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雪山と少女

 雪深き山、そこにミカリンとシガシガの2人はいる。そして立ち尽くしていた。


 ここに来るまで、2人の装備を持ってすれば『飛行術:フライング』の魔法すら使う必要がなかった。駆けるように山を抜け、時には飛び立ち、まるでバッタが飛び跳ねるかのように進む2人は山を駆け上っていった。そして山を登るほど周囲の木々は低くなり、岩場が増えて背丈の低い高山植物ばかりになり、やがて少しずつ足元には雪が増えていく。最初薄っすらだった足元の雪は標高が高くなるに連れ深くなり、徐々に周囲の景色は白くなっていった。そしてどれほど山を登ったであろうか。


 ドラゴンなど見当たらない。


 それどころか今や完全にあたりが真っ白となってしまった。自分達が今いる場所すらわからない。これはホワイトアウトと呼ばれる現象だ。足元の深い雪、そして身に打ち付ける吹雪。視界はゼロ。かろうじて届く太陽の光。しかし太陽の方角などわからない。時々舞い上がる雪煙。完全に進んでいる方向、自分が向いている方角すらわからない。


 下手をしたらミカリンとシガシガははぐれてしまう。あまりの視界の悪さに2人はいったん立ち止まった。少し2人で呆然としてしまった。


 しばし次の行動を悩んだ後、位置情報を確認するための行動に移る。管理者権限スーパーユーザーの機能を使えないようにしておいたその制限は解除済みだ。もうそれを使うことにためらいはない。ミカリンはキーボードを取り出し、コンソールを表示。コンソール画面にはミカリンがキーボードから打ち込んだコマンドが表示される。コマンドを実行。コンソールが消え、その代わりにマップが目の前の空間にホログラムとして表示される。しかし――


 周囲は山。


 それしか情報が得られない。


 ホログラムとして現れたマップを両手で操作する。両手を開いたり回したりして、マップに表示された地図の拡大縮小と表示位置の移動をする。今の自分達のいる位置、方角はわかった。ラファイアス王国の首都から北北西、それより0.2度西よりの方角、首都から120kmの位置だ。


 しかし、周囲30kmを地図で見るとあるのは山。


「困ったね……」


 ミカリンが口を開く。


「少し捜索範囲が広くなりそうだし、この視界だときついね」


 シガシガがそれに続く。


「私の魔法でこの雪を全部吹き飛ばすわけにもいかないだろうしね」

「あはは、今のミカリンならできるかもね」


 ミカリンの冗談ともつかない発言にシガシガが笑って答えてくれる。心なしか今のミカリンは5歳位精神年齢が上がったかのような真剣な大人の女性の顔つきでいたが、シガシガが笑ってくれたおかげでその表情が緩んだ。


「シガシガ、本当にこの世界の存在はマップに反応しないみたいだね」

「そうだね、どうやってドラゴン探したらいいのかな?」


 本来なら首元まで雪に埋まってしまうであろうほどこの場所は雪が高く積もっている。だが2人は柔らかい雪の上にかすかに足あとを付けるだけで立っている。雪面に重みをほとんどかけず、僅かにブーツの裏が触れているような状態だ。体を軽くする『軽量化の指輪:ライト・ウェイト・リング』の効果だ。


「さて、本当にどうやってドラゴンを探すか、困っちゃったね」

「もうちょっと計画が必要だったかな。でも私もミカリンもあの勢いがないとたぶん来なかっただろうしね」


「そうだね、でも心なしか今はすっきりしているよ」

管理者権限スーパーユーザーの解除もしちゃったしね」


「うん、それもあるし、やっぱりはっきりとした目的があるから。これはゲームじゃないって言えるよ」

「あそこでうじうじ悩んでいても解決しなかったしね。悩んでも仕方ない。行動を始めることが悩みをなくすんだと思うよ」


「さすが年の功!」

「ミカリン、それは禁句!」


「ああ、でも本当にどうしよう。動くに動けないしね」

「この吹雪ってやみそうもないしね」


 2人ははぐれないように手を繋いで柔らかい雪の上を浮いているかのように歩く。この吹雪と視界では『飛行術:フライング』を使って空を行っても意味が無い。ほぼ勘と運任せに歩いていた。完全装備に身を固めた2人は牛歩な足並みでありながらも長時間の移動も苦にならなかった。太陽の位置がわからないが、夜は暗くなるため、歩きながら数日が経過したことだけはわかった。


 長い長い時間歩いた。ふと、急に吹雪が強くなる。ミカリンが口を開いた。


「すごい吹雪……フロストドラゴン……だったりして?」

「ん? ラフィアス・オンラインでもフロストドラゴンの生息域に近づくほど吹雪が強くなっていったね」


「あはは、すごい吹雪だもんね。もうシガシガの顔がかろうじて見えるくらい」

「すぐ近くにいたりしてね」


 最後に発言したシガシガ。その直後、唐突に2人に声が掛かる。


「すぐ近くだよ」


 少女の声。


 猛吹雪のため、その声はかろうじてミカリンとシガシガに届いたが、うまく聞き取れない2人。


「すぐそこだって!」


 前方、とても低い位置から声が近づく。


 そして吹雪の中から眼前に現れる少女。身長は100cm前後。4歳か5歳と思えた。雪山にしては軽装すぎる。少女も雪に埋もれず、雪の上に立っている。


「え? 女の子?」


 最初にミカリンが口を開く。


「龍族の谷、ドラゴンバレーへようこそ。歓迎するよ。じゃあ案内するね」


 そう言って女の子はミカリンの手を取って引っ張る。意外と力が強い。シガシガとはぐれないように、ミカリンはシガシガの手を取る。


 雪の上に足跡を付けずに歩く3人。誰かが見たら、足元の雪が固まっていると錯覚するほどだ。


 少し歩くと「ふっ」と視界が開ける。同時に足元の雪がなくなる。足元には何もない。どうやら崖に足を踏み出してしまったようだ。アイテムの効果でふわっと静かに落下する3人。じきに地面に到達する。そう、そこは地面。足元には雪がなかった。


 岩に囲まれた谷。雪は崖の上方にしかなく、ここは吹雪もない。視界が開けている。今いる場所とその周囲は岩場だ。少し離れた遠方に青白い肌をしたドラゴンが数匹。離れていてハッキリとはわからないが、恐らくは3mか4mほどの大きさであろうか。その足元に数人の人影も見える。


 ドラゴンバレー。主にフロストドラゴンが生息するその場所に2人は辿り着いた。


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