プロローグ
ラフィアス・オンライン。
現在βテスト中のヴァーチャルリアリティＭＭＯＲＰＧ（多人数同時接続型の仮想体験冒険ゲーム）である。
ヘッドセットを装着してゲームの世界に入り込み、まるでその世界に存在しているかのごとく遊べるのは他のヴァーチャルリアリティＭＭＯＲＰＧと同様だがこのラフィアス・オンラインの特徴はその時間軸にある。
ラフィアス・オンラインでは現実のゲーム時間３０分に対して、ゲーム内では早回しのように６日が経過する。短いプレイ時間でたくさん遊べるのだ。現実世界での生活に支障が出ないように学校や仕事への影響を最小限にできるゲームとして少しずつ注目を浴びている。
現在は本運営間近のβテスト中であり、夜１０時３０分から１１時の３０分間のみプレイが可能である。βテスト終了後の本運営開始後もこの時間は変わらないそうだ。
つまりラフィアス・オンラインは１日に３０分しかプレイできないようになっている。３０分といってもゲーム内では６日すなわち１４４時間の時間体験が可能なのだから充分であろう。
またこのことは、いわゆる廃人プレイなどの長時間プレイによるプレイヤー間の力の差が生じにくい。プレイ時間で他人と差をつけるのが難しいのだ。もちろん毎日プレイすることが前提でだが。
逆に考えると１週間位ログインしなければ他のプレイヤーとはゲーム内時間では４０日ほどの差がついてしまう。
１日３０分しかプレイできないこともあってか、ラフィアス・オンラインのログイン率は数万人いる登録ユーザーの９０%を上回っている。５分の遅刻がゲーム内時間の１日に相当するため、多くのユーザーが夜１０時３０分と同時に接続してくる。
現在の西暦は２１７５年、この時代のヴァーチャルリアリティゲームはゲーム開発会社に置かれた人工知能を備えたＣＰＵとネットワークを介して接続されている。ＣＰＵといっても過去のものとはまったく異なり、ＯＳ、メモリ、記憶領域、ネットワーク機能等が内蔵されたこれ自体で単体動作するコンピュータそのものであり、多重並列処理はもちろん、内蔵されている人工知能もかなり高度な物が備わっている。
ヘッドセット側にも人工知能こそ無いが同等性能のＣＰＵが内蔵されており、ＯＳのコアとなるカーネル部分はネットワークを介して常に最新に更新される。内部の物理機構もわずかではあるが構成を変えて自己進化させることも可能で、多少の故障も自己修復することが可能である。これにより重大な破損があるなど、よほどのことがない限り買い換える必要性がなくなっている。まあこの時代の電子パーツは非常に安価なので簡単に買い換えることができるのだが。
ラフィアス・オンラインであるが、多くのヴァーチャルリアリティＭＭＯＲＰＧと同様にベース部分は『バーチャルリアリティＭＭＯＲＰＧ基本開発システム（Ｖ‐ＭＭＯＲＰＧ Ｂａｓｉｃ Ｄｅｖｅｌｏｐｍｅｎｔ Ｓｙｓｔｅｍ）』をベースに開発された。
画期的であるゲーム内での時間体験を高速化させる技術だが、ＣＰＵに搭載されたＯＳのカーネル部分を多少いじっているという噂もある。
プレイ中は人間の脳の処理をラフィアス・オンラインの開発会社に置かれたＣＰＵ内に構築された人工知能の処理に置換え、高速化処理の負担が人間の脳にかからないような処理を行っている。
そんなラフィアス・オンラインだが、致命的な欠陥があった。
１日３０分に制限しているプレイ時間も、もっともらしい理屈をつけてはいるがこの欠陥によるもので、現時点では長時間のプレイがそもそも不可能となっている。人工知能による処理が人工知能それ自身に疲労のような感覚を持たせてしまい長時間の稼働ができないためだ。
それだけではない、もっと致命的な欠陥をラフィアス・オンラインは持っていた。
ラフィアス・オンラインの開発は主要部分を１人の天才プログラマーが担っている。
その他のあまり重要でない部分を１１人のスタッフが担当している。周りは彼を天才天才ともてはやすが、当の本人は自分のことは至って凡人だと思っている。
高柳秀人――ゲーム内ではみんなからタカヤンと呼ばれているラフィアス・オンライン開発室リーダーで３１歳のプログラマー――である。
彼もこのラフィアス・オンラインの致命的な欠陥には気がついていなかった。昨日までは。
