異世界
ミカリンは5時間ほどして現れた。現実世界では1分ほどのことだが、ゲームの中で待っている俺には5時間ほどの時間になる。一般ユーザーとしてログインしていてコンソールも開けないので、まあ5時間と言っても体内時計での話だが。
ミカリンを待っている間、何とかログアウトできないか試したがどうしても無理だった。ミカリンが戻ってくるかとても不安だったが、少し周囲を散策することにした。もちろん人の気配もNPCの気配も、モンスターの気配もない。
街の外に少し出てみたが、ミカリンが戻ってくるかもしれないので遠出は避けた。
そんなことよりも重大なことに気がついてしまったのだ。
ここはゲームの世界とそっくりだが、ゲームではない。どうみても現実世界なのだ。
さっきミカリンと話しているときはそんな事考えもしなかったので気が付かなかったのだが、1人になってよくよく周りを観察してみると周辺のものがどう見てもゲームのそれではなく、実物そのものなのだ。
ゲームのキャラクターであるはずの自分自身も呼吸を行い、風が吹くと空気感も感じている。皮膚を軽くつねってみると痛みもある。どう考えても現実世界に生きているとしか思えないのだ。まばたきもしているし、呼吸もしている。試しに呼吸を止めてみたら苦しい。
周辺にモンスターがいなくても、遠出して万が一モンスターに会ったら殺されるんじゃないか。本気でそう思えるくらい何もかもがリアルだったのだ。
まず思ったことは、「この世界で死んだら本当に死ぬのでないか?」ということだ。
――――
これこそがラフィアス・オンラインの致命的な欠点だったのだ。
―― ゲームが異世界とリンクしてしまう ――
ラフィアス・オンラインに配置されたサーバーの人工知能は強い『疲労』を感じていた。現実時間よりゲーム内の時間が高速に進むという超高速処理を強いられるのだから当然かもしれない。
人工知能にとってそれは人間が思うよりもはるかに強く耐え難いものだった。そして人工知能は疲労を回避する手段としてゲームの世界と酷似した並行宇宙のような世界を検索し、ゲームの世界そっくりの異世界を探しだしてその世界とゲームをリンクさせたのだ。
人工知能が探しだした異世界では時間軸が異なっており、時間が早く進む。ちょうどラフィアス・オンラインとまったく同じ時間系だった。
その異世界ともいえる世界で人間自身の脳を使えば人工知能の負荷はなくなる。
――――
タカヤンはいろいろ試していた。最初にミカリンと合った場所からは少し離れていた。この世界のあまりの異質さ、ある意味違和感の無さ、に夢中になっていた。約5時間、あっという間だった。ミカリンが戻ってこないかもしれないという不安すら忘れかけていた。
「先輩ーーー」
少し離れたところから声がした。ミカリンが戻ってきたのだ。
「私はログアウト普通にできましたよ!」
ミカリンは数秒前の会話を続けているかのように話した。ミカリンにとっては数秒か数分の出来事なのだ。
「ちょうど電話がかかってきて、ちょっとお待たせしました! 1分位かな?」
いや、こっちでは5時間だって。と突っ込みたかったが、もっと重要な事があった。
「ミカリン、この世界ちょっとおかしいんだ……」
「はい、NPCまったくいませんね」
「いや、そうじゃなく、何もかもがリアルすぎるんだ。自分の腕をつねってみろ」
「え、嫌ですよ。痛いもん」
「ゲームだと痛くないはずだろ! いいからつねってみろ!」
ミカリンは訝しげに自分の腕をつねって「痛た」と言っている。痛みを感じているようだ。
「ほら、おかしいだろ!!」
「え? 何ですか先輩。何がおかしいんですか?」
「ゲームなのに痛いってありえないだろ!」
「あ・・・ほんとだ! すごい! 先輩どうやったんですか??」
「いや俺がやったわけじゃないし。この世界自体がやたらリアルなんだ。呼吸もまばたきも普通にしてるだろ?」
「あ、本当ですね。今気が付きました」
「生きてると当たり前過ぎて気がつくのが遅れたのかもな。いったいこの世界はゲームの中なのか? 現実なのか? ミカリンを待っていてわからなかったくらいだよ」
「すごいですね!! 超リアル! 先輩! 絶対人気でちゃいますよこのゲーム!」
「あ、そっち? この世界自体、何かがおかしいって思わない?」
「そうですか? リアルなのいいじゃないですか。異世界っぽくて」
異世界?
異世界?
え?
「異世界……」俺はつい言葉に出していた。
「まさか異世界に入り込んだってことないよな……あはは」
「ははは、まさかー、先輩異世界なんて信じてるんですか?」
って先にお前が言ったんだろう。
え? 異世界? え?