魔法
「先輩、質問ーー」
ミカリンが問いかけた。
「魔法もちゃんと使えますか?」
「俺はこのキャラ戦士だから魔法は使えないんだよ。ミカリンは?」
「あ、私魔法使いです。悪の……ふふ……」
いたずらっぽくミカリンは笑った。笑い顔もやたらリアルだった。
「先輩、ちょっと剣で自分の腕に傷をつけてみてください! ヒールしてみますからっ」
え、やたら軽く言うな……治らなかったらどうすんだよ……
「まあ、ちょこっと傷をつけるだけな……すぐヒールしてくれよ。はたして魔法が効くかどうか……」
俺は左腕を少し剣で切ってみた。赤い血が滴り激痛が走る。
「いたた……」
「先輩、痛いですか?」
目をきらきらさせてミカリンが聞いてくる。心なしかとても嬉しそうだ。俺が痛がっているのがそんなに嬉しいのかこいつ。
「痛いよ。ヒールくれよ!」
あまりの激痛でつい声を荒らげてしまった。少し深く切りすぎたようだ。
「すいませんー、じゃあ魔法いきまーす、悪の魔法使いだけどヒールでーす。『回復:ヒールLV1』!!!」
ゲームと同じようにミカリンは右手を俺にかざして魔法を詠唱した。
俺の腕は青白い綺羅びやかな光に包まれながら傷が徐々にふさがり、痛みが引いていく。
「おおっ、先輩すごい、すごいです!」
「すごいな……」
ゲームでは当たり前の光景だが、ゲームにはない痛み、それが軽減されている様はもちろん初めての経験だ。
「すごい、すごい、魔法が使える異世界ですよ! 先輩!」
ミカリンがやたらはしゃいでいる。こいつ異世界のこと軽く考えていないか?
「さて、魔法が使えることはわかった。でもまだ重大な、ひじょーーーに重大な問題が残っている」
「え? なんですか? 先輩」
ミカリンが首を傾げて問いかける。
「俺がログアウトできないことだ!!」
「ああ、そんなことですか、簡単ですよ。私が管理者権限でログアウトさせてあげます」
そうそう、ミカリンの管理者権限でログアウトできるだろうことはわかっていた。しかし、万が一ということもある。
「じゃあ、行きますよ。コンソール出してっっと、ほいっログアウト高柳先輩っと。
……
あ、あれれ、えっと」
ミカリンが困惑している。
え、ログアウトできないのか……一瞬目の前が真っ暗になりかけた……
「もしかして俺ログアウトできない?」
「……そうかもしれませんね。えっと、きっと方法ありますよ。ほら私が会社行ってサーバーいじるとか、ほら、えっと、うーん」
ミカリンが気を使うように高柳に話す。
「……ミカリン会社までどのくらいかかるの?」
「え、えっと1時間くらいでしょうか? は、ははは」
ミカリンは現実の1時間がゲーム内時間で12日経過することがわかっているようだ。ちょっとは学習したのか。
「12日待つってことか。はあっ」
ゲーム内時間で12日待って確実にログアウトできる保証もない。今はできることが他にないか試すのが先だ。
「ログアウトできないって初めての現象だよな……」
「そうですね……」
「そうだミカリン、もし次ログインするとき絶対に一般ユーザー権限で来るなよ。俺みたいにログアウトできなくなったら目も当てられない」
「わかりました!」
溌剌とした笑顔でミカリンは答える。自分はいつでもログアウトできる余裕なのか、深刻さはない。いっぽう俺はすでにゲーム内時間でおよそ6時間程度はこの世界にいるのではないだろうか。
とりあえず俺は今異世界に閉じ込められている。そしてミカリンはいつでもログアウト可能である。