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2 式

 次に目が覚めたとき、一番初めに視界に入ってきたのは白く奇妙な生き物だった。


「ひっ……」


 自分では飛び上がったつもりでいたのだが、体があまり動かないのは健在らしく、実際は数センチ動いただけだった。


「ごめんなさい。起こしてしまいましたか?」


 その生き物はピョンと私の居るベッドから降りると、備え付けられたボタンを押してベッドを起こしてくれた。

 体を起こせたので、生き物の全身を見ることが出来る。それはまるでマシュマロに手足が生えているような外見だった。全身真っ白なのに少し大きめの白衣なんて着ているから、もう何が何だか分かったものじゃない。


「布団がずれていたので直したのですが、起こしてしまうとは思わなくて……すみませんでした」


 人の膝上くらいまでしかない生き物がペコリと頭を下げる。

 何か……可愛い。


「私は怒ってないよ」


 見たことがない生き物だけど、怖いものではないみたいだ。

 少しずつ動くようになってきた手を差出して、


「こっちに来て」


 と微笑む。

 生き物はひょこひょことベッドの上に乗ってきた。


「名前は何て言うの?」


 名前がないと関わりが持ち辛い。

 そういえば自分にも名前が無かったな、と他人事のように感じつつ答えを待つ。

 正直、さっきパニックを起こしたのが嘘のように冷静なのだ。記憶喪失って、もっと不安になったり怯えたりするものなんじゃないだろうか。


「私はただの式です。希望様に使えるように言われました。好きなようにお呼び下さい」


 再び頭を下げる生き物。式だって言ったっけ?

 でも私の頭は聞き覚えのない単語よりも、おかしな呼称を使ってきた方に意識を持って行った。


「のぞみ様……?」


「はい。カルテにはそう書かれていたのですが……違うのですか?」


 違うも何も、私には名前がない。正確には思い出せないのだけど。もしかしたら思い出せないだけで、私の素性を知る人とかが朱堂先生に教えたのかもしれない。

 そう結論づけようとしたのに、


「その名は俺が付けた」


 ふいに響く第三者の声。

 そちらを向くと、黒い袴に赤い羽織を着た男が扉に凭れかかっていた。私と目が合うと男はカツカツと足音を響かせながら近づいてくる。女の私より長いだろう髪を靡かせて、その姿は男と思えないほど美しく――って違う!

 慌てて式と言った生き物に助けを求めようとして、いつの間にか床に降りた式が男に恭しく礼をしているのを発見した。

 ――いや、守ってよ!


「無理に動くな。晃から安静にしていろと言われただろ」


 体に鞭を打つように逃げようとすれば肩を掴んで止められた。そのままゆっくりベッドに戻される。


「怪しい者じゃない。お前を拾ってここまで連れてきたのは俺だ」


 その様子が悪い人じゃなさそうだったので大人しくベッドに体を埋めると、男は置いてあった椅子に腰かけながら言ってきた。


「あなたが?」


「ああ」


 彼は深く頷くと、


「俺は土御門流。流でいい」


 軽く自己紹介をしてくれた。


「えっと、私名前が――」


「知ってる。行ったろ、俺が連れてきたって。晃から話は聞いてる。だから名前を付けたんだ」


 呼び方がないと不便だからな、とさっき私が白い生き物に対して思ったのと同じことを呟く流さん。


「俺の独断と偏見で付けさせてもらったが……嫌ならば変えるか?」


「いえ、大丈夫です」


 仮にも折角頂いた名だ。無下にするのもよくないだろう。

 希望なんて、ちょっとオーバーな名前のような気がするけど、別に嫌なわけじゃない。むしろとても良い響きがする。


「良い名前を付けて頂き、ありがとうございます」


 目を伏せながら軽く会釈をする。本当なら深く腰を折りたいところだけど、何せ体が動かない。全く不便な事だ。


「お礼なんていい。俺も承諾を得ずに勝手に付けてしまったからな。気に入ったのなら何よりだ」


 クックックと笑う流さん。でもその表情がどこか寂しげな気がして――


「他に質問は? 答えられる事なら答えてやる」


 でも次の瞬間には腕組みをして、元のように偉そうにする流さん。

 見間違いだったのかもしれないと、口をつぐんだ。仮にさっきの表情が本当でも初対面で聞くような事じゃない。だから私は大人しく分からないことを聞いてみることにした。


「じゃあ、あの生き物は何なんですか?」


 大分動かすのが楽になってきた手を使って、未だに頭を下げたままの生き物を指さす。この分なら上半身は今日中には自由になりそうだ。


「お前、式を知らないのか?」


 体が動くことに少し感動していると、流さんの目が見開かれるのが分かる。

 何か、おかしな事を言っただろうか……?


「えっと、流さん?」


「もしかして、普通の生活に関しても記憶の混乱があるのかもな。晃に報告しておこう」


 一人勝手に納得した様に頷く流さん。お願いだから置いて行かないで欲しい。


「その式、っていうのを知らないと、何か問題なんですか?」


「問題も何も、大問題だ」


 流さんは式について簡単に教えてくれた。

 生活していく上で必要な事、例えば掃除や洗濯などをやってくれる、言わばお手伝いさんみたいなものらしい。式無しで生活しているのは余程の物好きくらいなのだそうだ。


「そこにいる式は希望用だ。好きに呼んで使ったらいい」


 私は改めて式に目を向ける。格好は流さんが部屋に入ってきたときのままだ。


「式さん……?」


 流さんが見守ってくれる中、恐る恐る声をかける。


「何でしょうか?」


 静かに顔を上げた式にチョイチョイと手招きをする。でも一定の距離から近寄って来ようとしない式。顔がないのではっきりとは分からないけど、どうも流さんを気にしているみたいで、無理に近づけようとはしなかった。


「式さん、あなたの名前は白雲(びゃくも)だよ。普段は(びゃく)ちゃんって呼ぶことにするけど……いいかな?」


「はい、とても良い名前です! ありがとうございます希望様!」


 今にも私に抱き着いてきそうなほど喜んでいる白ちゃん。マシュマロみたいにフワフワしているから白雲(びゃくも)にしただけなのに、こんなに喜んでもらえるとは思っていなかった。


「式にとって名前は重要なものなんだ」


 そう笑う流さん。

 でも、白ちゃんが私に飛びついてこないのは、多分私が病人だからじゃない。この人――流さんが近くにいるからだ。

 かれこれ1時間くらい一緒にいるけど、彼のことは全く教えてもらってない。悪い人じゃないことは確かなんだろうけど……。

 一体、何者なんだろう?

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