亜人の帝国
紋別達4人は何もない草原をさらに西方へ向かって歩いていた。ただし地図のない彼らにはどの方角へと歩いているのかを知る由もなかったが。
途中「ホントに何もないな」「面白みも何もないですね」「早く街につきたいよ。退屈すぎる」などボヤきながら数時間が経過していた。
「あ、あれ見てください。あの森の近く」
ユウが何かを発見した。ダークエルフのユウの視力は人間種である他の3人より優れている。
「ん、よく見えないな。ユウあれが何かわかるのか?」
聖騎士であるシラゴウが白銀のヘルメットを外して目を細める。
「なにか木でできた柵のようなものだと思います。人工物であるのは間違いがないのできっと人がいますよ!」
「よし、じゃあ行ってみよう」
重厚な装備で身を固めたリーダーである紋別の声に皆が同意し、パーティの歩みは早まる。
森が遮っていて見えなかったその人工物が近づくに連れはっきりしてくる。それほど高くない見張り台のような建物と粗雑に組まれた木の柵が目に入ってくる。木を斜めにして縄で縛って柵を形成しているようだが、木の長さや木と木の間の間隔が不揃いでまるで子供が適当に組んだかのようなできの悪い柵が長く続いていた。遠くてわかりにくいが見張り台には人の気配も何もなさそうだ。
「誰かいそうな気配がないが念のため警戒しながら近づくことにしよう。少し遠回りになるけどあっちの森まで行ってそこから森に沿ってあそこまで近づくのがいいと思う」
「バカ正直に近づいたら向こうから丸見えですしね」
「廃墟じゃなければいいんですがね」
「まあ念のためですね」
リーダーの提案に反対するまでもなく皆は受け入れる。
なんの視線も感じないまま一行は柵のところまで簡単に近づくことができた。しかし柵は広範囲を囲っており、どこを見ても入り口らしき箇所は見当たらない。
「こんな低い柵簡単に乗り越えられますよね。乗り越えちゃいましょうよ」
「そうだな、ただ……中に入って奥へ行っても何もなさそうなんだが……」
ユウの提案にリーダーである紋別が同意して柵に手をかける。
しかしその手が柵をすり抜ける。
「お、なんだこの柵は」
「紋別、これ幻覚で作った柵だぞ」
同じく柵に手を伸ばして柵をつかめなかった白銀装備のシラゴウが声を上げる。
紋別とシラゴウが同時に柵に手を伸ばしたその時、それとまた同時に辺りの景色が一変する。
「いらっしゃいませ、供物の方々……」
不気味な声とともに目の前の柵は掻き消え、周囲が不気味に薄暗くなる。さっきまで草原だった足元は赤茶けてゴツゴツした土に変わっている。目の前にいるのは不気味な模様が描かれた衣装を身にまとって奇妙に歪んだ自分の背丈よりも長い杖を手にしたゴブリン。そして4人の周囲には複数の粗末な小屋がかなりの間隔をあけて点在している。
家々の間では4人にはまるで関心がないように複数のゴブリンがあちらこちらで鍛冶仕事や木工細工の仕事などを続けている。ゴブリンが熱した剣を金槌で叩く音があたりにこだましている。
「ちっ幻覚を見せられていたのか」
軽量な装備を身に纏っている剣士である三村ことライオットが口を開く。
「敵地のど真ん中に来たってところかな」
リーダーである紋別が落ち着いた口調で静かに呟く。
「なかなかに良い装備をお持ちの方々ですね。高く売れそうで何よりです。わざわざお越し下さりありがとうございます。最近はラファイアスに狩りに行くこともなくて供物が不足しておりました。そちらからお越しいただき助かります」
いかにも魔法を使いそうな杖を手にした目の前のゴブリンがやたら丁寧な口調で話しかけてくる。
「ゴブリン・ソーサラーってとこかな」
「倒しちゃっていいんかな?」
「うーんこの世界に来たばかりで今いち判断つかんな」
「まずは友好関係を築きたいね」
など各自が適当なことを言う。
急に口調を変えてその怪しい風貌のゴブリンが乱暴に話し出す。
「人間風情がごちゃごちゃうるさい。お前らなんぞ奴隷にもならん役立たずだ。そうは言っても我が主への生け贄としては最高、そうご主人様は人間が好物……」
「こいつ倒しちゃってもいいんかな?」
「でもやたらリアルで殺すの憚れるんだよな」
「会話できそうだから何とか交渉したいよね」
「そうだな、その線で行ってみるか」
ゴブリンの話を最後まで聞かずに一同は相談を始める。
「ゴブリンよ、交渉がしたい」
リーダーである紋別がそのゴブリンに向かって声を張り上げる。
「断る」
ゴブリンは答える。周りのゴブリンも鍛冶の手を止め嘲笑している。魔法使い風のそのゴブリンが仕事の手を止めた他のゴブリン達を睨むと彼らはすぐまた鍛冶仕事を再開する。
こいつがここら辺のボスっぽいな。そう考えながら紋別は会話を続ける。
「どう考えてもお前が俺達には勝てそうにはないぞ。ゴブリン・ソーサラーだよな? 周りのゴブリン全部かかって来たって無理だって」
「まさしくこの私はゴブリン・ソーサラー、ここまでハッタリを効かせる人間には初めてあったぞ。くくくくく。非常に気に入った。ここで殺そうと思ったがお前らが生きたまま食われて悲痛の声を上げる姿を見たくなった……」
「よし、じゃあそのご主人様とやらの前に連れてってくれ」
「自ら食われに行く餌も珍しいな。面白いからついて来い。その余裕の顔が恐怖に引きつる様を見てやろう」
踵を返しゴブリン・ソーサラーはその村と思わしき家々の間を奥へと進んでいく。足が短いから歩くのが遅い。その後を紋別達はゴブリン・ソーサラーの歩みの遅さに会わせてついていく。その村は意外と狭く、すぐ村の端と思われる門に差し掛かる。門といってもアーチ状に木が組まれていて扉も何もないただの柵と柵の間の通路でしかないのだが。
その門に近づくと向こうから2足歩行で歩く武装した蜥蜴――リザードマンだ――が3人歩いてくる。
「どうしたゴブリン、そいつらは何者だ?」
紋別らのパーティを一瞥した後リザードマンの1人がゴブリン・ソーサラーに話しかける。
「ご主人様に頂いていただこうかと思いまして連れて来ました」
「ふむ、では俺達も共に行こうか。ついて来い」
紋別達は黙ってリザードマンの後をついて歩く。後ろからゴブリン・ソーサラーが最後について来るが、徐々に一行とは距離が離れていく。
先ほどの門で村が終わったものと思っていたが、今歩かされているのは通路のように細く伸びた道。歩いているその道の両脇は沼地となっていて、その沼地の中のところどころに水中から長く伸びた柱に支えられた家がまるで水に浮かんでいるかのように建てられている。
恐らくはここはリザードマンの集落なのだろう。さっきの柵でリザードマンの生息域とゴブリンの生息域が区切られているのかもしれない。だとするとここはゴブリンとリザードマンが共存するエリアなのだろうか。
しばらく歩くと先程の簡素な柵とは違い、知的生物が建立したと思われる石造りの防壁が姿を表した。しかしその高さが尋常ではない。10mはあろうかという壁だ。その防壁と防壁の間には立派な門があり開け放たれたその門の両脇には巨人としか形容できない存在が立ってこちらを睨んでいる。
驚愕すべきはその門の先だ。
その先に見えるは漆黒の城。天までとどくかというほど高く伸びた先端の鋭く尖った塔がいくつも存在する。漆黒の吸い込まれそうなまさに暗黒の城とも形容されそうなその城にいるのは悪の統領以外は似つかわしくない。城が背負っている遠方の真っ赤に霞んだ山脈の景色がその城の不気味さを引き立てている。
そしてそこにつながっている人間がかろうじて2人か3人すれ違えるくらいの道の両脇には何もない。深い崖となっている。断崖絶壁だ。その崖の底は深く、霧により見えない。手すりも何もないその道は道から外れれば即、命が絶たれることを意味している。
これがゲームの世界であれば進むのに何の躊躇もないだろう。ゲームだと知っているのだから。しかしこの世界は違う。
足がすくむはずのその景色に4人は息を呑む。
が、決して恐怖からというわけではない。恐れ、不安? いや違う。凄い、驚愕、圧倒、そして……楽しいだ。
同じような景色をラフィアス・オンラインでも見たことがあった。だが今見ているこの景色とは臨場感が全く違う。その臨場感に圧倒され4人は思わず足を止めた。それを見て嘲笑するリザードマン、そしてそこに早足に歩いてきたゴブリン・ソーサラーも追いつく。
「怖かろう、ここはご主人様により集められた亜人に支配された帝国。俺達やリザードマンだけでなくオーガ、ワーラット、ワーウルフ、そしてヴァンパイア、インプやデーモンすらいるぞ」




