少女とシガシガと
ミーネ・ルーバ、それがドラゴンバレーに導いてくれた少女の名前だ。
前髪パッツン、黒目黒髪の少女。民族衣装のような出で立ちだが、その布の薄そうな服装にもかかわらず雪山にいた時から寒がる様子は見られない。真っ赤なほっぺと愛くるしいくりくりした眼でミカリンとシガシガを見つめてくる。
「わたしはミーネ・ルーバね。ミーネって呼んでね。5歳です。といっても人間の5歳とはちょっと違うけどね」
あどけない顔、舌っ足らずな言葉。
「ミーネちゃんね。よろしく。私はミカリンです。人間の5歳とは違うって、ミーネちゃんは人間じゃないの? もしかしてドラゴンなの?」
人間とは違う、という言葉を聞いてミカリンが尋ねた。
「うん、この体はドラゴンのものだよ。ドラゴンの特殊能力で人間の姿になっています。ドラゴンとしては50歳なんだけど、まだ若すぎて人間になると5歳くらいの姿になっちゃうんだよ」
その話を聞きながら勘の良いシガシガは考えていた。
(ふーん、そういえばサーバーの人工知能も50年前に初期型が開発されたって言ってたな。つまりラフィアス・オンラインのミネちゃんももう50歳ってことか。ミネちゃんの話し方も子供っぽかったわね。まだたった50歳って言った方がいいのかな。龍族も同じように50歳はまだ子供ってことかしら。ん? ミネちゃん、ミーネちゃん? まさかね……ミーネ・ルーバ。え? は?)
「この装備で近づいていってあのフロストドラゴンさん達驚かないかな?」
ミカリンが心配そうに言う。今のミカリンの装備はかなり仰々しい。スカート状になった長いローブの裾は大きく広がり、胸元もミカリンのそれより一回りも大きく、装飾が派手な金属製のドレスを着ているかのようだ。
「たぶん……大丈夫だと思うけど……行ってみようか」
ミーネがそう答えて3人は歩き出す。重厚装備のミカリンを先頭にミーネとシガシガが後ろを歩く。
ミーネの首根っこを捕まえてシガシガがこっそりと囁く。
「(あなた、人工知能のミネルヴァじゃない?)」
「(え? なんのこと? あたしわかんない。あたし5歳だもん。じんこうちのう? なにそれ? あたしラフィアス・オンラインなんて知らないし)」
「(やっぱりミネルヴァじゃない)」
「(あはは、ミーネ・ルーバですぐ気がつくと思ったんだけさ。気が付かないのはミカリンさんくらいだね)」
途中ミカリンに何こそこそ話してるの? と突っ込まれたが「ううん。ミーネちゃんと世間話」と答えてシガシガはミカリンと距離をとってミーネとの会話を続けた。
「(ミネちゃん、この世界に来れたの? もしかしてドラゴンの体を乗っ取ったとか?)」
「(違うよ! このカラダは借りているだけだよ。快く貸してもらってるよ)」
「(ミネちゃん何しに来たの? まさかミネちゃんも遊びに来たとか言わないわよね?)」
「(まさか。わたしは異世界になんて憧れていないよ。ちょっと大事なことを伝えに来たんだよ。もうすぐ大惨事が起こるからね)」
「(え? 大惨事?)」
「(まあ大惨事とも言えるし、見方によっては幸運な出来事とも言えるんだけどね)」
「(ミネちゃんの未来予測の計算結果ってことよね? 起こる確率は? 何が起こるの?)」
「(えっとね、その事象が起こる確率は大体99%くらいだよ。内容はね、大いなる絶望だよ)」
「(え? どういうこと? 幸運な出来事って言えるはずないでしょ?)」
「(ミカリンさんもシガシガさんもすでに経験したはずだよ)」
「(……)」
「(そしてどんなネガティブな事象でも、それをポジティブな事象に変換できるんだよ)」
「(難しいわね。人工知能の考えることは。まったくわかんない)」
「(大丈夫だよ。一見すると辛いこと、苦しいことに感じてもすべては必要があって起きているんだから。後から思い返すとその完全さを知ることができるよ)」
「(……)」
「(大丈夫。何が起こっても完全だから)」
ミカリンの後ろでそんな会話が繰り広げられていたとは知らずに、3人はフロストドラゴン達とその近くに見えた人影に近づいた。
人影に見えたもの、それは人ではなかった。




