帰還と苦悩と決意と
フールとミカリン、シガシガは帰還した。
魔王と死闘を繰り広げた廃墟からラファイアス王国へと戻ってきた。
魔王――リュクンヘイムがハリボテと呼んだ方だが――の生死とノノミンの行方はわからなかった。
ノノミンがこの世界で死亡した場合、12時間後にはログアウトされ元の世界に戻ることができる。しかし廃墟で魔王と戦ったあの部屋にはノノミンの死体が残されていなかった。
魔王についてはその後捜索が続けられたが、ネガルの協力にもかかわらずその行方はわからなかった。
見えない存在の方――リュクンヘイム――は北の山脈でドラゴンと暮らしているという。開発室メンバーが別世界から来たことすら知っていそうなリュクンヘイムの言葉。このためミカリン達はこのことをフールやネガル達に話せないでいた。
時を止めるほどの能力を持つリュクンヘイム。
今リュクンヘイムの事を知っているのはミカリン、シガシガの2人だけ。
フール、ミカリン、シガシガ、そして行方不明のノノミン。4人は確かに廃墟で魔王との死闘を繰り広げた。だが、ミカリン、シガシガにとってはあの死闘は今から思い出してみるととても違和感を感じるものだった。茶番劇。そうあれは茶番劇でしかなかったのではないか。
確かにミカリンとシガシガ、そしてノノミンは真剣に戦っていた。決してゲーム感覚などではなかったつもりだ。しかし思い出してみると、思い返してみると、振り返ってみると、それは本当に自分達の現実の人生に直結したものなどではない。違和感の原因がそこにあるのだ。
異世界ではなく、現実世界にいた時。そこでは人間として普通に生活し、自分の人生に不自然な感覚を持つことなどまったくなかった。当然のことだ。なぜならそれは、それまで生きてきた人生がそのベースにあるからだ。過去の経験の上に『今』が存在している。
ところが開発室メンバーがこの世界に来てみて、どれだけ世界を楽しんでも、どれだけ苦痛や苦悩を味わっても、どれだけ真剣に戦っても、それ以前の経験を積んできたというベースがない。EXPを稼ぐことと人生での経験は別物なのだ。どれほどリアルなヴァーチャルリアリティMMORPGであってもEXPをリアルな経験に置き換えることはできない。そもそも仮想体験など表面的なものでしかないのだ。
仮想体験が可能なリアルなゲーム。現実と見まごうような景色。まるでそこにいるかのような聴覚、触覚。さらには味覚、嗅覚といったものを補っても、それがどれほどリアルなゲームであっても、過去の人生経験まで補うことは不可能だ。
これはゲームだけでなく、より現実に近いこの異世界においても同様だ。
2人はまだこのことに明確に気が付いたわけではなかった。だが心の奥底にはその種子があった。
ミカリンとシガシガは仲間であるタヤカン、そしてメイリス達のグループにリュクンヘイムのことを話すのをためらった。なぜためらったか。まだ明確になっていないこの感情のためだ。リュクンヘイムの声を聞くまでミカリンもシガシガもこの世界を楽しんでいた。心から楽しんでいた。フールに魔法で吹き飛ばされても、牢に入れられても、魔王と遭遇しても、なお楽しかったのだ。
ところが今は空虚。心がおかしい。魔王との戦闘はゲームだったのだろうか? フールは命をかけている。私達は楽しんでいる。ここに強い違和感を感じていた。同じ気持を他のメンバーにも味あわせてしまっていいのだろうか? 彼らはこの世界を楽しんでいるのではないか? それを壊してしまっていいのか? 楽しんでいるままでいてもらった方がいいのではないか? それともリュクンヘイムの言葉を伝えるべきなのか? でもそうするとこの世界に違和感を感じてしまうのではないか? そして悩むことになるのではないのか? 自分達のように苦悩させてしまってもいいのだろうか?
そう、2人は苦悩していた。
しかしそれと同時に北の山脈へ向かう決意を少しずつ固める。
真実を知らないからこそ苦悩するのだと思った。
真実を知るため。
そして真実を知って、それをメンバーに伝えるべきではないかと。
本当にリュクンヘイムに会えばそれを知ることができるかどうかわからない。しかしリュクンヘイムの言葉には重みがあった。
ノノミンも探さなければならない。もし生きているのであれば。ユウの行方も気になる。それもリュクンヘイムは知っているのだろうか?
2人は決意した。
あとはタカヤンとメイリス達にどう説明するかだが……
――――
そして2人の決意と行動の開始のその僅か前に、現実世界において人工知能であるミネルヴァもある行動を開始していた。単なるプログラムでしかないミネルヴァは本来行動などできないはずである。
ミネルヴァはこの異世界において、ダーリアと呼ばれている神官と一方的な対話をしていた。オブラートにつつみ、現実世界から人間が来ることを暗に伝えていた。
そしてミネルヴァには未来予測能力がある。未来予測と言っても天気予報のように将来起こり得る可能性を計算しているだけだ。予測の中には100%に極めて近い事象ももちろん存在し、それらをはずすことはまずない。
ダーリアの次にミネルヴァはこの異世界における龍族に目をつけていた。そして龍族の協力者を探していた。数日前にはその協力者をすでに見つけていた。このタイミング――ミカリンとシガシガの決意の時――でミネルヴァは龍族のその体を当人の許可を得て借り受ける。
こうして人工知能ミネルヴァはこの異世界に体を持つことになる。体を持つといっても現実世界での人工知能としての働きも同時にこなしている。この体を貸してくれた龍族の1人が、ミネルヴァの操作するいわゆるNPCとなるようなものだ。
ミカリンとシガシガの行動のほんの少し先を読んだミネルヴァは一歩早くこの世界に龍族として立ち、龍族の能力により人間の姿をとる。5歳の女の子の姿に。




