。もし気が変わって力を貸してくれる気になればどうか城まで来ていただきたく思う。必ず望む額の報酬を約束しよう」
俺とミカリンは無言で顔を合わす。
二人の返答を待たずフールが続ける。
「それでは時間がないので私は失礼する。いつかまた機会が有れば会うとしよう」
フールは立ち上がり踵を返し足早に立ち去っていった。さきほどまでの子供っぽいフールではなく、魔術師長としての風格さえ漂っていた。
フールが立ち去り二人きりになって最初に口を開いたのはミカリンだった。
「先輩、悪魔の強大な力を確認したって言ってましたよね」
「ああ」
俺が重い口調で答える。
「あれって私たちのことじゃ」
「ああ」
その可能性は非常に高い。LV200でこの世界に来てしまったのが失敗だったのだろう。何らかの手段で感知されたのかもしれない。
「力を感知できる魔法って、あれ何だったっけ?」
ミカリンに聞く。
「『能力看破:アビリティ・ディテクション』ですね。レベルもいっしょにわかります。同じような魔法があるんでしょうか? でもこの魔法は近くにいないと効果がないはずです」
「この世界特有の魔法がある可能性もあるし、特殊能力の可能性もあるな」
「確かに能力を見抜くって設定のモンスターもいましたしね」
「とりあえず『最上級魔法効果防壁:インフィニット・マジック・ウォール』でもかけておくか。最初から使っておくべきだったな」
「そうですね。これで悪魔が消えたってなったら、完全に私達が悪魔決定ですね」
ミカリンが『最上級魔法効果防壁:インフィニット・マジック・ウォール』をかけた。この魔法は究極の魔法として存在し通常プレイヤーが会得することはほぼ不可能とされている。あらゆる魔法効果、魔法探知、魔法による毒や麻痺、精神支配を無効とする、攻撃魔法以外の対魔法に関しては完全無敵となる魔法だ。しかも攻撃魔法を半減させる効果まである。
プレイヤー対プレイヤーの戦いで魔法による攻撃においては、直接的な攻撃魔法の他に相手を弱体化させる補助魔法をいっしょに使うことが多い。必ずどんな相手にも弱点があり、弱点をつくには補助魔法が不可欠だからだ。その補助魔法を無効化する『最上級魔法効果防壁:インフィニット・マジック・ウォール』は少し違法強化じみていることもあり会得を極端に難しく設定してある。当然ラフィアス・オンラインで会得しているプレイヤーは一人もいない。
能力探知だけを無効化する魔法もあるにはあるが、この世界でどんな魔法があるかわからないうちはこの『最上級魔法効果防壁:インフィニット・マジック・ウォール』を使用しておかないと安心ができない。
「さて、どうやって悪魔消滅の確認をするか。とりあえずメイウール城とやらに行ってみるか。フール達はラファイアス城とは魔法か何かで連絡をとっているんだろうか」
「結構距離が離れていそうなので何らかの通信手段があるんでしょうね」
「そうだ、インフォモニターで見てみるか」
俺は他の客に怪しまれないようにこっそりコンソールを出す。インフォモニター――コンソールによって様々な情報を空間上にホログラムとして表示する――を出現させ周辺のマップを表示する。本来ならそこにはプレイヤーの名前と位置情報もいっしょに表示されるはずなのだがタカヤン、ミカリンの2人のポインタしか表示されていない。
「この世界の人間は表示対象にならないのかな」
「そうみたいですね。地理が確認できるくらいしか使えなそうです」
他の客の目を気にしてインフォモニターを消去する。客は少なくまばらなため怪しまれてはいなそうだ。
「フールの位置確認ができたら便利だと思ったんだが。仕方ないメイウール城へ行ってみるか」
「そうですね」
「メイウール城は真ん中のあのでかい城だろう」
俺とミカリンは店を出て城塞都市の中央にある城へ向かって歩き出した。
「とりあえず、この世界での調査としてはまず人の存在を確認。モンスターも直接は見ていないがどうやらいるようだね。通貨は金貨以外は使えると」
城へと歩きながらミカリンに話しかける。
「魔法はとりあえずフライング系は大丈夫そう。あと歩きながら試せるアイテムを試してみましょうか」
「そうだな。周りの人間に怪しまれずに試せるのは何だろうか」
「これなんてどうです?」
ミカリンが腰にぶら下げた袋からアイテムを取り出す。『天使の羽』装備の重量を一時的にゼロにするレアアイテムだ。
「なるほど。いいね」
俺は戦士としての軽量な装備を身に着けているが、それでもそれなりの重さを感じてはいる。ミカリンも同じアイテム、天使の羽を取り出しアイテム使用をイメージする。ラフィアス・オンラインではアイテムの使用をイメージするだけでそのアイテムの効果を発揮することができた。
この世界でも同じようにイメージだけでアイテムの効果が発揮された。天使の羽は虹色のきらめく光の粒子を纏いながら色が淡くなって粒子に包まれて消える。それと同時に鎧の重量を感じなくなった。
「おお、ちゃんと重さゼロになってるよ」
少し遅れてミカリンもアイテムの効果を発動させた。
「ほんとだ! 体が軽いですよ」
ミカリンの方が装備が軽量のため分かりにくいかもしれないが、それでも重量ゼロというのは普通とは違う感覚だ。
「さすがレアアイテム」
感心するようにミカリンが呟く。
「さて、他には……透明化のアイテムも使いたいけどさすがに人目があるし、疲労軽減や空腹解消系のアイテムかな」
歩きながら2人で思いつく限りのアイテムを使ってみた。疲労も空腹もほとんどなかったがそれでもアイテムの効果は感じられた。その他のアイテムも機能しなかったものはなかった。そうこうしているうちにメイウール城が眼前にせまってきた。さて、すんなり通してくれるかなと考えていると開け放たれた城門から人の出入りが多いのが目につく。異常な状態なのは目に取れる。
2人が城門のそばに差し掛かった時、場内から静かに出てくる10人の一団と出くわした。幸運にもその中の1人にフールがいた。
「ミカリンさんとタカヤンさん!」
フールが明るく声をかけてくる。
「みんな先に行っててー」
軽い声でフールが集団に声をかける。
「畏まりました。フール様」
一団の兵士と魔術師たちが軽く会釈をし、歩を進める。
「ミカリンさん。実はあのあとすぐ悪魔の気配が消えたって連絡が入ったんです」
俺とミカリンは目を合わせる。
「そうですか。よかったですね」
ミカリンが明るく返答する。
「それがそうではないんですよ。悪魔の気配に引き寄せられて廃墟や墓地からアンデッドがベガルトの街に入り込んでいるようなんです。今からそれを討伐しに行かなければなりません」
「そうですか、それは大変です」
「あの、それで良かったらなんですがお二方もご協力いただけないでしょうか。悪魔討伐より安いですが報酬も出しますので。でも時間があまりないので即答いただけると助かります」
ミカリンはちらりを俺の方を見た後フールに向き直り返答する。
「実は私たちはあと8時間くらいしかここにはいられないんです」
「そうですか。問題なのは時間だけですか? 今回は私が魔法を使ってゲートを開いて移動するので移動は一瞬です。それとミカリンさんと私の魔法があれば2時間位で討伐できると考えています」
「行ってみるか」
俺が呟いた。
「ほんとですか?」
フールの顔がぱあっと輝く。
「行きましょう!」
ミカリンも続く。
「ありがとうございます! 斥候の話ですとゾンビ、グール、スケルトンの類が500ほどだそうです。ミカリンさんと私達なら楽勝のはずです。報酬は前金で金貨1枚ずつお渡ししておきます。残りは成功報酬として終わった後にご相談しましょう。とりあえず時間がないのでいっしょに来て頂いていいですか?」
「時間がないなら前金の分も後でいいですよ。急ぎましょうか」
俺が返答する。
「そうですか。ありがとうございます。城内でのゲートの使用が禁止されているため街外れの人気のないところから出立します。ではついてきてください」
俺とミカリンは無言で頷き、フールの後に続く。3人は足早に街外れに歩を進める。これでモンスターの確認という今回の調査目的が達成できそうだ。しかもこの世界の住人の戦闘能力も測ることができるだろう。特にフールの魔法能力がどの程度か。ゲートを開くと言っていたがラフィアス・オンラインにそんな魔法はなかったはずだ。
街外れにつくとフールが先に行かせた9人が待っていた。戦士5人に神官らしき人物が1人、フールを入れて魔術師が4人。それぞれが異なる武器防具を所持しており統一性はない。
皆がちらりとタカヤンとミカリンを視界の中に入れる。
「こちらの2人も協力していただくことになりました。ミカリンさんタカヤンさんです。時間がありませんので、さっそく移動を始めます」
フールは右手に持った短い杖を掲げ、呪文を唱える。青黒い光でできた魔法陣がフールの足元に出現し、フールは『転移の扉:トランス・ゲート』を発動させた。急いでいたためか、ここへくる途中にゲートに関する説明はフールから一切なかった。この世界では当たり前の魔法なのだろうか。
フールの目の前に垂直に半円状の半径2メートル程の円が現れ、その周囲にそって光の粒子が現れた。その円の内部がすぐに黒く染まる。やがてその漆黒がゆっくり青に変わって揺らめく。半円形の扉のような、あるいは洞窟の入口のような物がそこに出現していた。
「さあみなさんこの中に入ってください。ベガルトの街の門前へと繋がっています」
フールが皆に伝えると同時にまず自分がその半円の中に歩み出す。半円に飲み込まれるようにフールの姿が消える。次に戦士、神官、魔術師の順に半円の中に入る。遅れてタカヤン、ミカリンの順に半円の中に入る。
半円の扉を抜けるとそこはベガルトの街の外、ベガルトへ入れる門から20mほど離れた場所だった。その門は破壊され、周囲には異臭が立ち込めていた。空は曇り、昼間だというのに薄暗い。さすがに壁はその姿を保っているが門の中を見ると家々がいくつか破壊されているのが目につく。各家にゾンビやグールがしがみつくように纏わりついている。生者の匂いの跡に引き寄せられているのだろうか。
フールが皆に声をかける。
「では今からアンデッドの掃討を開始します。報告では500体ほどとのことですので1人あたり50体ほど倒せばいい計算です。万が一『超悪魔:グレーターデーモン』などの出現があった場合は即撤退です。ここに戻ってきてください。それとなるべく家などの破壊は最小限にしてください。ミカリンさん、なるべく『広域強化火球魔法:ヘルファイア』は最終手段でお願いします。いざとなれば使っていいですが街ごと焼きつくしかねませんので」
皆がミカリンを驚愕の目で見た気がした。「ヘルファイアだと……」と呟く魔術師の声が聞こえる。
「わかりました」
簡潔にミカリンが返事をする。
「それにしても1人50体って無理がないか」「いやフール様がいるから」「上級魔法使いが2人もいるのは心強い」「フール様1人で100体以上いくだろうな……」など呟きが聞こえた。
「では私から行っちゃいますねー。皆さん後に続いてください!」
突然フールの声がいたずら好きな子供の声に変わった。
フールはたったったっとベガルトの街の門に向かって駆け出す。まるでピクニックにでも行くような軽い足取りだった。普通魔法を専門とする職業は後方に控えて戦闘をするものだがフールにその考えはないらしい。他の皆もそれに続いて駆け出す。大人の足ならば簡単にフールを追い越すこともできるが、それを憚らせる何かが感じられた。最後にタカヤンとミカリンが後に続く。タカヤンがミカリンにこっそり話しかける。
「ミカリン、とりあえずみんなの戦闘能力に合わせて戦おう。あまり強い能力を発揮すると目立ってしまうから」
「わかりました。先輩」
――――
終わってみると早かった。フールの力は圧倒的だった。フール1人でアンデッドを200体以上は倒したのではないだろうか。ミカリンはフールの使う魔法の1段階下位の魔法を行使して戦った。それでもミカリン1人でアンデッドを120体ほど倒している。ちなみに俺は50体ほどの戦果だった。まあ俺はアンデッドを半殺しにしてなるべく他の戦士や魔術師に成果を譲るようにしていたんだが。
それにしても1時間足らずで500体のアンデッドを掃討したことになる。これが墓地や廃墟なら何も気にせずに『広域強化火球魔法:ヘルファイア』で数分で片が付くが、周りの建物への被害を最小限にすることを考えると十分な働きのはずだ。
「みなさんお疲れ様でした。神官のアンデッドの探知魔法に反応がありませんので、無事掃討は完了したと判断します。悪魔の件が心配ですが、私達では太刀打ちできませんので早々に引き上げることにしましょう」
フールが街の中央で皆を労う。
「それにしてもミカリンさんすごいですね」
街の外へ歩きながら魔術師の1人がミカリンに話しかけてくる。
「いえ、私なんてまだまだフールさんの足元にも及びませんし」
ミカリンが照れながら返答する。
「いやーあの方は大魔術師フールなんて呼ばれるくらいですから、別格ですよ」
「そうなんですか」
「ええ、知らないんですか? 2年前にもメイウールを襲ったヴァンパイアを含むアンデッドの一団をほぼ1人で薙ぎ払ったんですよ」
「あれ、それって10年前じゃないの?」
「いえいえ、10年前の事件はメイウール内への侵攻を許してしまった事件です。2年前のそれはアンデッドの侵攻をフール様が未然に防いだのです」
「へー」
ミカリンはそれがすごいことなのかどうかわからず返答に困りながら返事をした。ミカリンの驚きを感じない返答にいささか戸惑いながらその魔術師は続ける。
「ヴァンパイアっていってもただのヴァンパイアじゃないんです。ヴァンパイア・ロードですよ!」
「それはすごいね!」
さっきの反応は不味かったと感じたのかミカリンはちょっと大袈裟に驚いてみせた。
「でしょ!? あの方を怒らせちゃダメですよ。ラファイアス王国でも自由に行動できる権限をお持ちなんですから。王族にだって顔が利きます」
「はあ」
魔術師はミカリンの理解しているのかしていないのか煮え切らない返事に納得していない様子だったが話しているうちに街の門前にあるゲートまでたどり着いた。
「じゃあ、皆さん帰りますよー私は最後に入りますのでー」
軽い口調でフールが皆に声をかける。
ここに来る時とほとんど同じ順番でゲートをくぐり、ミカリン、俺と続き、最後にフールがゲートをくぐった。フールがメイウールの街外れのゲートの出口に現れると同時にゲートが黒い光の粒子に包まれ消失した。
「では皆さんいつも通り報酬はメイウール城のゴーリアさんの所へ行って受け取ってくださいね。あ、タカヤンさんとミカリンさんは私が雇う形になっていますので私が直接報酬をお渡ししますね。では解散です」
「お疲れ様」「おつかれでしたー」「ではまたのちほど」それぞれが声を掛け合って別れていった。報酬を受け取りに行くためか幾人かはメイウール城へと向かっていく。ミカリンと話していた魔術師もミカリンに別れの挨拶をした後に城へと歩いて行った。
フールがミカリンとタカヤンの元へと歩いてくる。
「お二人共強いんですね。びっくりしました」
「いえいえフールちゃんもすごいね。びっくりだよ」
「えへへ。でも『超悪魔:グレーターデーモン』なんて現れたら手も足も出ないと思います。ミカリンさんに助けてもらうとありがたいのですが」
「手伝ってあげたいのはやまやまなんだけど、もうそろそろ行かなくっちゃ」
「そうですか。残念です。ではこれを貰っていただけませんか?」
フールはミカリンに水晶を差し出して話を続ける。
「この水晶には魔法が込められています。いつでも私と連絡が取れますので気が変わったら教えて下さい。それともし困ったことがあれば助けに伺いますので遠慮無く連絡してください」
「ありがとう。じゃあお礼にこれをあげるよ」
ミカリンが取り出したのはルビーの様に真っ赤な石がはめられた指輪。魔法効果増強の指輪だ。とはいっても下から2番目程度のランクの低いアイテムだ。
「え、これは…こんなの貰えないよ」
「この世界にも魔力増強の指輪ってあるの?」
ミカリンがフールに問いかける。
「え、ええ、やっぱり魔力増強の指輪なんですね。下級の物しか見たことはありませんが。私のしているこれがそうです」
フールがミカリンに自分の指輪を見せる。とても小さい真っ赤な石がはめられていた。
「たくさんあるから1個あげるよ」
フールが恐る恐る手を伸ばして受け取り、指にはめる。それと同時にフールは目を丸くした。自身の魔力の強力な増大を感知したからだ。
「これがたくさん……ミカリンさん、あなたは何者……」
フールが微かな声で呟く。
「ほ、ほんとに貰っていいの?」
「もちろん!」
ミカリンの返答にフールは子供らしい満面の笑みを浮かべる。
「ミカリンさん大好き! また会おうね!」
「うん、フールちゃん、きっとまた会えるよ!」
――――
このあと俺たちは少し早いがこの世界からログアウトして現実世界に帰っていった。この世界の時間で数時間後フールはラファイアス王国首都にいる著名な鑑定士の元を訪れていた。
「フール様、間違いなくこれはラファイアス王国の秘宝として宝物庫に保管されている指輪より強力なものです。しかも最上級の魔力増強の指輪。私の知る限りこれと同等のものは世界に3つしかないそうです。今まさに4つ目がここに……」
この日こそフールが他の者を寄せ付けないラファイアス王国最強の大魔術師となった日である。
しかしフールには疑問があった。彼女――ミカリンと名乗っていた女性――はこの指輪を所持していながら身に付けてはいなかった。しかも真偽のほどは不明だが複数所持しているとも言っていた。彼女がこの指輪を身に着けたらどれほど強大な魔力を持つか。フールを脅かすほどかも知れない。
たくさん持っていると言っていたがいくつだろうか、3つか4つか。それは3人、4人の強力な魔術師を生み出すことに繋がる。果たして世界に4つしかない指輪をそれほど持っているだろうか、しかもそれを簡単に私にくれてしまうなんて……
考えられるのは彼女がこの指輪を使ったことがなくてその効果を知らないとか。たくさん持っているといったのも似たような別の指輪で、そっちの効果は然程でも無いのではないか。
そうか、だからこの指輪も大した事がないと思って私に簡単にくれてしまったのか。だとしたらこんな貴重なアイテムは返さなければならないだろう。返すのは惜しいが返すべきだとフールは思った。
あ、報酬を渡すの忘れてた。水晶があるから向こうから連絡してくるかな。またミカリンさんに会いたいな……メイウールの宿舎に帰ったフールはぼんやりと考えていた。
その数日後、悪魔の脅威はとりあえずなくなったようだと王国よりフールの元へと連絡が入った。この一件は預言者ダーリアが外した初めての予言となってしまった。悪魔のことは王国関係者にしか知らされておず、予言はベガルトの住民にとってはアンデッドによるベガルトへの侵攻と解釈され、被害者がでなかった事に人々は安堵し、預言者ダーリアに感謝していた。