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再び異世界へ

 俺と吉野川は異世界調査の準備を始めた。準備と言っても調査する内容を列挙していくだけだ。ラフィアス・オンラインでどれだけ長く過ごしても現実時間はほとんど進まないため、いくら時間をかけても良さそうに思うかもしれないが何が起こるかわからない世界だ。なるべく調査時間は短くするに越したことはない。


 だが俺は街から出なかったとはいえ、あの世界で数日過ごしても何も起こらなかったこともあり、完全に油断していた。モンスターとの戦闘状態に入る可能性を低く考えていたのだ。そうはいってもモンスターとの戦闘時の計画も立ててはおいた。計画と言っても万が一モンスターに遭遇したら、まず距離をとって観察、相手が敵意を示したら逃げてログアウトする、と決めただけだ。


 とりあえずの異世界調査項目は以下の内容だ。


・まず街を出て人と出会えるかどうか。街には誰も居ないことは俺が調査済みだ。

・ラフィアス・オンラインと同じアイテムが存在するかどうか。ラフィアス・オンラインではフィールド上でまれではあるが薬草を拾ったりする。そういうゲーム内のアイテムと同じものがあるかの調査だ。

管理者権限スーパーユーザーで異世界へ装備品やアイテムを持ち込む。それらの動作確認だ。

・ヒール以外の魔法の調査。とりあえずヒールは使えたが他はどうなんだろうか。

・異世界での通貨について調べる。だが、人に出会えなかったら難しいだろう。

・モンスターがいるのかどうか。これは非常に重要だ。

・調査時間はゲーム内時間で12時間とする。現実時間でわずかに2分30秒ほどだ。


 以上の調査項目を決めた俺達2人は再びあの世界、ラフィアス・オンラインのテストサーバーにログインすることにした。ヘッドセットを装着し、椅子の背もたれを深く倒し、力を抜き目を閉じる。脳に送られる視覚情報により目の前にログインの確認を求める画面が現れる。俺と吉野川のログイン同期もあらかじめ設定済みだ。ログイン同期を設定しないとラフィアス・オンライン内での時間の進みが早いため、わずかなログイン時間のズレでゲーム内に入り込む時間に差ができてしまう。この機能はもちろん本サーバーにも実装されている。


 2人は力を抜き、ほぼ同時にログインへの同意を行った。頭の中で「同意」と考えるだけでログインができる。ログインすると同時に、2人の現実世界での体がまるで色が抜けていくように薄くなり、消えた。


 2人はラフィアス・オンラインのテストサーバー、通称『アルファナイツ』――高柳が命名したのだが――の世界へ入り、『始まりの街ベガルト』に立っていた。2人は同時にホログラム状の存在から実態となった。誰かに見られていたら怪しまれていたかもしれないが、2人の出現を目撃するものはこの時は誰もいなかった。前回と変わらない街の様子。街の周囲はそれほど高くない壁に囲まれている。これはモンスターの侵入を防ぐためだ。1階建ての建物が点在し、高い建物は見張り台の塔くらいしか見当たらない。建物はあまり密集しておらず、街の規模としては500人くらいの規模で、家屋だけで100件余、その他に店舗や店舗兼家屋がいくつかある。店舗は街中に点在しているわけではなく、商店街のようにある程度まとまって存在している。そして、あいかわらず人の気配はなかった。

 

 まずは人やモンスターと出会えるかどうか。そこから調査を始めることにした。前回のログインではこの街には誰もいなく、アイテムらしき物もなかったが、軽く街を一周りしてみることにした。

 

「とりあえず街をぐるっと見回してみようか。前回俺が見まわったけど、ミカリンはほどんど見てないだろうし。俺が見落としたものをミカリンが発見できるかもしれないから」


「わかりました! 楽しみです!」


 ミカリンが明るく答える。


「なんか楽しそうだな。まあ俺もちょっとワクワクしてるが」


 2人のレベル設定はMAXの200に設定してある。職業は高柳が戦士、ミカリンが魔術師だ。戦士と言っても高レベルの戦士は中級程度の魔法は使える。また魔術師と言っても高レベルのため物理攻撃、及び物理防御も決して低くはない。それにこの世界で有効かどうかは分からないが、管理者権限スーパーユーザーによりHPヒットポイントが50%を下回らないようにロックをしている。この機能が有効であれば死ぬことはないはずだ。もちろん能力MAX、魔法なんでも有り、無敵状態にできないこともないが、そういった特殊状態は手続きが面倒なのだ。何よりラフィアス・オンラインの本サーバーでのゲームプレイとこのテストサーバーでの異世界との差異を確認するには逆に不都合が生じると判断した。そうは言っても大ダメージを受けたらどうなるかはさすがに怖くて試すことはためらう。前回のログイン時にレベルが低いとはいえ僅かな切り傷で痛みを感じた。死なないまでも大きなダメージが激痛を伴う可能性があり、それだけでも大ダメージを受けるとどうなるか試すことまでは躊躇ちゅうちょする。


「前回見まわった時はほとんどの家が鍵がかかってたんだよ。開いている家も少しはあったけど、家具が残されているくらいでアイテムっぽい物や貴重品はなかったんだよな」


「そうなんですか。物だけで生物のいない空っぽの世界なんでしょうかね」


 ミカリンが小首をかしげながら言った。


 2人はしばらく街を散策した。2人が出現した街のポイント周辺には鍵がかかった家がほとんどだったがさすがに鍵を壊して中に入るのは躊躇する。しばらく街を歩いていると遠方に扉が開けっ放しになっている家が一件あるのを俺が見つけた。その家を指差して俺がミカリンに問いかける。


「ミカリン、あそこの家の扉開いてるな。前回来た時あそこは鍵がかかっていたような覚えがあるんだけど。まあ全部覚えているわけではないから確証はないが」


「そうですか、誰かいたらいいですね。見に行きましょう!」


「なんかちょっとドキドキするな。誰もいなかったらがっかりだけど」


 俺とミカリンは少し早足になり、かつ音をなるべく立てないようにその扉の開いている家に近づいていった。少し小さめのその家は他の家と同じように1階建て、おそらく2部屋くらいしかないだろう小さい家だった。屋根も壁も木が塗装もせずにそのまま使用されていてさながらログハウスの様、外には窓枠が4分割された窓が1つだけあり、ガラスは薄汚れていて中がぼんやりとしか見えない。その窓の端に2人は立ち、こっそり中を覗いてみた。


「ん。人がいるぞ」


 先に窓を覗いた俺がミカリンに声をかける。続いて窓を覗いたミカリンが言う。


「女の子?」

「……のようだな」


 2人にしか聞こえないようなかすかな声でささやくように話す。


 しばらく女の子の様子を見ていたがどうやら両親など他には人がいる様子がない。こんなところで女の子が1人でいったい何をしているのか。もしかしたら空き巣? 親とはぐれた? 何かをごそごそと探している様子だがいったい何をしているのか? 俺とミカリンは観察しながらこそこそと話を続けた。どうやって女の子に声をかけようか。一番の問題はそこだった。


「さて、どうするか。話しかけないとな」


「私が最初に声をかけましょうか? 女の人のほうが警戒されないでしょうし」


「そうだな。彼女が外に出てきた時にそれとなく声をかけてみようか」


 2人は窓から離れて通りで女の子が出てくるのを待った。2人の視線は窓に向けられていて、かろうじて女の子の動きが見える。5分ほど待ったであろうか、女の子が家の外に出てきてタカヤンとミカリンを見つけた。女の子は小柄で10代前半くらいであろうか、薄い水色のローブのようなものを羽織っている。髪は茶色に近い金色で幼い顔立ちをしており、瞳は茶色、頬はやや赤い。短い木の杖の様なものを手にしているが、ラフィアス・オンラインではその杖を見たことがない。


「こんにちは」


 ミカリンが声をかけた。が、俺は一瞬しまった、と思った。そもそも日本語が通じるのか考えてなかった。しかし次の瞬間その問題は消えてなくなった。


「こんにち、は?」


 女の子が首を傾げながら返答した。


 なんだ日本語通じるのか。俺の心配はただの杞憂きゆうだった。


「ここで何しているの?」


 ミカリンが女の子に尋ねる。直球だな、と俺は思ったが女の子はそれに答えず聞き返す。


「あなた達こそ何を? 避難しなかったのですか?」


「えぇ? 避難って何なの? ドラゴンでも襲ってくるとか?」


「あ、もしかして王直属の命令を知らないのですか? この街の人じゃないんですか?」


 返答に困る質問だがミカリンがうまく答えてくれた。


「はい、旅をしているのですが、この街に着いて人の気配がなかったので戸惑っていたところなんです。何があったか教えてもらえますか?」


 荷物もなく、とても旅人の格好じゃないんだがな、と俺は思いながらミカリンにまかせる。


「そうですか、実は王家直属の預言者であるダーリア様がこの街に強大な力を持った悪魔が現れると予言なされたんです。ダーリア様の予言は数年に一度しかされないんですが外れたことがないため王様はこの街の住民に強制避難命令を出されました。私は忘れ物があったんで一時的にもどったのですが……街のみんなはメイウール城塞都市へと避難しています」


 ダーリア? メイウール? ラフィアス・オンラインでは存在しない名称だな、と2人の会話を聞きながら考えていた。


「そうだったんだ。じゃあ私達も避難しないとね? ここには1人で戻ってきたの?」


「はい、こう見えても私は上級魔術師なんです。強いんですよ!」


 女の子は微笑みながら杖を持つ手と反対の腕で力拳ちからこぶしを作ってみせた。


「すごーい。じゃあ悪魔が現れても大丈夫だね!」


「いえ、さすがにそれは……悪魔はかの英雄シグルス様より強いって聞いています」


「ほんと! それは大変だね。いつ頃現れるとかダーリア様はおっしゃっているの?」


「明確な日にちは提示なされませんでした。ただ、近日中とかおっしゃっていましたので、いつ現れるかわかりませんがそう遠くないかと。流石に瞬間移動なんてしてこないと思いますので、あとそれくらい強いと私なら気配くらいは感じることができると思います」


「すごいね。そんな力があるんだ。あ、まだ名前を言っていなかったね。私はミカリン。そしてこっちがタカヤン、あなたのお名前は?」


「私はフール、フール・ライアスです。ミカリンって変わったお名前ですね。かわいい」


「ありがとう」


 ミカリンがにっこり笑う。


 やはり女同士のほうが円滑に話が進むな……と考えながら上級魔術師ってどの程度のレベルに該当するのだろうか、悪魔ってほんとに強いのかな? とか考えながら俺もフールに声をかける。


「よろしくね。フールちゃん」


「こちらこそよろしくお願いします。もしこれからメイウールへ行かれるのでしたら私が護衛しますよ」


 フールの口調は見た目の年齢に比べて大人びた感じだ。上級魔術師と言っていたからもしかしたら見た目と年齢にギャップがあって本当は20歳前後かもしれないと思われる話し口調だ。


「それは頼もしいね。ミカリン、メイウールへ行ってみようか。フールちゃんに護衛してもらえば安心だし」


「そうですね。タカヤンさん、メイウールへ行きましょう!」


 メイウールへ行くことに決定した2人にフールが話しかける。


「ところでお2人は馬車とかお持ちですか? 馬車なら今日中に着けますが、歩きなら途中で野営が必要になるかと思います」


 おおっとそんなに遠いのか? 俺たちは12時間の予定で来ているからな……と考えているとミカリンがフールに問いかける。


「フールちゃんはどうやってここまで来たの?」


「私は上級魔術師ですから、『飛行術:フライング』の魔法でぱあっ飛んできましたよ!」


 フールはさっきまでの口調とは違い見た目に合った口調で子供っぽく答えた。


「そうなんだ。じゃあ私達も魔法で飛んで行くよ。ぱぱっと」


「あ、もしかして魔術師さんですか? まさかあなたも上級魔術師なのでしょうか?」


「そうだよー」


 ミカリンが軽く答える。フールが目を丸くしたあと俺に問いかける。


「タカヤンさん……でしたっけ? タカヤンさんはどうするのですか? 見た感じ戦士のようですが……」


「私が一緒に飛ばすから大丈夫!」


「え、えええっ。フライングの上級魔法が使えるんですか? ほんとに? 私よりすごい魔術師がこんなところにいるなんて……」


 こんなちびっ子より強い魔術師なんて五万といそうだが。それに俺も戦士とはいえ『飛行術:フライング』くらい使えるんだが……なんか戦士は『飛行術:フライング』使えないって認識っぽかったしな。ミカリンに飛ばしてもらうか。それよりそもそも『飛行術:フライング』の魔法がこの世界で通用するのだろうか。まあダメならその時はその時か。


「じゃあ、ミカリンお願いするよ」


 俺が言った。


「わかりました! フールちゃんはもう出発できるの?」


「はい。用事は終わりましたから」


「じゃあさっそく行きましょうよ。私達はフールちゃんについていくね」


「わかりました。じゃあ、さっそく……『飛行術:フライング』」


 心なしかフールの口調が重い。自分より上かもしれない魔術師の出現に落ち込んでいるといったところか。


「じゃあ、『飛行集団:フライング・マス』!」


 ミカリンが集団用のフライングを発動させる。フールが本当に使えるんだ、と言った感じで一瞬だけ目を丸くした。


 3人は上空へと舞い上がる。高さにして10mほど。俺は無事に魔法が機能したことにほっとする。


「ではメイウールへ向かいますのでついて来てください」


「わかった!」


 フールの呼びかけにミカリンが答える。


 3人はおそらく人間が地上を走る速さの数倍のスピードで上空を滑空する。


 草原と2つ森を越えて数十分か1時間かそれくらいの飛行で遠くに城塞都市が見えてきた。あれがメイウール城塞都市に間違いないだろう。数千人の人口は抱えているのではないだろうかという大きさで、二重の防壁に囲まれている。中央には城を思わせる堅固な建物があり、周辺にはそれよりやや低いが、2階建て、3階建ての建物が無数にあり内側の防壁に囲まれている。その外側に外周へ近づくほど建物が低くなり外側の防壁の近くは1階建ての粗末な家がほとんどとなる。外側へ行くほど収入が低い層が住んでいるのであろう。


 メイウール城塞都市の200mほど手前でフールが速度を緩めて止まる。


「空から入ると怒られちゃうんで、地上に降りますねー」


 重かった口調はなくなり、明るくタカヤンとミカリンに話しかける。


「はーい」

「わかった」


 当然知っているかのように俺達は答えたが、俺は空から入るつもりでいた。ミカリンと2人きりだと危なかったわけだ。時間も限られているので無用なトラブルが避けられてほっとする。


 俺は検問について心配する。これだけの城塞都市だ。外からの侵入には警戒をしているだろう。いろいろ聞かれた場合ボロが出る可能性が極めて高い。念のためフールに聞いておく。

 

「フールちゃん。入る時って何か聞かれたり、持ち物を調べたりってあるのかな?」


「え、何もありませんよ? 衛兵さんはいますがあやしい人物やモンスターを警戒しているだけです。召喚したり、服従させたモンスターでも連れていれば別ですが」


「そうか、よかった。こんな大きな都市に来るのは初めてだから、ちょっと心配しすぎたね」


「先輩、心配性ですね」


 ミカリンがけたけた笑う。まったく警戒しないのも問題だろ、と思うがここは何も言わないでおく。

 

 5mはあろうかという城壁に巨大な門がそびえる。その脇には長い槍を持ってフルプレートを装備した衛兵が門の脇に1人ずつ警護をしている。こちらに顔を向ける様子はないが、ヘルメットの下から目だけでもこちらに向けているはずだ。空を飛んでは来たが、ありふれた人ということで関心がないのだろうか。

 

 3人は門に近づき、門をくぐろうとしている。門へはあと数歩と近づいた時に突然ガシャッという音とともに衛兵の2人がこちらに体ごと向き直り敬礼をした。こんな対応は誰にでもしているはずがなく、敬礼の対象がフールだとすぐに気づく。フールは軽く手を上げていつものことと気にしない。俺は鎧の音に思わずビクッとしてしまったが、フールにもミカリンにも気づかれていなくてほっとする。このおチビちゃんはいったい何者なのか、と俺は考えたが答えは出るはずもないので後でフールに聞いてみようと城門をくぐりながら考えていた。


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