魔王の襲撃
――ラファイアス王国ではタカヤン以外の開発室のメンバー全員が行方不明となり、そのまま1ヶ月弱が経過していた。タカヤンらがこの世界に来てからは約4ヶ月が経過していた。
この日、ラファイアス王国は火の海となった。
魔王が魔物を引き連れ、ラファイアス王国に攻め入ってきたのだ。これはエムル・グルントというダークエルフが手引したものだ。
地形の有利さに頼りきりだったこの国は軍備の強化を怠っていた。そのため魔王の軍勢による首都ラファイアスへの侵攻を許してしまった。
焼け落ちる貴族たちの屋敷。逃げ惑う人々。
すでに魔王の軍勢はラファイアス城へと迫っていた。
首都は壊滅状態、ラファイアス王国の各村々までもが火の海に包まれ、王国全土は焦土と化していた。
ラファイアス王国の国王であるシルフィール3世は魔王の襲撃の最中、急ぎ隣国のフレイタム王国女王であり、妹でもあるネガルへ連絡を取り、援助を要請していた。
そして魔王の襲撃から数刻遅れて到着するフレイタム王国の軍隊とネガル、フール・ライアスとフェルト・ライアスの姉妹。
――――
「だー! 本当にこの数。きりがないわね」
ラファイアス城へ向かう途中、襲ってくる大量のモンスターを捌きながら、フェルトがそうぼやく。
「しょうがないよ。お姉ちゃん。倒していくしかないよ」
同じくモンスターを薙ぎ払いながらフールが答える。
「ほんとに、ネガル様はこんなところまで来なければいいのに……」
フェルトは小さい声で文句を言う。フールにしか聞こえないように言ったつもりだ。そう2人にはフレイタム王国の女王ネガルが同行していた。ネガルを守りながらラファイアス城へ向かっているため、どうしても歩みが遅くなっていた。
「私もどうしても来たかったのですよ。お兄様のことも心配ですし。予言の時が目前に迫っているのです。それにしても……フールちゃんの強化が少し遅かったわね。まだ惨事はこれからだというのに……もしかしたら間に合わないかも……」
フェルトの愚痴をしっかりと耳にしていたネガルが申し訳なさそうに口を開いた。
はっきり言ってフールとフェルトは苦戦を強いられていた。ネガルがいなかったらどうにかなっていたかもしれない。フレイタム王国の軍隊は自分達の身は自分達で守るべきであろうが、ネガルは違う。身を守る術を持っていないのだ。
「どうして『カイハツシツ』の人達、助けに来てくれないんだろう? どこへ行っちゃったんだろう……」
「フール、あんな人達あてにできないよ。私達で何とかしよう」
そこへネガルが口を挟む。
「そういえば1人……残っているっておっしゃていましたね。ラファイアス城の牢に入れられてるとか……」
それにフェルトが答える。
「タカヤンさんですね」
「そうです。タカヤンさんを助けに行きましょう」
「どうしてですか? 彼が私達の力になるとは思えませんが……」
「いえ、そうとも限りませんよ。やはりあの方達は特別ですからね。確か地下にある特殊牢に入れられているんですよね。お兄様のことも心配ですが、とにかくそこへ向かいましょう」
――そしてフール、フェルト、ネガルの3人がなんとかラファイアス城の麓へ辿り着いた時、城は落城寸前だった。
城の尖塔はいくつかが崩れ落ち、中にはその塔の真ん中からぽっきりと折れて逆さになり、屋根を下に向けているものもある。城の外壁もかなりが崩れ落ち、最上階からは煙が上がっている。城門は破壊され、城内には多数のモンスターが侵入しており、ラファイアス軍と交戦中だ。
だがラファイアス軍が圧倒的に不利なようで、逃げ出してくるラファイアス王国の兵士に何度も遭遇する。彼らを捕まえて問いただしたところ、ラファイアス国王であるシルフィール3世はどこかへ避難しているのではないか、とのことだ。さすがに地下牢のことまでは情報が得られない。
モンスターとの交戦はネガルが連れてきたフレイタム王国の兵士に任せ、ネガル、フール、フェルトの3人は地下牢へとタカヤンの救助に向かう。
「お姉ちゃん、本当にこっちでいいの?」
「わかんないけど、特殊牢っていうから地下の奥深くなんでしょうよ」
「なんかカビ臭いよココ」
「我慢しな、フール。匂いくらい我慢できないとお姉ちゃんのように強くなれないよ。おーい、タカヤンさーーーん!」
ネガルを守りながらタカヤンを探して地下へ続く階段を降りる。地下の回廊を進む3人。さらに地下へと降りていく。その階段を降りる最中、ドーン、という大きな音とともに地響きがした。
「な、何!?」
ネガルが声を上げる。3人の頭の上には天井からぱらぱらと小さな破片が落ちてくる。
「ネガル様、危険だから戻りましょう」
フェルトが撤退を提案する。
「いえ、どうしてもタカヤンさんの力が必要です。絶対に探します」
そう言い張るネガル。その直後回廊の奥から叫ぶ声が聞こえた。かなり小さいのでこの回廊のさらに先から聞こえるようだ。
「(……そこいるのは誰ですかーー?)」
その声は小さかったが確かにタカヤンの声だった。
「ほら、いましたよ。先に行きますね」
走りだすネガル。「待ってください、ネガル様」そう声をかけながら後を追うフールとフェルト。
再びドドーン、という轟音と衝撃とともに地震のような大きな揺れが起きる。壁が一部崩壊し、天井から大きな瓦礫が落ちてくる。一瞬ふらつくフールとフェルト。
「お姉ちゃん、すごい揺れ!」
「ネガル様、待って、気をつけてください!」
そうネガルに声をかけたフェルト。その刹那フール、フェルトの前方の天井が崩落する。大量の瓦礫が眼前に落ちてきて腰の高さで道を塞ぐ。瓦礫を越えようかどうしようか迷った直後、再び大量の瓦礫が崩れ落ち、目の前の道を完全に塞ぐ。そして先に行ってしまったネガルへの道が閉ざされてしまった。
「ネガル様ーー! ネガル様ーー! ネガル様ーー! ネガル様ーーーー」
叫ぶフール。返答はない。目の前の瓦礫の山は厚そうだ。声は届いているようには思えない。
「ネガル様が生きていることを祈るしか……。生きていれば後はタカヤンさんに何とかしてもらうしかないね……。ネガル様のところまで別の道がないか探そうフール」
再びドドドドーン、という轟音とともに足元が激しく揺れる。バランスを崩すフールとフェルト。それと同時に後ろの天井が崩落する。落ちてくる大量の瓦礫。瓦礫に潰されこそしなかった2人だが、戻ろうとした後ろの退路までが絶たれてしまった。
「まいったね。閉じ込められちゃったよ、フール」
さすがに焦りの色を浮かべるフェルト。
「お姉ちゃん、私の魔法で破壊する?」
おどおどしながら声を出すフール。
「それもいいけど、崩落を招く危険もあるから。とりあえず私がゴーレムを召喚して天井を支える」
早口で喋るフェルト。
「あ、それならこれがある! ノノミンさんに貰っていた召喚クリスタル」
つられて早口になるフール。
「そうだね。魔力の温存にもなるしね。急いで頼むよフール」
「ドラゴン召喚クリスタルはドラゴンが大きすぎると危ないからね。ゴーレム召喚クリスタルを使ってみる。4個あるけど全部使っちゃっていいかな?」
「いいよいいよ。非常事態だ。ここ狭いけど入りきるでしょう」
「わかった。いくね!!」
正直行方不明になってしまったノノミンには悪いが、早く使ってしまいたかったこの召喚クリスタル。フールはこの黒く濁ったクリスタルはなんとなく使いたくもなかったが、持っていたくもなかった。
ぱりん。ぱりん。ぱりん。ぱりん。
4つのクリスタルを床に叩きつけるフール。召喚されるゴーレム? ゴレーム? ゴーレム? ゴーレムなのか?
「な、な、な、何これ?」
「ひーーーー」
狭い空間に突如出現したそれはゾンビゴーレムとでも呼べばよいか。死体が腐った塊で人型に形成されたゴーレムが4体召喚された。いったい何人分の死体が使われているのであろうか、原型を留めていないその死体。ゴーレムの体からは数十人分もの手足が生えている。動くスペースのないその場所で、死体の塊であるゾンビゴーレムがもぞもぞと動く。フールとフェルトに逃げ場はない。
「お姉ちゃん、く、臭い……ゴーレムが近すぎ……」
「と、トラウマになるよ、これ……アホフール!!」
「お姉ちゃん、これぬるぬるして気持ち悪い……」
「あんたのせいでしょうが。私アンデッドが苦手なんだよ。この非常事態にあんたは……」
「ち、違うよ、ノノミンさんが……ノノミンさんが……」
ゾンビゴーレムにピタリと密着される2人。ゴーレムのおかげで瓦礫からは守られている。だがフールとフェルトはその密着と悪臭により死を覚悟していた。




