ログアウト
さて、どうしたものか……
この世界に慣れ始めてきた今頃になって元の世界に戻れないという不安がまた頭をもたげてきた。
「まあいざとなったらヘッドギアを外して強制切断してしまえばいいのか?」
俺は独り事のようにつぶやいていた。
ただ、ここはゲームの世界とは違う世界だ。おそらくは異世界……。
果たしてゲームと同じように強制切断されるのだろうか?
「あ、先輩頭いいですね! さっそく会社に電話して先輩のヘッドギア外してもらいましょう、では!」
ミカリンが明るく言い放つ。
「え、ちょっと待てって、まだその方法が大丈夫かどうか……」
「ログアウト……」
高柳の言葉が終わる前にミカリンは掻き消えた……
確かに会社の別室にはゲームサポート部隊として数人が残っているはず。彼らに俺のヘッドギアを外してもらえばいいのだが、果たして本当にそれでこの世界から出られるのであろうか。
――――
俺は異世界で強制切断されるのを待っていた。だが、一向に切断される様子はなかった。ミカリンがログアウトしてから何時間立っただろうか……現実世界での5分がこの世界の1日なので、下手をしたら数日は待たなければならないだろう。
俺はゲームとこの世界の差異を調べるべく、街は出ずにいろいろ調査しながらミカリンを待った。
空腹感は感じるようだ。だが尿意や便意はもよおさなかった。これがこの世界で何も食べていないからなのか、元々感じることのないものなのかはわからなかった。
睡魔は襲ってきた。これはゲームと一緒だ。もちろんゲームでは睡魔ではなく、数値上でのパラメーターでしか過ぎないが、1日6時間寝ないとステータス低下が起こるようにプログラミングされているのだ。ゲーム内で寝ずに活動することもできるが、そうすると攻撃力や敏捷などが弱くなる仕組みだ。
俺は特に何もすることのないので、睡魔にまかせて寝ていた。
孤独なまま2,3日が経過しただろうか……
「せ、せんぱ、い」
ミカリンの弱々しげな声が聞こえた。やっとミカリンが戻ってきたのだ。だが、俺はこの世界に居続けたままだ。
「やあ、おかえりミカリン、ヘッドセットの件はどうなった?」
「そ、それが……」
ミカリンの話によると、会社内の俺がいるべき場所に俺がいなかったそうだ。会社内をあちこち探すと時間がかかるため、本当に俺が開発室にいるのかどうか聞きに戻ってきたそうだ。
「俺は確かに開発室にいるぞ。いなかったのか?」
「ええ、田中君はそう言っていました」
どういうことだ? 体が消えている? まさかな。
「体ごとこの世界に来てしまったなんて……ないですよね? あはは」
ミカリンが感情のない笑みを漏らす。
ここが異世界なら何があってもおかしくないが。いったいどうなっている?
「あ、先輩ちょっと試したいことがあります! ちょっと待っててください。すぐ戻ります。ログアウト!」
唐突にミカリンが叫んで消えた。数十分後、現実世界では数秒だろうか、ミカリンが現れる。
「ただいま! もう一回ログアウト!」
来たと思ったら、すぐ掻き消えた。
「あいつ何やってるんだ……」
そしてしばらく待つとミカリンが暗い顔で現れた。
「先輩、私の携帯でログイン前後の私を録画撮影してみたんです。そうしたら…
…
消えたんですよ!! ログインと同時に! 私の体が! 私も先輩も体ごとこの世界に来てるのかもしれません!」
「え、本当か!?」
「はい、ログアウトして戻って録画した映像を見たら私の姿がカメラの中で突然消えてその後突然現れてるんです……」
つまりゲームにログイン中は現実世界での体が消えているってことか……
「それって結構危険だよな……例えばこの世界から戻れなくなっても誰も気づいてもらえないよな」
「そうですよね……ちょっと怖くなってきました」
それでもミカリンはログアウトができる。俺はいったいどうしたらいいのだろうか……
「なんとか先輩をログアウトさせる方法を探さないといけないですよね。ヘッドギアを外せないとなるといったいどうしたらいいんでしょう? あっ!」
突然ミカリンが「てへっっ」という感じで自分の頭を小突く。
「先輩のキャラ名間違えてました。ログアウト高柳じゃなくて、ログアウト タカヤンでしたね。これできっと……ログアウト タカヤン……」
――――
俺は開発室にいた。あいつめ……俺がゲーム内で何日暇したと思ってるんだ……
怒りたい気持ちを抑えてミカリンすなわち吉野川に電話をした。
「もしもし」
「あ、はい吉野川です」
「ああ、よかったちゃんとログアウトしたな」
「はい、先輩もログアウトできて良かったです」
「とりあえずこのゲームは危険なのでもうログインするなよ。明日会社で対策を練ろうか。今日はもう疲れた」
今日とは言ったが高柳にとって3日間の出来事だった。ラフィアス・オンラインでは残らないはずのゲーム内の疲労がログアウト後にも確かに感じられる。
「はい、お疲れ様でした。じゃあ明日会社で!」
こうして俺のながーーい1日(いや3日か?)とミカリンの短い1日(というか数十分)は終わった。