ラファイアス王国
ラファイアス王国首都、ラファイアス。人口およそ2万人。ラファイアス王国の中央よりやや東に位置するこの首都は南北を山脈に挟まれ、東西は草原が10Kmほどなだらかに下るように広がっている。もしこの都市を落とそうという者がいても山脈側から侵攻するのは困難であり、東西どちらから侵攻するにしても防衛側が有利な地形になっている。王都であるこの都市の中央には豪華な城が鎮座しており周辺には貴族が住んでいると思われる3階建て、4階建てのこれも外装が見事な立派な屋敷が点在している。それらの屋敷の周囲には屋敷の屋根の高さとほぼ同じ15mはあろうかという分厚い城壁が取り囲んでいる。城壁の外側には堀があり城壁内へと入るにはその堀にかけられた橋を渡る必要がある。
橋の先には縁が金属で補強された木製の巨大な扉があるが扉は開け放たれている。扉の周囲には鉄の装備で全身を固めた衛兵らしき人物が左右に分かれて3人ずつそして魔術師と思われる人間も1人ずつ警護にあたっている。
俺たちはこの城門へ来るまでずっと馬車に乗ってきた。フールの魔法やミカリンの魔法で飛行して来ることも簡単にできるが、フールによれば王国がわざわざ用意してくれた馬車を使わないのも無礼に当たるということで、この外装が立派な箱を筋肉質の黒毛の馬2頭が引く馬車3台に別れて乗車してここまで来たのだ。フールは飛行魔法で移動するより居眠りのできる馬車の方が気楽でいいと言っていた。確かにフールは例の廃墟の街を出たあと最初の数十分はミカリンやノノミン達とお喋りをしていたがすぐに居眠りしてしまった。まあミカリン、ノノミンもすぐ寝てしまったのだが。
ここへ来るまで俺とシガシガはずっと起きて話していた。途中草原で野営をする必要があったのでその時は眠ったがそれ以外はシカシガと今後の方針について話していたのだ。やはり目的もなしに冒険するより何らかの目標を設定すべきではないかと考えたからだ。ミカリンが起きているときは、「フールちゃんの魔術師としての強化をしよう」とか「魔法少女軍団を作ろう」とか言っていたが残りの3人に却下された。俺としては未知の領域を探索してみたかったが、その準備としてラファイアスで皆の装備を整えたいと考えていた。
「それにしてもノノミンがアサシンだと言った時、彼らは動揺していたな……」
俺がシガシガに話しかける。この馬車には俺達のグループとフールとその配下と思われる魔術師1人が乗車している。その他のフールが連れていた者達は別の馬車に2台に分かれている。
「そうですね。この世界にもアサシンっているんでしょうかね」
シガシガが答える。フール、ミカリン、ノノミンは3人共微かな寝息を立てて居眠りをしている。
「実は以前にこの国の上級魔術師がアサシンにより暗殺されたと言われているんです」
フールの配下の魔術師が俺たちの会話に口を挟む。それに俺が質問を重ねる。
「そうだったんですか。この国に上級魔術師って何人いるのですか?」
「正確な数はわかりませんが数十年前はかなりいたはずです。でも今はフール様を含めて3人と聞いております」
「それはつまり、かなりの数の上級魔術師がアサシンにより殺されたということですか?」
「おそらくは……ほとんど確証というものはないのですが、殺され方がアサシン以外に考えられないとのことでした。10人くらいはアサシンにより暗殺されたと私は聞いています」
寝ているノノミンをチラッと見てその魔術師は答える。
「あ、ノノミンちゃんはそんなことしないよ。私ずっとパーティー組んでたし」
シガシガのその発言に、魔術師の訝しげな細い目が彼女にも向けられる。
「アサシンと知ってパーティを組んでいたのですか? つまりあなたもアサシンということですね?」
シガシガはぱたぱたと自分の顔の前で手を降って否定する。
「違う違う、私はただの僧侶だよ」
「ん、僧侶? 神官じゃなかったのか?」俺が口を挟む。
「ああ、タカヤンさん。私最近僧侶に転職したんですよ。言ってませんでしたっけ?」
「僧侶とアサシンの組み合わせ……どうも理解できませんね……」
魔術師の怪しげな目は変わらない。
「うーんまあゲームだしね。ノノミンちゃんは暗殺とかしないから大丈夫だよ。彼女のことは私がよく知っているから」
神官の振りをして実はアサシンだったシガシガを「かっけぇ」と思った薬師だったノノミンが真似をして自身も裏職としてアサシンになった、などと言わないでおこうとシガシガは思った。アサシンに飽きたシガシガは自分の装備、しかもかなり高級な物をノノミンに譲っていたおかげで、ノノミンはアサシンとして最短で成長していたりもする。
俺はこの魔術師から情報を引き出したいと思ったが、どうも彼は俺達のことを敵対者ではないかと疑ったままだったのでそれを諦めて世間話に留めることにした。
「フールさんはメイウールの魔術師長ということですが、他の皆さんもメイウールの方なのですか?」
俺は魔術師に問いかける。
「いえ、今はフール様は王国直属の総魔術師長でいらっしゃいます。王国全ての魔術師を束ねているお方です。私達も王国直属の部隊です」
「なるほど、2年ほど会わないうちに出世されたのですね」
俺はフールを通して王国と接点ができることに期待した。王族たちと繋がりができれば動きやすくなるんじゃないかと考えた。
「あなた方はどこから来られたのですか?」
あ、やっぱりこの質問出るよな。どう答えようか、と少し間を開けて俺は答える。
「すぐ隣の国ですよ」
「ああ、フレイタム王国の方ですか」
俺は軽く頷くことでその答えとする。ああ、隣はフレイタム王国というのか、どこにあるんだろう、さっきの廃墟との位置からラファイアスの東か南辺りかな、などと考えていた。
「やはりフレイタム王国もデールを煩わしいとお考えだったのですね。それにしてもあそこを突き止めるとは、あなた方の情報収集能力は本当に素晴らしいですね」
「ありがとうございます。ただ、まだ確証は何もなかったのですよ。フールさんがいてとても助かりました」
心なしかこの魔術師の疑いも少なくなってきたように感じる。
「ところであなた方はフレイタム王国に所属する者たちなのですか?」
「いえ、私達はただ金で雇われた冒険者にすぎません」
「そうでしたか、あなたがたの素性を確認しようとしないフール様も困ったものですが、フール様があなた方を信頼されているようでしたので口を出しませんでした。そうですか、金で動く冒険者の方でしたら問題ございません。逆にフレイタム王国の方でしたら場合によっては国賓としてお迎えしなければなりませんし」
素性の分からない冒険者の方がまずいようにも感じたが、フレイタム王国の客人に粗相がないかを気にしているところを見るとフレイタムとは友好な関係を維持しているのだろうか。
何気ない世間話の中でもこの世界の情報を幾つか得ることができ、一行は1泊の野営を終えた後、首都ラファイアスへと到着する。
ラファイアスは広大な都市を形成していた。ただ都市の周囲には防壁などはない。街があまりに広大でとても壁を作る労力を割くことができないのだろう。あるいは一般の民は王族や貴族に比べて軽視されているのかもしれない。都市の中央へ向かう馬車の中から周囲の家々を見てそう思った。都市の中央から離れている家は小さく粗末な作りの家が多い。粗末な家、粗末な店が軒を並べ、都市の中央、城壁のある区画へ来ると景色が一変する。堀を挟んだ城壁の内側は別世界のようだった。堀にかけられた橋を馬車で渡り切ったところで馬車が止まる。城壁の警護にあたっている衛兵たちに特に動きはない。
フールが眠そうに眼を開け大きく伸びをした。「うーん、やっと着いた……」フールはここまでの行程のほとんどを寝ていたがまだ寝足りないようだ。
「さあ、みなさん申し訳ないのですがここで馬車を降りてください。城壁内は貴族以外の馬車の乗車が禁じられています。あとここで馬車も返さなければなりませんし」
俺達とフールの一団は馬車を降りた。衛兵の幾人かがフールから馬車3台を預かっていた。馬車を衛兵に預けたあと俺たちは貴族の豪華な屋敷が立ち並ぶ中をフールを先頭に中央にそびえる城へ向かって歩き出す。
フールのすぐ後ろにはフールが連れていた一団が隊列を組み付き従う。その後ろを俺達が付いて行く。
豪華な貴族の屋敷はどうしても目が行ってしまい、俺達4人はキョロキョロとあたりを見回してしまう。屋敷の庭はそれほど広くないため屋敷同士は割りと密集している。城門を入ってからは道は石畳となり歩きやすく舗装されている。労力やお金のかけ方が城壁の内と外では明らかに違う。まるで城壁で住む世界が分断されているようだった。




