廃墟
4人は街だと判断したその場所に近づくにつれ、それぞれが違和感を感じていた。頑丈そうな街を取り囲む外壁は遠目にも上部が何箇所も欠けているのが見える。「大丈夫か? この街」「なんかボロボロですね」など人事のように会話をしながら近づくが、近づくにつれ徐々にその外壁が薄汚れていて苔が生え、ところどころ穴も開いているのが嫌でも目に入ってくる。
「なんかモンスターとかいそうですよね」
ノノミンが口を開く。
「そうだよね。異世界に来てそうそうパーティー全滅なんて勘弁だよ」
危機感のない口調でシガシガがそれに答える。それを聞いて俺が皆に声をかける。
「一応戦士職の俺が先に行くよ」
「はい、お願いします」「先輩がんばってー」「盾になってねー」など銘々が口を開くがその語気にはまったくやる気は感じられない。
まあゲーム感覚なんだからこんなものだろうなどと考えながら街の門らしき物を探して外壁にそって歩くことにした。街の南側へ歩くとすぐ門は見つかったが門扉は蝶番が壊れて半分空いた状態で明らかに破壊された形跡が見える。苔やカビの生え具合からおそらく最近のことではなく破壊が行われてからそれなりの年月が経過しているように感じる。門扉の所まで来た俺は後ろの3人が通りやすいように壊れかけた扉を力でどかす。扉は簡単に蝶番から外れ、俺はそれをじゃまにならない場所へ投げ捨てる。
「すごい力ですね」
ミカリンが感心したように言う。
「いやー門が軽いんだよ」
と俺は答えたが、実際は戦士職の腕力値が高いためだろうと考えていた。想像でしかないが現実世界の一般人の数倍の筋力は発揮されているのではないだろうか。
俺達4人は門をくぐり、街の中へと入っていった。街に人がいることは期待できなそうな景色だ。幾つかの家は焼け落ちており、煙のような砂煙のような物が上がっているのが見える。壁が破壊され屋根が地面にまで落ちている家、ほとんど原型をとどめていない家、そのほとんどが延焼して家のあった跡が微かに分かるだけの家など悲惨な有様だ。モンスターが襲ったというより、知的生物、人間などに襲われたように見受けられる。周辺に何らかの生物がいるような様子はなく、物音はほとんど聞こえてこない。
「完全な廃墟ですね」
ミカリンが言う。
「まあ、こんな廃墟、ラフィアス・オンラインでは当たり前にありましたが、こうして見ると無残な有様です」
シガシガが答える。
「それにしても人の死骸がないということは廃墟になってから相当時間が立ってるんだろうか」
「腐敗臭のようなものもありませんね」
俺の問いかけにノノミンが答えてくれた。
「とりあえず街の中央まで行ってみようか」
俺が3人に提案する。3人の同意を得て俺たちは街の中央らしき場所へと歩を進める。その場所へと歩いて行く途中に原型を留めている家は1つもなかった。まるで焼き討ちにあったかのような廃墟の街。しばらく歩くとここがおそらく中央の広場だろうと思われる場所に一行は到着した。やや広くなっているそこは焼け落ちた塔の様な物の残骸があるだけだ。
「なんなんだろうな。ここは一体。情報が何もないな。ミカリンやシガシガは何か情報を得られるような魔法って無いのかな?」
「うーん。周りに敵がいるかどうかの探索魔法をかけてみますね」
とミカリンが言うと『敵探索:エネミーディテクト』の魔法をかける。何も無いというふうにミカリンが首を振る。続けてシガシガが魔法をかける。『道具探索:アイテムサーチ』の魔法だがやはり何も見つからなかったようだ。
「さて、ここには何もないと判断して別の街を探そうか……」
「ちょっと待ってください」
声を出したのはノノミンだった。
「街外れのほうに地下への入口があるようですがどうしますか?」
ノノミンの質問に俺は少し考える。
「はたして地下へ入ったとして何かあるんだろうか……シガシガの『道具探索:アイテムサーチ』でも引っかからなかったし」
「あ、私の魔法は同じフロアーつまり今だと地表しか検知できませんよ。地下に何かがあっても反応は出ません」
「そうか、とりあえずそこしか探索するところがなさそうだし行ってみようか」
「そうですね」
ミカリンを含めて女性陣が同意する。
「あれ? ノノミンなんで地下があるって分かったの? ノノミンって薬師じゃなかったっけ?」
そうノノミンはポーションを始めとする回復アイテムの製造やアイテム鑑定などを得意とする薬師と聞いていた。
「ああ、私そういうスキルも持ってるんですよ。私の趣味です」
淡々と応えるノノミンだが、なぜかシガシガがニヤニヤと笑っている。何か知ってそうだが特に気に留めなかった俺は、
「へーそうなんだ。そのスキル役に立ちそうだね」
特に深く追求することはなかった。
「さて、じゃあノノミンに案内をお願いしようかな」
「わかりました。では皆さんついてきてください」
「はーい」
ノノミンの呼びかけにミカリン、シガシガが明るく返答する。
街外れ、街の北西に位置する場所に小さな墓地があった。ノノミンは迷うことなくその墓地を横切り、俺達3人もついていく。
ある墓石の近くにある地面に置かれた正方形の平たい石の前でノノミンは立ち止まる。ノノミンは「よっ」と声を出しながら女性とは思えないような力でその石をどけると真下に地下へと降りる階段が現れた。
「おお、本当にあった」
俺は感心して思わずつぶやいてしまった。
「へへー」
ノノミンは得意そうに笑っている。
「じゃあさっそく中へと入りましょうか。罠が仕掛けてあったら困るので先輩どうぞどうぞ」
ノノミンがそういうと残りの女性2人も「どうぞどうぞ」と俺を前に出す。
「まあ、こんなところに罠なんかないと思うけど、その時は『回復:ヒール』頼むな」
と言いながら俺が歩を進める。一歩進んだところで「どすっ」と鈍い音とともに1本の矢が俺の左肩に突き刺さり一瞬だけ激痛が走りすぐに弱い痛みに変わる。思わず「うぉっ」と叫び声を上げてしまったが間髪入れず『回復:ヒール』の声とともに俺に魔法がかけられる。痛みが急速に弱まるが相変わらず矢が刺さったままだ。
『回復:ヒール』をかけてくれたのは神官であるシガシガかと思ったら、ノノミンだった。
「あ、やっぱり私のヒールじゃ足りないですね。すいません、シガシガさんタカヤンさんに回復お願いします。タカヤンさんならこんな矢弾くと思ったんですが刺さるんですね」
ノノミンが少し動揺しながら言った。
「な、罠があるの知ってたのかよ」
「趣味でそういうスキルも会得してまして。簡単な罠くらいならば見抜けます」
矢を引き抜いてシガシガから回復の魔法をもらいながら俺はぼやいた。
ノノミンは申し訳無さそうに頭を掻いている。
「なんか盗賊みたいな薬師だな。ノノミンは」
俺は皮肉まじりに行ったが、ノノミンは「ありがとうございます!」となぜか嬉しそうに返答する。シガシガは相変わらず何か知っているかのようにニヤニヤしていた。
「まあ、死んでも12時間以内に『復活:リザレクション』で生き返れるってミネルヴァが言っていたけど、全滅でもしたらそれもできないから最初くらいもう少し慎重に行こうぜ」
「すいませーん」
本当に申し訳なく思っているのかわからない返事をノノミンが微笑みながら返す。
「ところで先輩、今の矢の罠ってHPはどのくらい減りましたか?」
ミカリンが俺に聞いてくる。
「ん、数値的な量はわからないけどほとんど減ってないんじゃないかな。痛みもまあ耐えられないってほどじゃないよ。注射よりちょっと痛い感じか?」
「そういえばMPもほとんど減った感じがしませんね」
「まあ大した魔法使ってないしね」
「一回強力なの連発して実験してみなきゃですね」
それぞれが思ったことを口にする。ここで話していてもしょうがないと思ったので俺はさっさと地下へと降りることに決めた。
「じゃあ、もう地下へ降りるけどいいかな。罠にかかっても大したことなさそうだし」
「いえ、今度はちゃんと警告しますから〜〜〜。一応罠の解除もできるんですよ私!」
ノノミンが慌てたように言う。(さっきのは本当にわざとだったのかよ)と思いながらも大して怒るような事でもないので俺は一応フォローしておく。
「いやいや俺は気にしてないからさ。でもRPGっぽくそれぞれの役割を楽しもうぜ」
「はーい」
なぜかミカリンが返事をする。
「じゃあホントに行くから、ついて来てね」
俺は返事を待たずに地下へと歩き出す。3人はこそこそ何かを話しながらついてくる。階段は思っていたよりも長く、地下2階くらいに相当するんじゃないかというくらい下へと降りることになった。下へ降りるに連れ階段の幅が広がり、階段を降りきったところは石の壁に囲まれた小さな部屋になっていた。階段を降りた正面には鉄製の扉があり、固く閉ざされている。何年も開けられていない様子だ。
「先輩! モンスターの反応有りです! でも周囲10mくらいしか様子がわかりません。何らかの妨害魔法のようなものがあるみたいです」
「扉は鍵もかかってません。罠もないようです。でも私では高度な罠までは見抜けませんが」
「10m以内にいくつかのアイテムがあるようです。種類まではわかりません」
ミカリン、ノノミン、シガシガが続けざまに魔法やスキルを発動させて発言する。
何か連携がとれたパーティーっぽくなってきた。
「みんなありがとう。じゃあ目の前の扉を開けて進むけどいいかな? モンスターがいるってことで警戒を怠るなよ」
「あ、ちょっと待って下さい。念の為に補助魔法をかけます」
ミカリンとシガシガの2人がパーティーメンバー全員に補助魔法である『魔法防御:マジックアーマー』、『武器強化:エンチャント・ウェポン』、『精神強化:ストロング・スピリッツ』をかけてくれた。
「ありがとう、2人とも、じゃあ扉を開けるよ」
俺はゆっくりと目の前の扉を開ける。するとその先には驚愕の景色があった。目の前に現れたのは枯れた木の森。少し離れたところにはグールだろうかモンスターらしき存在、蝙蝠も数匹舞っている。一歩足を踏み入れるとそこは湿地。踏み出した足は10cmほど泥の中に沈む。
ラフィアス・オンラインではありふれた風景なのかもしれない。しかしここでは妙にオドロオドロしい嫌な雰囲気まで感じられる場所だった。まるで死者の匂いとでもいうような死臭のようななんとも言えない匂いまで感じられる気がする。ここだけ温度が急に下がったように寒さを感じ、奥へ行くほど明かりがなくなっていく。扉の入り口はかろうじて地上からの明かりが届いているが、その先は完全な闇となっている。
「やっとそれっぽくなってきたな」
「そうですね」
俺の言葉にミカリンが反応する。そしてシガシガ、ノノミンがそれに続く。
「ラフィアス・オンラインでもここまでの怖さはなかったですね」
「なんか天然のお化け屋敷って感じです」
――――
「珍しいな、1日に2組もお客が来るなんて」
「作用で御座いますな。デール・ラビアス様」
2人は何かモニターのような物を眺めながら会話をしている。1人は浅黒い顔をして頭まですっぽりローブをかぶり、1m80cmはあろうかという身長よりやや高い杖を手にしている。もう1人は明らかに人間ではなかった。人間のそれより一回り小さい顔、2本の角が生え目は釣り上がり醜悪さをにじませている。肌は紺色に近い黒、服や鎧は身にまとっておらず、背中からは2つの大きな羽が肩甲骨あたりから生えている。身長は1m20cmくらい。手足には長い爪が生えている。それが地上から10cm位の高さでフワフワと浮かんでいるのだ。
ローブを着た魔導士の風貌をした人物がデールと呼ばれたその人である。そのデールが悪魔と思わしき存在を傍らにおいている。周囲には小悪魔、重装備の鎧をつけたスケルトン、小さなドラゴン様の存在も数匹いる。それらが10mはあろうかという高い天井の部屋で来訪者の運命を決定づけようとしている。デールは自身の圧倒的な強さを滲ませている。さて、どう料理してやろうかと久しぶりの訪問者に喜んでいるようでもある。財宝を餌に例の部屋まで誘い出そうか、はたまた落とし穴に嵌めようか、出口はすでに封鎖しており逃がすつもりはなかった。
「それにしてもどいつも碌な装備を持ってなさそうだな」
デールの声に悪魔らしき存在が答える。
「作用でございますね。装備を剥ぎとっても大した金にはならないでしょう。せいぜいアンデッド作成の供物としての価値しかございませんでしょうな」
「ふむそうだな。良いことを思いついた。先に侵入した不届き者達と小奴らを鉢合わせて殺しあわせることとしよう。うまく例の部屋に誘い出すのだメイジデーモンよ」
「はい、畏まりました。仰せのままに……」




