迷宮からの帰還
閉まった扉に反応してそちらに視線が行くフールとフェルト。一瞬目を離してしまった3つの彫像のそばにはいつ現れたのか、妖艶なダークエルフが立っていた。罠……にしては少なすぎる存在の登場に身構えるまでもなく、フェルトはただそのダークエルフを訝しげに睨む。フールはただ首を傾げている。
「いらっしゃいませ。ここまでよく来たわね。歓迎するわ。あなた達のその強さ、この世のものとは思えないほどね……あなた達が『イセカイ』の住人さんかしら?」
そのダークエルフが甘い声で尋ねてくる。
「『イセカイ』って何よ。あなたこそ誰?」
質問を質問で返すフェルト。それに簡単に答えてくれるエルム。
「私? 私はエルム・グルント。魔王リュクンヘイム様の配下よ」
エルムと答えるそのダークエルフ。甘い声は変わらない。
「ま、魔王?」
怯えた声でフールが反応する。
「それより私の質問に答えてくれるかしら? さっき『紋別』とか口にしてたけど、こいつらの仲間ってことでいいのよね? 大事なことなの」
「助けに来たってのは間違いないけど、私は直接関係者じゃないわね」
フェルトが強い口調で返す。
「じゃあ何で来たのよ、バカ?」
エルムとやらの顔が歪み、口調が少し悪くなる。
「まあそうかもね。そこの彫像ってやっぱり『紋別』『シラゴウ』『ライオット』なの?」
「ええ、そうよ。魔王様の作品よ」
「も、もう死んじゃってるの?」
再び怯えた声でフールが尋ねる。
「いえ、生きてるらしいわよ」
歪んだ顔を戻して答えてくれるエルム。
「その3人返して欲しいんだけどさ」
ぶっきらぼうに言うフェルト。
「そう言われても、魔王様から言われてるのよね。ここで『イセカイ』の者を捕まえろってさ。あなた達……どうも違うみたいね。はずれってことかしら。こいつらの仲間を探してるんだけど知らないかしら?」
エルムはフェルトの要求を受領することも拒絶することもせず、ただ質問する。
「……」「……」
当然答えるはずもないフールとフェルト。
「なんか知ってるって顔よね? お姉さんに教えてくれないかしら?」
「おばさんなんかにミカリンさんのこと教えない!」
叫ぶフール。
「ばか……」
ミカリンの名前を出したフールにフェルトが呆れる。
「お、おばさん……ま、まあ確かに130歳になっちゃったけどね……まあいいわ、その『ミカリン』って奴を探せばいいのね。ありがとうお嬢ちゃん。さっそく探しに行こうかしら」
「『紋別』達を元に戻すにはどうすればいいの?」
フェルトがキツイ口調で問いかける。
「さあ? 魔王様を殺せば元にもどるんじゃない? でもあなた達ここで死ぬから無理よ。まあ『ユウ』が『イセカイ』の人間を連れてくるのを待っててもいいけど、せっかくヒントが手に入ったら『ミカリン』とやらを探しに行くことにするわ。あなた達はデーモンさん達と遊んでて。私も忙しいのよ。じゃあね、バイバイーー」
エルムはそう言ってニヤリと笑い、その姿が掻き消える。ほどなくして『紋別』達の彫像の脇の何もない空間に突如現れるグレーターデーモン、グレーターデーモン、グレーターデーモン。『超悪魔:グレーターデーモン』が3体。ここまでフールとフェルトが軽く薙ぎ払ってきたモンスターとは桁違いの強敵。
そのグレーターデーモンが静かに口を開く。
「人間……か……」「我の……前に……滅び去れ……」「死を……与えよう……」
フールとフェルトの反応を待たず、3体のグレーターデーモンが両手を前にかざす。グレーターデーモンらは呪文の詠唱も無しに、その上げた手から魔法で生成したと思われる業火を放つ。炎と言ってもこの炎は赤ではなく黒。その暗黒の炎が強烈な熱風とともにフールとフェルトを襲う。
だが、すかさずフールがフェルトの1歩前に出る。そしてその攻撃に見事に耐えてみせる。
それを見て焦るグレーターデーモン。表情がないと思われたその悪魔の顔だが、確かに目を見開いている。
「人……間が……耐えられる……はずが……」
その言葉を聞かず反撃の魔法を放つフール。
『超炎爆裂:ギガフレイムバースト』
続けて、
『超龍の爆炎:ドラゴニック・メガバースト』
フールの連続した魔法で業火に焼かれるグレーターデーモン。しかしグレーターデーモンの静かな笑い声だけが部屋に響く。
「は……は……は……かわいい……攻撃だな……」
フールの全力の魔法はグレーターデーモンの身を焦がすどころかかすり傷一つ与えられない。
グレーターデーモンの顔は再び無表情になる。
続けてさらなる強力な攻撃を準備するグレーターデーモン。
「フールちょっとそこに立ってて。ここだと『紋別』さん達の彫像壊しちゃうから」
フェルトが緊張感のない台詞を吐いた後、後方に控えていた彼女がさらに斜め後方に下がる。フールを盾にして自分だけ逃げようとでもするかのその行動にグレーターデーモンは呆れる。
その直後だった。
短い呪文の詠唱の後にフェルトの魔法が放たれた。
『大天使による聖なる爆風:アークエンジェルズ・ホーリー・エクスプロージョン』
グレーターデーモンの攻撃からフールを盾にして安全な位置にいたフェルト。そのフェルトの右手から放たれる魔法。膨れ上がった青く清浄なる光がフールごとグレーターデーモンを豪快に薙ぎ払う。
苦痛の声を上げるグレーターデーモン。吹っ飛ぶフール。
フェルトの魔法は強力だった。グレーターデーモンは苦悶の表情のまま消え去り、壁まで飛ばされて叩きつけられたフールだけがそこに残される。
フェルトは一瞬「しまった」という表情を浮かべた。
フールは倒れて立ち上がれないでいるが、その眼はフェルトをきつく見据えている。
「あああ、ごめんフール! 耐えられるとは思ったけど、吹っ飛ぶことまで計算してなかった!」
「……め……めぢゃぐぢゃやるね……おねぇぢゃん……」
慌ててフェルトは弁解しようとする。
「フールの装備の強さ分かってたから、計算よ計算。 あんたネガル様の持っていたアイテムと同じの持ってるし、大丈夫だと思ったのよ」
確かにフェルトはネガルから『生命の宝石:ヴィクティムジェム』を見せられたことがあってその効果は知っていた。
この後しばらくフェルトは名俳優も驚くほどの「やさしいお姉さま」を演じなければならなかった。
――――
無事グレーターデーモンを排除したフールとフェルト。石化した『紋別』達の対処方法はわからないため、一旦報告に戻ることにした。
しかし、ここからが大変だった。今いる階層は迷宮の地下12階層だったのだ。何らかの結界によって魔法による転移も連絡もできないまま、迷宮から脱出するだけで数日を要したのだ。帰り道もモンスターを排除しながら進むフールとフェルトは魔力の使いすぎでへろへろだった。
しかも、外に出るまでにフールとフェルトは死にかけた……空腹で……
正確にいうとフールは空腹で一度死んでいる。
フールだけはモンスターの肉を焼いて食うのを拒んだからだ。
たまたま『生命の宝石:ヴィクティムジェム』が割れて何とか助かっていた。




